日ノ本の平定② 六雄の再会

摂津国・大坂城。


10月上旬、3年余りの年月と莫大な費用と労力を費やし、ようやく大坂城が完成したとの報せが和田惟政から届くと、先月に玲鵬城に移っていた俺はすぐに大坂に向かった。


前世の大阪城公園があった場所には、巨大な天守閣が天下の中枢に相応しき威容で築かれ、漆喰で輝く白壁は姫路城よりも壮麗で、屋根で燦然と輝く金の鯱は名古屋城よりも豪華絢爛に青空に光を放っていた。


本来、天守閣は物見櫓や倉庫の用途が大半だが、俺は史実の安土城や大坂城と同じく居住と政務に用いる計画で築城させた。さらに本丸敷地内には帝である正親町天皇が遷座するため、帝の日常生活の場となる清涼殿と、政務や儀式を行う紫宸殿も細かな装飾を残して完成している。


大坂城の築城において国家の象徴となる天守閣と御所の建築には、"六雄"が戦乱の世を泰平に導いた証とするため全国から集まった大勢の宮大工が携わり、最優先で工事が進められた。


天守閣の足元に御所がある位置関係は、史実でも織田信長が安土城で計画したことだ。つまり天守閣の主が眼下に帝を見下ろすことにより、朝廷との力関係を天下に示す目的だ。


一方、大坂城の城下は俺の策定した都市計画に基づき、東西南北に100m幅を誇る大通りには物流や火事の延焼を防ぐため運河や緑地が張り巡らされた条坊制の計画都市であり、日本の首都に相応しい美しい街並みで整備されている。前世の大阪の町は無秩序でゴミゴミして不便だったからだ。


既に、焼き払われて荒廃した石山本願寺の寺内町の有様とは見違えるほどに復興を遂げているが、それでもまだ整備途上だ。今後は運河をもっと整備して水運を発展させ、水の都とする計画だ。


ところで、日本平定は史実よりも早く実現したが、豊臣家や徳川家のような武力で突出した大名家が統一した訳ではない。家格も全く異なる6つの大名家が相互協力することにより実現したものだ。


俺の生きている間は"六雄"の団結は強固であり、内乱などは絶対に起こり得ないと断言できるが、100年後、200年後となると不明だ。室町幕府のような統治機構では必ず綻びが出て、"六雄"同士が領土を争って再び戦乱の時代を迎える可能性も考えられる。


そこで俺は大坂城のお披露目と天下泰平の実現を祝い、年末には"六雄"が大坂城に集い、揃って年越しを迎えようと使者を送って呼び掛けた。もちろん5人からは快諾の返事が返って来た。


史実では幕末の開国と倒幕運動が同時進行となり、下手をすれば欧米の介入により日本は植民地化される危険もあった。そんな危うい未来を避けるためにも、まずは"六雄"が今後の統治体制について協議し、新体制を構築するのが最大の目的だ。




◇◇◇




12月24日。永禄13年(1570年)も佳境に差し掛かり、天下泰平を成して初めての年越しを一緒に迎えようと、大坂城に"六雄"が参集した。


「皆様方、此度は私の呼び掛けに応じ、この大坂城にお集まりくださり、誠にかたじけなく存じます。皆様の協力により戦乱の日ノ本を平定し、こうして再び6人が相見えることが出来、感無量にございまする」


「正吉郎、我らは己の意思で日ノ本の平穏を志して戦ったに過ぎぬ。だが、これも5年前に正吉郎が我ら"六雄"の同盟を提案しておらねば、今も戦乱の世が続いていたであろう。すべては正吉郎がいてこそ成し得たことだ。胸を張るが良いぞ」


上杉輝虎は穏やかな面持ちで告げるが、反論を許さない強い意志を帯びた言葉だ。


「そう仰っていただけると嬉しゅうございます。ですが、平三殿を始め"六雄"の合力が無ければ、日ノ本の平定は成し得なかったでしょう。故に心からの感謝を申し上げたいのでございまする」


「ふっ、島原で死にかけたと聞いて、少しは図太くなったかと思うたが、心の奥底の真っ直ぐで熱い意志は変わっておらぬな。俺もよもや『桶狭間の戦い』から僅か10年で戦乱の世を鎮められるとは夢にも思わなんだわ」


