第2話 ドラゴン討伐

 ラインは宿屋の部屋に戻り、革袋から緑の召喚玉を取り出した。そして、それに魔力を送り込むと、シルフが出てきた。背中から羽の生えた少女は、ラインの目の前でクルリと回転する。

「呼んだ?」

「北の山にドラゴンがいるらしい。どの辺りにいるか、探ってきてくれないか?」

「わかったわ」

 彼女は壁をすり抜けて出ていった。戻ってくるまで準備にとりかかる。といっても召喚玉の入った袋をポケットに入れて、あとは水筒やナイフなどリュックに入れて持ち歩くぐらいだった。メリックも荷物は極端に少なく、愛用の杖だけだ。

「ラインさん。ずっと疑問だったんだけど、その召喚玉に魔力を送ると、私でも扱えるの?」

「どうだろうな…。やってみるか?」

「え? え? なんか怖い」

「じゃあやめるか?」

「え? ん〜。じゃあ一回だけ」

 ラインは袋をひっくり返して、ビー玉サイズの召喚玉をベッドの上に広げた。その数は五つ。シルフは現在活動中なので、全部で六つということになる。黒色は鉄巨人ガオン。

「赤色はイフリート、青色はウンディーネ、茶色はノーム、黄色はボルトだな」

「じゃあ…茶色で」

 メリックは茶色の召喚玉を手にすると、魔力を送った。すると、発動魔力に達したのか、そこから小さな小人が出てくる。赤のとんがり帽子をかぶった、ヒゲの生えたおじいさんだった。その数は十。

「う、うわ」

「なんじゃ? いつもと違う魔力かと思ったら…」

「すまんな。試しに仲間に使わせてみただけだ」

「そうか。やれやれ。年寄りを無闇に呼び出すんじゃないぞ」

「すみません」

 怒られていると思ったのか、彼女は謝る。ノームはボンッという音ともに玉に変化して、床に転がった。それをラインはヒョイッと拾う。

「やっぱ、無理だよぉ」

「一番扱いやすいやつなら、可能かもしれないな」

「そんなやついるの?」

「ボルトだ。使ってみるか?」

「う〜ん。ダメだと思うけど、一応…」

 メリックはラインから渡された黄色の召喚玉を手にして、魔力を送り込む。すると、光り輝く球体が現れた。浮いていて、人の横幅より大きいそれには、二つの目が貼り付いている。バチバチという音を立て、触れると危なそうな雰囲気が出ていた。

「ちょ、いかにもやばそうじゃん!」

「そうか? ガオンと同じで、大人しいぞ」

「そ、そうかなあ…」

「ボルト、こっちに来い」

 球体はスススと進んでいき、ラインのそばに寄ってきた。

「俺の周りを回ってみろ」

 言われたとおり、ボルトはグルグルと回り始める。

「もういい。ほらな?」

「じゃ、じゃあ私も」

 コホンッとわざとらしく咳をするメリック。

「こっちにおいで〜。ボルト」

 優しげな声に反応し、ボルトは彼女のほうへと進んでいく。

「あ、きたきた。もういいよ、その辺でストップ。スト…」

 彼は命令を無視し、止まることはなかった。彼女の指先に接触したところで、帯びていた電気を流す。ビリビリッと音を立て、彼女は全身をピーンと伸ばして硬直した。

「ギャー!」

「あ。おい、戻れ」

 ボルトは元のビー玉サイズに変化し、コロコロと床を転がった。プスプスと髪の毛から煙が出ているメリックは、口をバカみたいに半開きしてぐったりしている。

「ダメだったな」

「…」

 睨むな。俺のせいじゃないだろ。

「相性が悪かっただけだ。気を落とすな」

「相性なんてあるんですか?」

「ある。人と同じだ」

「じゃあ、長い時間一緒にいる私とラインさんの相性はバッチリってことですね?」

 笑顔満点の彼女に、ラインは「ふっ」と微笑して窓に目を向けた。シルフの魔力を感じたので、近くにいることがわかった。壁をすり抜けて、彼女は現れる。

「場所はわかったわ」

「そうか。じゃあ連れて行ってくれ」

 シルフはこくんとうなづく。

「よし。メリック。出発だ」

「あ、は〜い」

 二人は宿を出て、シルフの後を追った。


 サンド村と北の山の間には石造りの壁があった。二メートル以上の高さがあり、それは魔物からの侵入を防ぐためのものであるらしい。入り口には錆びついた鉄のドアがあり、鍵はかかっていなかった。その横には危険を知らせる看板があり、赤字で「危険!」と書かれていた。ドアを開き、山への道を歩み始める。

