俺はただ、いじめを受けている子を救っただけなのに。

月出 時雨

プロローグ

 俺こと、井上伸也は中学3年生にとっての難所『受験』という関所を乗り越えて、ようやくあの私立の難関校『寺塚山学園』に入学することができた。

 そこで俺は「華々しい高校生活が俺を待っている!!」とかいう期待を抱いていたのだが、残念なことに現実はそんなに甘くはなかった。ガクッ……


 ……まあ当然、入学する人間も今まで中学生をしてきたわけで、人間自体が変わるわけじゃないから、別に学園生活が良くなるってわけじゃなかったんだ。


 まあ、そんなことを言ってる俺だが、今日は4月6日の月曜日。それは学生にとって一つのイベント『入学式』の日なのさ。それでついさっき式が終わったばかりで、クラスのメンバーの様子を大して見たわけでもない。だからこれは俺の勝手な考察に過ぎないんだけどな。でも、俺はあの種類に分類される人種はしっかりと見てるぞ。そう、あの『リア充』だ。あいつらはあっさりと仲良くなっていて、それはもう親友レベルにまで仲良くなっていると言っても過言ではないぐらいにな。


 ……まあ、俺の基準だから実際はどうか知らないけどね!


 いやぁ、でもしかし俺は改めてこう思うよ。


 恐るべし、リア充。

 憎むべし、リア充!

 爆発すべし、リア充!!


 ……そして、その俺のクラスはというと一年A組で、出席番号は1番。席は番号順に振り分けられてるから、俺の席は一番左の列の一番前の席だ。クラスの席の並び方は一クラスの人数が40人だから、横6列で縦7人なんだけど、俺の列でもある一番左と一番右の列は縦が6人になっている。俺たちの学年のクラスはA、B、C、D、E、F、G、Hクラスの八つのクラスに分類される。学力はAから順に下がっていく感じだ。


 だから、一部の人間たちは時々点数の○○《たかい》奴らにいじられているのを見かけたりもした。「少し可哀そうだな」と俺は心の中で思っていたりもした。

 

 ……でも、その後に友達同士のじゃれ合いって気付いたことは黙っておこう。


 おっと、そんな事を考えているうちにHRが始まってしまうではないか。


 そういえば俺、式中ずっとボ~っとしていたから話しをな~んも聞いてなかったよ。担任の先生は誰なんだろう? 男性かな? 女性かな? まあ、そんなのどっちだっていいか。


 ……おっ、噂をすれば担任の先生が来たじゃねえか。しかも女の先生じゃん、ラッキ~。


「は~い、みんなぁ~、席についてね~」


 先生の掛け声に合わせて生徒たちは自分の席へとついていく。


 あれっ、なんかちょっと軽い先生だな。俺はてっきりここは特進クラスだから、もっと強面のしっかりとした先生が来ると思っていたよ。頭が良いクラスだから、優しめの先生、なのかな? そんなのどっちだっていいか。


 俺は今、気になってる事がある。それは、この先生軽い割にはすごく美人な先生なんだよ。出るところは出て引き締まってるところは引き締まっててスタイル抜群すぎてもう、男子の視線が一気に先生に集まっちゃってるんだよな。 


 ……ちなみに俺は先生のオッパイとかお尻とかを見たりしてないからな? もし、それが分かっても口に出すんじゃねえぞ? だってな、これは男の生理現象なんだよ! だからこれは仕方のない事なんだよ!!


「じゃあ、HR始めるよぉ~、皆さんよろしくお願いしまぁ~す」

「『よろしくお願いしまぁ~す』」


 先生の挨拶がヘロヘロ~ってしてるから、俺たちの挨拶も先生につられて気の抜けた挨拶になってるし。この先大丈夫かな? もしかしたらずっとこのままなんじゃ……


「じゃあ、まずは私の自己紹介から始めるねぇ~。私の名前は、春野 桜。見ての通り、名前の由来は名字が春だったからなんだって。趣味は……まあ、家でなんかしてまぁ~す。好きな事はねぇ~、まあ、大体全部です。」


 ……ちょっと待て。全部って何だよ全部って。さっきから思うけど、この春野先生は適当なところが多いみたいだな。


 うん。やっぱりこの先が心配だわ。こんな適当な先生に担任を任せるなんて学校側はどうなってるんだか。


「でも一番は子供たちと話してる時なので、皆さん私には遠慮せずに話しかけてきてねぇ~。一年間よろしくお願いしまぁ~す」

「『よろしくお願いしまぁ~す』」

 うん。桜って感じはしないけど、先生らしい自己紹介だったな。しかしあの性格で生徒と話すのが好きだなんて、ちょっと意外……いや、結構意外だな。なら相談には乗ってくれそうな感じだな。そこは安心したよ。根はしっかりしてるみたいで。 


「はい、じゃあ次は井上君。お願いしまぁ~す」


 ……マジか。そういや俺、出席番号1番だったのか。唐突に話を振られたもんだから内容とか何も考えてなかったよ。何を言ったらいいんだ? とりあえず名前と番号でも言うか。


「え~っと、番号1番。井上伸也って言います」

 

 身長もいるかな、いらないかな? ……よし、もう全部言ってしまおう!


