俺だけ強くても意味がない

kiki

第1話 サンド村

「勇者様だ!」

「勇者様!」

 勇者ラインは魔王を倒す旅を続けている中、サンド村に立ち寄った。午後の通りは人でまばらだったが、多くの人が気づいた。ラインは旅人が着るような厚手の服に身を包み、マントをしている。その格好は普通だが、連れによって目立った。

 隣にいるガオンは、全身を鎧で包んでいる。ラインが召喚した鉄巨人の彼は、体長二メートルを超え、腰には巨大な剣を携え、背中には不釣り合いなリュックを背負う。鎧は黒一色で、これでもかとインパクトを外部に与えていた。

 そしてもう一人はお調子者のメリック。彼女はガオンとは反対に細身で頼りない。ピンク色の髪を背中まで下ろし、ところどころ跳ねている。白を基調とした丈の短いローブに身を包み、足には黒のニーソックス。ローブ下の隙間からは白い太ももをさらしていた。そして、手には金属製の魔法の杖を持つ。こんな格好だが、確かな魔力の高さを持ち、実力は確かだ。

 人々に囲まれて、少し手こずったがどうにか宿屋に入ることができた。

「一泊、泊まっていいかな?」

「ど、どうぞどうぞ」

 やや太めのおばさんがカウンターの向こうで、緊張の面持ちで迎えてくれた。ラインはお金を出そうとポケットから財布を取り出した。

「あ、いえ。お金は結構です。勇者様からお金をとったらバチが当たるんで」

「いや、払わせてくれ。特別扱いする必要はないよ」

「そうですか、それなら…」

 ラインは宿代を払って、階段を上がった。すぐそばの部屋に入るが、ガオンは高さがあるので突っかかって入れない。

「しょうがないな。今日はもう終わりだし、休んでいてくれ」

 ガオンはうなづく。そして、自ら光を発したかと思うと、ビー玉サイズに変化。黒光りした玉を手にとったラインはそれを皮袋の中に入れたあと、リュックを部屋の壁に立てかけた。そして、窓際のイスに腰を下ろす。目の前のテーブルの上に、召喚玉が入った皮袋を置いた。

「ふう。この先は砂漠地帯になる。今日はもう休憩しよう」

「うへえ。砂漠かあ」

 トスッとメリックはベッドに腰を下ろす。いかにも嫌そうな顔をしていた。彼女は旅の途中についてきた女子で、付き合っているわけではなかったが、連絡がしやすい、宿代が安くなるとの理由から相部屋になった。勇者といえど、最初に十万ゴールドほどもらった程度。宿、食費、もろもろかかる経費が嵩むと少ない金額だった。宿代は一番高くつくので、可能であれば安くしたかった。

「そう言うな。水の確保はできるから問題ないだろう」

「いや、サンドワームとかいう巨大で気持ち悪い魔物が出るって話ですよ。牙が円形にギザギザついてて、なんかいかにもって感じの」

「そっか」

「そんな反応見せるの、ラインさんぐらいですよ。何十人も犠牲になったって話だけど…。ま、ラインさんがいれば問題なしか」

「あまり頼りにしないでくれ」

「いやいや。これまで何度助けてもらったことか、数を数えたらキリがないっすよ。これからも頼みますよ〜。勇者様」

「調子に乗るな」

「はは…」

 彼女は苦笑いを貼り付けたまま、立ち上がった。そして見回りと称して外出した。

 パタンとドアが閉められ、一人になった。ベッドに仰向けに寝転がる。

 順調だ。まぎれもなく順調。

 魔王を倒す旅をしてから半年で、もうすぐ魔王を倒そうというところまで来ている。最初は少し不安だったが、最近は自信がついてきて、はっきり言って楽だ。怒られるかもしれないが、楽な「旅行」といってもいい。四天王みたいなやつは現れたみたいだが、ガオンが一刀両断したし、その前も毒を飛ばすやつもガオンがやっつけた。召喚という魔法はかなり強力だ。まさに無敵。そんな俺を、みんなが頼ってくる。頼られるのは好きだ。喜んでくれると、こっちの気分もよくなる。やってよかったなと思う。…しかし、なんだろうか、この違和感は。正しいことをやっているはずなのに、このなにか引っかかるこの気持ちは…。