 北の山は最初は緩やかだが、じょじょに険しくなっていく道だった。整備されているわけではないので階段やロープの類はなく、険しい場所ではずり落ちそうなほどだ。山頂に近づくにつれて草がなくなっていき、代わりに増えていくのはゴツゴツとした岩や石だった。 

 先頭を歩くのはウィル。そのあとにメリック、最後尾に荷物持ちのガオンが続く。

「わっ!」

 後ろを歩いているメリックから悲鳴が上がった。不安定な石のせいで足元がふらつき、今にもこけかかっている。後ろにいるガオンは命令しないと動かない。そして、命令している時間はなかった。

 ラインは素早く魔法を発動させる。それは簡単なことではなく、魔法を使うには複雑な工程をはさまなければいけない。発動するだけの魔力を溜め、魔力を魔法に変換、位置を定めて発動する。その一つ一つは訓練しても難しい。だが、ラインはそれを素早く、まるで息をするようにしてしまう。落下しようとしている地点に風を起こし、彼女を風の力で支える。

「わわわ」

 背中を優しく押すような風によって、彼女はバランスをとることができた。

「気をつけろ」

「あ、ありがとう。ラインさん」

 先を急ぐ。シルフの背中を追うと、そこには大きな洞窟が見えてきた。入り口のところで彼女は反転し、ラインたちのほうを向いた。

「この先よ」

「わかった。ありがとう」

 役目を終えた彼女は、ラインの手のひらまで近づいて玉に戻った。それを革袋に入れる。そのあと、ガオンに近づいて声をかけた。

「この先の洞窟にいるドラゴンを倒してくれるか?」

 彼はうなづいたあと、ガシャンガシャンと音を立てながら洞窟の暗闇の中に入っていった。黒い鎧なので、すぐに見えなくなる。

「だ、大丈夫ですか?」

「わからない。まあ、やられることはないだろう」

「でも、相手はドラゴンですよ? 万が一ってことも」

「そうなれば、次の策を打つだけだ」

 少しの間、無音が続く。上を飛んでいる野鳥の鳴き声が聞こえてくるだけだった。

「静かですね」

「しっ」

 グオオオオオオオオッ!

 そのとき、洞窟の奥からこの世のものとは思えないほどの恐ろしい唸り声が聞こえた。ドラゴンが一撃を浴びたのだろうか? 続いて斬撃が聞こえ、静かになる。恐怖からメリックはラインの背中に貼りつき、服の端をつかんでいた。

「ど、どうなったんですか?」

「じきにわかるだろ」

 少ししてからガオンが洞窟から出てきた。主人の元に近づいてくる、その鎧には血がべっとりとついていた。

「やったか?」

 ガオンは静かにうなづいた。

「なんかあっさりしてますね…」

「安全第一だ。さて、もうここに用はない。帰るか」

 ラインは何者かの気配に気づき、下山しようとした足を止める。空を眺めた。それに気づいた彼女も足を止め、振り返る。

「ラインさん?」

「仲間、か」

「え?」

 彼女はラインの視線をたどる。それはもう一匹、いや二匹のドラゴンだった。大きな翼を動かし、家ほどのサイズのある赤いドラゴンが二体、標的を探すように空中を漂っていた。開けた場所だったので、すぐに確認できたのか、一匹が進路を変えて高度を下げてくる。狙うのは大きなガオンではなく、人。その中でも一番弱そうなメリックだった。彼はそのことに素早く気づき、指示を送る。

「ガオン。メリックを守りつつ、ドラゴンを倒せ」

 地上に降り立つドラゴンを前にして、彼女はブルブルと足を震わす。ドラゴンにとってみれば人間の女性など、アリを踏み潰すぐらい簡単なことかもしれない。その間に割って入るのはガオンだった。黒の巨人が剣を構え、姫を守るナイトのように立ちふさがる。ドラゴンはクルリと反転し、その巨大な体を回転。長い尻尾がガオンに向かって振られた。が、彼は腕で攻撃を防御した。ガキンッという衝撃音が鳴る。人だと間違いなく吹き飛ばされて気絶するぐらいの衝撃に、ガオンは微動するだけだった。ひるむことなくドラゴンに向かっていくナイトは、その巨体とは想像もつかないほど素早く、体勢を整える前のドラゴン、その攻撃範囲に入る。両手で持った大剣が振るわれ、避けることに遅れたドラゴンの体を裂いた。