「身長は約178センチ、体重約63.5キロ。血液型AB型で好きな事は読書です。こんな控えめな性格ですが、皆さん、これからの一年間よろしくお願いします」


 俺は少し嘘をついてしまった。少しだから誰も気づかないとは思うけどな。

 ちなみに、『嘘』っていうのは、『控えめ』ってところだよ。


 ……それ以外にもあるけど、そこは秘密って事で許してくれよな。

 

 ところでさっきの自己紹介はどうかな? いけたのかな?


「皆さん、井上君の素晴らしい自己紹介に拍手ぅ~」

「『パチパチパチパチパチパチパチパチぃ』」


 ふうぅぅ。安心したぁ。意外とあれで大丈夫だったみたいだな。


 ところで俺がなぜ自己紹介でって言ってたのかというと、実は学園内の身体測定が後日行われるとのことで、まだ終わっていないから約って付けたわけなんだ。

 さっきの自己紹介は大丈夫だった……よな?


「でも、皆さんはあそこまで正確な個人情報は言わなくても大丈夫なので気にしないでくださいねぇ~」

「『は~い』」


 ……うん。全然大丈夫じゃなかったわ。まあ、8割の人には嫌悪されていないみたいだから少し安心したよ。なら、あまりこれからの学園生活も心配することはなさそうだな。


 ***


 はぁ~。入学初日に丸々授業あるとかハードな学校だな。今日はもう疲れたよぉ。

 数学Iに現国に世界史に物理なんて流石に疲れるよぉ。ホンっと難関校ってだけあるよ。今日はHRが一番楽だったな。……まあ、当然の事か。


「皆さん。今日は一日お疲れさまでしたぁ~。後、今日配られたクラス内の点数のランキング票は無くさないようにしてくださいねぇ~。それも一種の個人情報ですからねぇ~。それと、他のクラスの子たちには見せたらダメだよぉ~。君たちの点数を見て嫉妬する人も出てくるかもしれないからねぇ~。もし、見せて自分に矛先が向けられても自己責任だから、そこしっかりと注意することねぇ~。それ以外は言う事な~し」


 いや、先生なのに責任取ってくれないとかおかしいだろ? 確かに先生の言ってることは正しいかもしれないけど……それでも、責任はとるもんだろ? でも、難関校って言うのに嫉妬する奴なんているのかな? どこの学校でもいるのかな? 


 そんなことよりも実は俺さ、あのランキングで2位だったんだよね。だから、俺も注意しなきゃいけないから、こんな呑気な事言ってる場合じゃねえんだよな。友達には自慢はしないようにしておこう。

 

 ……今日は結局一人も話せなかったよ。残念だなぁ。まあこの俺にかかればどうってことねえけどな!!


 ……おい、俺はちゃんと友達はいるんだからね? そこ勘違いしないでくれよ? 俺も2日や3日すれば、友達の一人や二人ぐらいはできるんだからな? 


「はい、じゃあ今日はここまで! 皆さん帰ってよろしい! さようならぁ」

「『さようならぁ』」


 よし、俺も帰るとしますか。よいしょっと。うおっ、かばん重いな。高校になると教科書がこんなにも増えるなんてビックリだよ。鞄を変えねえと持ちにくいな。


「ごめん。井上君。ちょっといいかなぁ~?」


 え。何で先生が? 俺、今日は何にも悪いことしてないはずだけどな。


「はい、何でしょうか?」

「ちょっと井上君に頼みたい事があるんだけどねぇ~、良いかな?」


 先生から頼み事? 何で俺なんだろうか。まあ、別に今日は何もないし――


「いいですよ全然。もう、何でも頼んでくれても構いませんよ」

「じゃあ~ねぇ、ゴミ捨てに行ってきてくれない? 場所はこの校舎を降りて右に行ってから校舎裏に回ったら、真っすぐ行ってそのまま行けば、右方面にゴミ捨て場が見えるはずだからねぇ。分かったかなぁ~?」


 説明が丁寧過ぎて驚いたよ。この先生は適当な所も多いけど変なところで真面目なんだな。これは新しい観察結果だ。


 もしかすると、ギャップが多いからどこかで『ギャップ萌え』するなんてことも無きにしろあらず……よし、変な事は考えるのはやめよう。


「分かりました。ご丁寧にありがとうございます。それでは行ってきます」

「よろしくねぇ。それと井上君は頭が良いみたいだから、これからも頼りにしてるからねぇ~」


 そう言って先生はどこかへ行ってしまった。


 俺、期待されてるのか。あんなに美人な先生から、期待されるなんて最高だな。早速先生の好感も持てたみたいだからこのままいい感じになりそうだな。これからが楽しみだなぁ~。


 ***


 さっきの件で浮かれていた俺は、ゴミ捨てに行っていると、何やらが聞こえてきた。……少し聞きたくないけど。


「ねっ、……ねえ、みんな止やめてよ! 何でそんなひどいことするの? 私そんなに悪いことしたの? してないよね? お願いだから、さ…………」


 えっ? 大丈夫なのかな? あれはちょっとヤバいんじゃないかな?

 俺は気になってその方向に行くと…………そこで俺は、見てしまった。


 そう、何の現場かというと、一人の女の子が俺のクラスの『リア充』からいじめを受けている現場を。


 そしてもう一つ残念な事に、そのいじめられていた女の子というのは

 ………………俺のクラスで学力1位(つまり、学年1位)のあの公咲千春こうさきちはるさんだった。


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