第25話

 それなら、僕も一緒に行くと言おうとしたが、徳重さんから連絡が来ていたことに気付いた。


「徳重さんに呼ばれたから、僕は行くね。」


 明日香と別れ、今日の夢について徳重さんに説明し、作戦会議をする。


「おおよその出火場所が分かっているっていうのは大きいな。今日で、奴を捕まえるぞ。」

「もちろんです。これで全てを終わらせるんですから。」


 陽も沈んだ頃、僕は徳重さんの車に乗り、放火されるはずの家の近くに待機する。夢で見た部屋には時計があったので、正確な時間が分かっている。僕らは車を出て、その家に近づいた。


「今、火を付けてきたところですか?」


 フードを深々と被ったその人に話しかける。僕から逃げ出すように後ろを振り返ったが、そこで待ち構えていた徳重さんの姿に気付いたようだ。


「もう、警察と消防署には連絡済みだ。それに、中の住人も逃げている。」

「よく考えたら、明日香が死を予見する力を持っていることを永覚に教えられるのなんて、あなたしかいないはずなんですよ。」


 そして、僕はフードを被ったその人に近づいていく。


「もう、逃げられませんよ。名和先生。」


 名和先生が売人かもしれないと思ったのは、永覚の発言が要因だった。明日香が死を予見する力があることを知っていること。そして、僕が教室にいることを猿投から人伝いに知ることができる人物は、名和先生しかいないだろう。


「どうして私がここに来るって分かっていたの?」

「あなたは、明日香の死を予見する力が、自分の邪魔になると思ったんでしょう?それで、口封じのために明日香の家を放火することにした。でも残念ながら、明日香じゃなくて僕が人の死を予見する力を持っているんですよ。」


「私には嘘を教えていたのね。」

「お前が取り引きしていた三人はいずれもお前が過去に担任をもったことのある生徒だったんだな。」

「そうよ。三人とも心が不安定で、御しやすかったわ。」

「まぁ詳しい話は署で聞くわ。」


 そう言って、徳重さんが名和先生に近づいていく。名和先生が自分の服の中に手を入れた瞬間、徳重さんは躊躇いもせずに、拳銃の引き金を引いた。恐らく、腕に命中し服の中から拳銃が落ちた。


「ああっ。」

「それくらいは持っているよな。もう、お前には誰も殺させやしないんだよ。」


 徳重さんは名和先生の手に手錠をかけ、パトカーで連行していった。


「これで、全部終わったの?」


 あらかじめ、家から離れていた明日香に話しかけられる。


「多分ね。それで、明日香に渡したいものがあるんだけど。」

「何?誕生日なら、まだ先よ。」


 赤池の話では、売人を捕まえることができれば、夢を見ることも無くなるのだろう。もう、誰にも僕らの仲を引き裂くことなんてさせない。


「これを受け取ってほしいんだ。」


 僕はそう言って、小さな箱を見せた。箱を開け、中の指輪を見せる。


「これって。」



「亀崎舜は、富貴明日香を一生愛し続けることを誓います。死がふたりを分かつまで、いや、死すらも僕らを分かつことはできない。来世もそのまた次も、また君に出会って愛します。」



「指輪、付けてくれる?」


 指輪を通すと、明日香は泣きながら抱きついてきた。


「絶対に私を愛し続けるのよね?」

「当たり前だよ。僕は、女の子には嘘を付かないって決めているからね。」


 どれくらいの時間、抱きしめ続けていたかは分からないが、ゆでだこのように顔を赤くした明日香が、僕を突き放した。


「こんな道の真ん中ですることではないわね。」

「明日香からしてきたんじゃないか。」

「そうだったかしら?それよりも、今日は家には帰れそうにないから、舜の家に泊めて欲しいのだけれど?」

「分かった。母さんも喜ぶと思うよ。」


 手を繋いで、家に帰ることにした。


「なぁ、明日香。」

「どうしたの?」


「俊哉のために僕は何ができるのかな?」

「白沢くんのため?」

「俊哉は僕を命懸けで守ってくれた。それを僕はどの形で恩返ししていくべきなのかなって。」

「白沢くんのことを忘れないずに、一日一日を大切に生きることしか、残された私たちにできることは無いのかもしれないわね。」

「そうなのかな。」


 どれだけ考えても、やはり答えは出てこない。僕らはそれ以上何も話さずに、歩き続けた。ようやく、僕の家が見えてきた。


「こんな夜分遅くにお邪魔して、迷惑じゃないかしら。」

「大丈夫だよ。今日は遅く帰るって伝えてあるし。って、あれ?誰かいるけど、こんな時間に誰だろう?」


 近づいていくと、美玖ちゃんだと分かった。


「美玖ちゃん、こんな時間に一人で出歩くのは危険だよ。」


 後ろに手を組んでいた美玖ちゃんは、僕に近づいてきた。それは、あまりにも唐突で、頭で認識することができなかった。服が血に染まっているのを見て、初めて自分が刺されたのだと実感した。



「なん、で。」



「お兄が一人で可哀そうだからだよ。お兄の親友なんだから、すぐにお兄の近くに行かせてあげる。」


 それだけ言って、美玖ちゃんは去っていった。隣にいる明日香は石像のように固まって、一部始終を見ていた。地面に倒れこむ僕を見て、明日香も我に返ったようだ。


「舜!舜!」


 明日香の悲痛な叫び声が聞こえる。この時、僕が思ったことは、美玖ちゃんに殺される夢を今日見なくて良かったということだった。もし、こっちの夢を見ていたら、明日香は火事で焼け死んでいただろう。一つしか夢が見られないのなら、明日香を助けられて良かった。


「しっかりして、舜!」


 もう、明日香の声も聞こえづらくなってきた。僕は最後の力を振り絞る。


「明日香。」

「何、舜?」



「死すらも僕らを分かつことはできないんだ。だから、何度だってまた君に会いに行く。」



「待ってる。ずっとずっと待ってる。」


 僕の意識はここで途切れた。






 私は毎年、学生たちが夏休みに入る頃、あなたの墓参りをしています。もうあれから、十七年も経っているのですね。あなたが最後にかけた呪いのせいで、私は他の人とお付き合いすることはできなくなってしまいました。私は例年通り、墓石を綺麗にして花を供えます。


「やっと、見つけたよ。」


そう言って私に話しかけたのは、あの頃の姿の君でした。


「何年待たせるのよ。もう会えないのかもしれないと思ってたわ。」


「ごめん、明日香。だけど、僕は女の子には嘘を付かないって約束したからさ。」



 何度だってまた会える。その言葉を忘れることは無かった。



「また、会いに来たよ。」

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僕は、あと何人犠牲にすれば君を諦めることができるだろうか。 高畠莞爾 @tremolo0324

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