日ノ本の平定① 凱旋と慶事
肥後国・隈本城。
6月下旬、九州平定から2ヶ月半が過ぎ、九州の戦後処理に目途が付いた俺は、近江に帰国することにした。
当初の予定よりも1ヶ月以上早まったのは、どうやら俺が「村中城の戦い」で大鉄砲を使ったことが背景にあるらしい。
龍造寺軍に徴兵されて運良く生き延びた肥前や筑後の領民兵たちが、槍や鎧兜、鉄砲さえも役に立たない、従来とは次元の異なる戦を目の当たりにし、帰還した村々で大鉄砲の恐ろしさをまざまざと語って伝えたそうだ。
お陰で肥前や筑後では『"六雄"には逆らうな』という暗黙の掟が形成され、戦後の検地や刀狩に対する抵抗も全く無く、領内の掌握がスムーズに運んだため、後は任命した代官たちに任せて帰国することにしたのだ。
それと、6月中旬には浅井家と蒲生家に頼んでいた済州島の制圧が完了したのもある。済州島は沖縄本島の1.5倍の大きさで、15世紀初頭までは独自の言語や文化を持つ「耽羅」という独立した王国があった島だ。
しかし、今は李氏朝鮮に併合されて流刑地とされているが、後期倭寇の根城でもある。そこで今回は倭寇討伐を大義名分にして済州島を制圧し、東シナ海の制海権を握ることにしたのだ。
実は150年ほど前に李氏朝鮮が倭寇討伐を理由に対馬を襲った「応永の外寇」を起こしている。ならば今度は日本が同じ理由で済州島を攻撃しても何ら問題もない。何時の世でも国際関係は『力こそ正義』だ。もし李氏朝鮮が攻めてきたら返り討ちにするだけの話だ。
済州島の代官に任命された島津兄弟は最初は言葉や異文化の面で苦労するだろうが、喜んで赴任を受け入れた。武力では滅法強いので島民の反抗も抑えられるだろうし、日本防衛の防人としては十分に期待できるだろう。
◇◇◇
近江国・統麟城。
7月初旬、俺は統麟城に凱旋した。堀秀基や浅井巖應を始めとする文官たちは、俺の帰還を知って盛大な歓迎を用意してくれた。
城下町には寺倉郷など近江の村中から溢れんばかりの人々が集まり、さながら大祭礼のような熱狂ぶりで歓迎してくれ、俺も破顔して馬上から手を振り続ける。
全身で喜びを露にしている一人ひとりの笑顔を見ながら、俺はようやく実感が湧いてきた。こうして民を笑顔に導き、その中心で歓喜に塗れながら馬の歩を進めていることが、一体どれほどの幸せであろうか。
この笑顔を消さないためには史実の江戸幕府より遥かに長く続く統治体制を確立し、外国からの侵攻に備えなければならない。ようやく得た泰平の世を自分の拙い政治により潰すことなど、絶対にあってはならないのだ。
「正吉郎様、お帰りなさいませ! ご無事の帰還をずっとお待ちしておりました!」
統麟城の大手門の前に現れたのは、太陽のような眩い笑みを浮かべた市だった。きっと俺の到着を待ちわびて、こうして城門まで出迎えてくれたのだろう。俺はすぐに馬から飛び降り、市を抱き寄せた。
「正吉郎様、は、恥ずかしいです!」
――殿様は本当に夫婦仲がいいなぁ!
――あんな優しい旦那なら女房は惚れ直すだろうな!
――女房に愛想尽かされて逃げられたお前がよく言うぜ!