「グオオオオオッ!」

 硬い鱗で覆われた皮膚だったが、それに勝ったのはガオンの剣だった。しかし、致命傷ではないようで、ドラゴンはたまらず空中へと逃げる。ガオンに追える手段はなかった。見上げるその先に、もう一匹のドラゴンがいた。負傷したドラゴンは遠くの方へと逃げていくが、もう一匹は元気よく舞っている。メリックを狙うのはあきらめたのか、少し離れた場所にいるラインに近づいてきた。

「ラインさん! そっちです!」

 攻撃対象になったラインは、相手から目をそらさなかった。ドラゴンの口から火がもれ出ていることに気づく。それは滑空しながらラインとの距離を縮め、そして。

 ボワッ!

 辺りを焦がす火炎の息が吐かれた。彼が立っている地点に一瞬で火の手が上がる。だが、身体、衣類が燃えることはなかった。魔力の壁が体を覆っていて、熱を無効化している。彼の魔法による防御は無意識に行われる。危険が迫ったと感じたとき、自動発動するオートディフェンスは、生き延びるために培われたものだった。

 上空へと高く舞ったドラゴン。次はどう攻めてくるのか見ていると、勝ち目がないと諦めたのか、去っていった。羽ばたき音が小さくなっていく。その姿が見えなくなったところで、メリックはラインの元へ駆け寄った。

「だ、大丈夫です、よね?」

「ああ。それより、ドラゴンは他に何体かいるようだな」

「洞窟のドラゴンの親戚みたいなものなんですかね?」

「わからん。今回の件で、人間に対する恐怖心が芽生えてくれたらいいが」

「戻りますか?」

「ああ」

 ラインたちは下山することにした。

 麓の村に着いたその足で、依頼主の女性の家を訪ねた。先客がいるようで、男が玄関に立っていた。その男は白髪混じりの五十代ぐらいで、神経質そうな顔をしている。白衣を着ているので医者だろうということはわかった。

「お邪魔しました」

「ありがとうございました」

 男はラインを見て、そのあと後ろにいるガオンを見た。ぎょっとした表情をしたあと、少しだけ頭を下げた。そして、どこかへ行ってしまった。玄関口から外に出た彼女はラインの顔を見ると、「どうも…」と元気のなさそうな感じで声をかけてきた。

 ラインはガオンを玉に戻したあと、家に入った。そして依頼の件を話す。一匹は倒したが、もう二匹は逃してしまったことを正直に伝えた。

「そうですか…。ご苦労さまです」

 ライン、メリックはダイニングルームのテーブルイスに腰かけた。二人の前には温かいお茶が出される。正面に座る彼女は、どこか上の空のようで、依頼のことは興味なさそうだった。そのことを不思議に思ったメリックは声をかける。

「なにかあったんですか?」

「いえ。ちょっと…」

「弟さんのこと、ですね?」

 彼女は黙った。先程の医者と関係がある話のようだ。

「王熱病という病にかかってしまったようだと言われまして…」

「ラインさん。知ってます?」

「いや、知らないな」

「ドラゴンが持つ毒のようなもので、傷口から入り込み、長期間、高熱を引き起こすという病です」

「大変じゃないですか。それで、治す方法は?」

「あります。しかし、治療薬は高いとお医者様が…」

 なるほど。それで悩んでいるわけか。

 メリックはどうにかしてやりたいという思いが顔に現れていた。そこで、ラインはリュックをごそごそとまさぐり、封筒を取り出した。

「どのくらい必要なんですか?」

「え? 十万ゴールドですが…」

「じゃあ、これで」

 彼は手にした封筒をテーブルの上に出した。それは依頼主、つまり正面の女性からもらった依頼のお金だった。十万ほど入っているのを確認している。それに気づいた彼女は両手を振った。

「こ、これは、受け取れません」

「今回の依頼、ドラゴンを逃してしまったので失敗です。これは、当然の権利ですよ」

「でも…」

「いいから、いいから」

 メリックはニヤニヤと笑みを浮かべていた。そして、彼女はホッとしたような表情をしたあと「ありがとうございます」と、満面の笑みを見せた。

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俺だけ強くても意味がない kiki @satoshiman

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