「ラインさーん! お客さん!」

 ドアが開けられ、入ってきたメリックに思考を遮られた。

「お客?」

 入ってきたのは若い女性だった。


「ドラゴン退治ですか」

 宿屋一階の休憩エリアで話をすることにした。隣にはメリックが座っている。正面の女性は十代後半といったところで、幼さが残る顔をしていた。長く伸ばした茶色の髪を後ろで束ねている。

「はい。勇者様しか頼りになるものはおらず、どうかお願いできますでしょうか?」

「ああ。構わないですよ」

「本当ですか!? ありがとうございます。お礼のほうは…」

「いや、お礼は結構です」

「そういうわけにもいきません。どうぞ、お受け取りください」

 村娘は封筒をもらった。中には結構な量の札束が入っている。なぜか横にいるメリックはニヤニヤと嬉しそうだった。

「今、受け取っても?」

「はい。勇者様。あの、それでドラゴンなのですが。北の山に生息しているみたいなのです」

「直接な被害は、例えばどんなことがあったんですか?」

 メリックは聞いた。

「私の弟が…遊んでいるときに空から攻撃されたみたいで…」

「あ、ごめんなさい」

「いえ。それで、そのときの傷がまだ癒えてなくて」

 ドラゴンに攻撃された傷、か。気になるな。

「見てもいいですか?」

「あ、はい。どうぞ、こちらです」

 彼女は立ち上がり、歩き出す。そのあとを二人はついていった。宿屋を出て少し北西に行ったところに彼女の家があった。庭があり、花壇には彩りのいい花が植えられている。中に入ってからすぐ隣が弟の部屋だった。そこへ入ってみると、彼はベッドに寝転がっていて、ぐったりしているようだった。年は十二、三才といったところか。

「うう…」

 額から汗を流し、苦しそうだった。姉である彼女は、タオルで顔を拭っていく。

「ずっとこの調子ですか?」

「はい。熱だと思うのですが、長引いているようで…」

「メリー」

「はいはーい」

 メリックは近づいて、杖をかざした。魔法の杖は機械式で、スイッチやらメーターが取り付けられている。それらを手際よくいじってから、発動するための魔力を集めた。そして魔法名を口から発する。

「エルヒール」

 光の玉が杖から飛び出してきたかと思うと、それは彼にぶつかって弾ける。淡い黄金色をしたオーラが彼を包み込んだ。すると、表情が和らいでいくのがわかった。

「どうだ?」

「ん〜。どうだろ? 様子見しないとわからないかな」

「そうか。また苦しむようであれば声をかけてください」

「あ、ありがとうございます」

 彼女は深々と頭を下げた。そして、ラインたちは家を離れる。

「あそこの家、彼女一人で頑張ってるのかな」

「おそらくそうだろうな」

「ラインさん。そういうの、弱いもんね〜。保護欲が出た?」

「困ってる人がいたら、誰でも構わない。できる範囲で応えるのが俺の役割だ」

「さっすが、私のラインさん」

「お前の所有物になったことはないが?」

 ラインは鼻で「ふっ」と笑った。

「北の山に行くが、メリーも来るか?」

「当然だよ。私、回復役だし。…まあ、私がいなくても、大丈夫なんだろうけどさ」

「そんなことはない。メリーがいてくれたほうがいい」

「え? え? 例えばどんなことがあって?」

 その眼差しは期待でウルウルしていた。

「荷物持ち」

 彼女はガクッとわざとらしく体を傾けた。

「ラインさん。そういうとこっ! そういうとこで好感度上げるんだよ!」

「俺への好感度はもうマックスだろうが」

「な、なに言ってるのかな〜。そ、そそそ、そんなことあるわけないし」

 赤い顔して肩をポカポカ殴ってきた。

 メリーが俺に好意を抱いていることは旅を続けている中でわかっていた。すぐ顔に出るし、わかりやすいやつだ。

「よし。なら、さっそくドラゴン探しだな」

「お、おお」

 彼女は調子を崩されたのか、微妙な反応を返した。

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