遠くで見物人たちの囃し立てる声が聞こえてくるが、気にならない。やがて市の双眸からは涙が溢れ出し、踊躍歓喜な心情が発露した。目や頬を赤く染めた宝石のような市の笑顔を見て、俺は改めて実感する。
『市のこの笑顔を見るために、俺はここまで死に物狂いで駆け抜いて来られたのだ』
浅井城で死地に追い込まれた時も、俺の瞼に浮かんだのは慈母のような市の笑みだった。生まれてすぐに母を亡くした俺にとって、市は妻であると同時に母のような存在だ。市の支えがなければ俺は途中で挫折していたに違いない。
俺はようやく身体を離すと、すぐに市のお腹が膨らんでいることに気づいた。
「ん? 市、少し太ったか? もしかして……」
「はい、ややこが出来ました。来月には生まれる予定です」
「そうか、でかしたぞ! 二重の喜びだな。誠に目出度いぞ!」
お市のお腹は過去の出産の臨月以上に大きく膨らんでいる。もしかすると双子かもしれない。もしそうならば忌み子の悪習を払拭する好機になるだろう。そのためにも市には3人分の栄養をしっかり摂らせて、元気な赤ん坊を産んでもらわないといけないな。
懐妊の喜びでもう一度抱きしめたい気持ちに駆られたが、今は自重すべきだな。まずは城へ入るとしよう。そして、戦勝と懐妊を祝っての祝宴だ。
俺は市と手を繋ぐと、まるでこれからの泰平の世を歩み出すかのように、軽やかな足取りで大手道をゆっくりと歩み出した。
◇◇◇
「「おぎゃあぁ、おぎゃあぁー」」
8月15日、予想したとおり市が双子の女児を出産した。一卵性らしく瓜二つの顔立ちだ。市によく似ているので、将来はきっと美人姉妹になるだろう。
俺は双子の姉を「輝咲」、妹を「美咲」と名付けた。由来は美麗に輝きを放つ花が咲き誇る様子をイメージしたものだ。
俺は寺倉家に双子が誕生したことを領内に伝えた。領内では法度や寺社奉行の瑶甫恵瓊の地道な努力により、古くから獣腹として忌み嫌われてきた風習は薄れつつあるとは言え、固定観念に縛られた年寄りには難しい顔を浮かべる者もいたようだ。
しかし、"神の御使い"と噂される寺倉正吉郎の子なのだから忌み子のはずはない。天照大御神から授かった子宝なのだと記した瓦版を配り、領民を洗脳するような世論操作で意識変化を誘導した。
そして8月23日、大広間で評定を開いていた俺の元へ、待ちに待った吉報が三雲政持から届けられた。
「申し上げます。去る8月上旬、上杉家が奥州を平定いたしました!」
既に九州を出立する前には織田家と竹中家が関東を平定したとの報せを受けており、これで日本全国がついに平定されたことになる。
「よしッッ! ついに日ノ本平定を成し遂げたぞ!」
日本平定に勝る喜びはない。上座で立ち上がった俺は握り拳を天に突き上げ、思わず歓喜の咆哮を上げると虚空を仰いだ。
「これも正吉郎様の御力にございまする。誠におめでとうございまする!」
「「「おめでとうございまする!」」」
光秀の言葉に続いて重臣たちが揃って祝福の声を上げる。
「真に、天下泰平を成したのだな」
やがて頭に昇った血が鎮まると、普段の落ち着きを取り戻す。だが、未だ実感はなく、白昼夢を見ているような気分だ。
「皆の者、本当にありがとう。皆の支えがなくば日ノ本の平定は叶わず、私は何処かで野垂れ死んでいたはずだ。この寺倉正吉郎蹊政、改めて礼を申すぞ」
俺は皆の忠勤に心から感謝を述べて頭を下げた。長年仕えてくれた「六芒星」と渾名される重臣や、16人となった「将星」、そして「六奉行」の文官に数多の家臣たち、さらには"六雄"の5人が協力してくれなければ、天下泰平は実現できなかったと断言できる。
「某はほんの手助けをしたに過ぎませぬ」
光秀は面映そうな顔をしている。
「これからは"六雄"が一致協力し、泰平の世を盤石なものとせねばならぬ。そのため"六雄"が大坂城に集まり、日ノ本の新たな統治について話し合いをするつもりだ。戦は終わったが、皆にはまだまだ忙しく働いてもらうぞ。良いな!」
「「「ははっ!」」」
天下泰平となったとは言っても、再び戦乱の世に戻っては元も子もない。そのためには"六雄"に軋轢や不和が生じないように細心の注意を払いながら、日本の発展に全力を注ぐつもりだ。
あと少しで念願の"六雄"が再び一堂に会し、笑いながら祝杯を挙げる日がやって来るのだ。
「少々面倒だが、朝廷との交渉を急ぎ進めねばならぬな」
それまでに"六雄"による泰平の世を確固たるものとするため、俺は新たな統治体制の構想を練るのだった。
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