車座となった横から織田信長が珍しく穏やかな口調で言葉を挟む。竹中半兵衛や浅井長政、蒲生忠秀も笑みを浮かべて頷いている。


「それはそうと正吉郎。夏に双子の娘が生まれたそうだな。めでたいな。実は我が妻も先月、嫡男を生んだのだ。将来は是非とも双子の一人を嫁に迎えたいが、どうだろうか?」


すると、半兵衛が生まれたばかりの子供の縁談を申し入れて来た。半兵衛の嫡男の竹中重門は史実より3年も早い誕生だ。これも肉食により半兵衛が健康になった結果だろう。


「半兵衛、嫡男が生まれたとはめでたいな。これで竹中家も安泰だな。縁談はいささか気の早い話だが、悪い話ではない故、無事に育った暁にはお受けしよう」


「正吉郎殿。嫡男の忠三郎も元服して家に戻りました故、かねてよりお頼みしておる長女の嫁入り話も良しなに頼みますぞ」


半兵衛に続いて忠秀も縁談を申し入れて来た。小姓としていた蒲生鶴千代、史実の蒲生氏郷は九州征伐の直前に元服し、俺と忠秀の偏諱と蒲生家の通字の「秀」を合わせて蒲生忠三郎蹊秀と名乗り、蒲生家に復帰している。


「権太郎殿。瑞葵姫はまだ7歳です故、嫁入りはもうしばらくお待ちくだされ」


「正吉郎。次男の養子の件も忘れては困るぞ」


「平三殿、無論にございます。峰珠丸も年明けには7歳になりますが、10歳になりましたら上杉家に送り出す所存にございまする」


俺の返答に輝虎が満足そうに頷くと、向かいの長政がおずおずと口を開く。


「義兄上。実は浅井家は娘3人で息子がおりませぬ。故に、将来は義兄上の三男の誠錬丸を婿養子に迎え、浅井家を継がせたいのですが、いかがでしょうか?」


やれやれ、今度は浅井家から婿入り話だ。みんなウチとの縁組を望んでいるのか。


「新九郎、阿幸はまだ20歳だ。次こそ男児を生むであろう」


「実は3人目の娘が難産だった故、阿幸はこれ以上の出産は難しいのでございます。ですが、私は阿幸以外に側室を持つ気はございませぬ」


「……分かった。まだ誠錬丸は4歳だが、将来は浅井家に送り出すとしよう」


「左様ですか。義兄上、誠にかたじけなく存じまする!」


長政が嬉しそうに頭を下げる。これで次男と三男が上杉家と浅井家を継ぐこととなり、竹中家や蒲生家の次期当主とも縁戚となる。この時代は政略結婚は次代を安泰とするための最善策だからな。


「最後は俺の番だな。正吉郎の嫡男の蔵秀丸には俺の次女を嫁がせるぞ。良いな?」


信長は相変わらず唯我独尊だな。史実では信長の次女は蒲生氏郷に嫁いだが、瑞葵姫が嫁ぎ先を奪った結果、蔵秀丸にお鉢が回って来たという訳か。


「三郎殿、承知しました。親子2代に渡って織田家と縁続きとなり、誠に光栄に存じまする」


「であるか」


信長が満足そうにニヤリと口角を上げる。おそらく5人にとって今回の大きな目的だった縁談がまとまり、場の空気は和気藹々としている。


「ところで正吉郎。この大坂城は日ノ本の象徴たるに相応しく、実に素晴らしい城であるな」


「京の都を模した大坂の町もさらに大きく繁栄するのでしょうな」


「ああ、いずれは淀川の北岸の我が領内にも町を作ったら賑わいそうだ」


大坂城の話題に振れた半兵衛に長政と忠秀が応じていると、輝虎が徐に口を開く。


「だが正吉郎よ。こうして我らを集めたのは、大坂城を披露して祝杯を挙げるためだけではなかろう?」


「ご明察にございます。わざわざ皆様にお集りいただいたのは天下泰平の到来を祝うためだけではございませぬ。今後の日ノ本の統治について話し合う必要があると考えたからにございます」


「ふふ、やはり日ノ本の統治についてか」


「ほう、では正吉郎の考えを聞かせてもらうとしようか」


俺の話を聞き漏らすまいと、輝虎と信長がどっしりと構えると、他の3人も互いに目配せして俺の方をジッと見据えた。

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