論功行賞と凱旋と縁談

土佐国・中村城。


降伏した一条松平家が武装を解除し、中村城が開城した2日後の5月7日の昼過ぎ、俺は本丸の大広間に重臣たちを集め、論功行賞の評定と祝勝の宴を開くことにした。


「皆の忠勤によって寺倉家はついに四国を平定することができ、300万石の領地を有することができた。この寺倉正吉郎左馬頭蹊政、心より礼を申すぞ」


「「ははっー」」


「では、戦勝の宴の前に、今後の四国の統治と論功行賞について申し渡す。……まず讃岐国代官には改めて安富六郎右衛門を任じる。寺倉家の一門衆である六郎右衛門には、讃岐一国だけでなく、四国全体を監督する目付役も申しつける。期待しておるぞ」


「はっ、正吉郎様のご期待に沿えるよう、確と務めて参りまする」


思わぬ大役に感激したように、顔を紅潮させた安富政顕が平伏する。


「続いて、真田左衛門尉、真田兵部少輔、加津野隠岐守、真田宮内介、此処へ参れ」


「「ははっ」」


俺の前に、真田信綱、真田昌輝、加津野信昌、真田信春の真田4兄弟が並んだ。武藤喜兵衛も含めて、さすがに顔立ちが良く似ているな。


「4名とも四国平定の戦いで誠に活躍してくれた。よって、真田左衛門尉には伊予国代官、真田兵部少輔は阿波国代官、加津野隠岐守は土佐国代官、真田宮内介は淡路国代官を任じる」


「「はっ、ありがたき幸せにございまする」」


「四国は今は石高は低いが、万濃池や吉野川など溜池造りと治水を行い、開墾を進めれば石高はまだまだ大きく増える余地がある。治水や街道整備など協力し合って四国を発展させ、四国の民が豊かに暮らせるように努めよ」


それと東伊予には別子銅山が眠っており、いずれ山師の安曇真蔵を派遣して発見するつもりだが、今は予言めいたことは言わないでおこう。


「「ははっ、承知いたしました」」


その後、伊東義益を調略した小笠原長時、雲林院祐基と細野藤光や、戦功の大きかった重臣たちに褒美を与え、論功行賞は終わった。そして祝宴が催され、家臣たちは美味い酒と料理を心ゆくまで堪能したのだった。




◇◇◇




摂津国・大坂。


5月下旬、既に将兵の8割は故郷に帰還させたが、戦後処理に忙殺されていた俺はようやく帰還の途に就いた。


津守湊では大変な騒ぎになっていた。俺の凱旋の報せが広まると、四国を平定した俺の姿を一目見ようと畿内中から大勢の民衆が集まり、さらにその民衆を目当てに商人たちも集まったらしい。南蛮船から見た余りの人出の多さに、俺の顔は引き攣っていた。


津守湊を抜けるのには一苦労したが、俺は南摂津代官の和田惟政が政務を行うために作られた大坂の代官屋敷に入った。此処はかつて石山本願寺の寺内町があった場所だが、俺は全てを焼き払い、一向宗の邪念を祓い清めた。


石山本願寺のあった場所では現在、大勢の職人や人夫を動員して大坂城の築城の真っ最中だ。建築開始から1年半が経過し、本丸の石垣はほぼ出来上がり、既に天守閣の土台部分も築かれているようだ。


大坂では南摂津代官である和田惟政が迎えてくれた。四国征伐に従軍しなかった惟政は目の下に若干の隈が見えた。復興途上にある大坂の町を再建すべく日夜奔走しているのだろう。労苦を強いるが、もうしばらくは頑張ってもらいたい。


大坂では正月の宴と比べても遜色ない豪勢な食事が振る舞われ、俺はもうじき会える市の顔を瞼に思い浮かべながら舌鼓を打った。翌日は大坂城の建築現場を視察し、職人や人夫たちに慰労の言葉を掛けると、翌朝には大坂を出立し、伊賀の玲鵬城に向かった。




◇◇◇




伊賀国・玲鵬城。


玲鵬城は元は三好家の監視と伊勢の防衛のために築いた城だ。だが、畿内が"六雄"の統治下になった今、軍事上の意味はない。そこで、未だに伊賀守の官位を兼任している俺は玲鵬城を春と秋の居城とし、琵琶湖で水遊びもできる統麟城は夏の居城とすることにした。


そして、冬は温暖で温泉もある伊予の湯築城に居を移すことにした。俺が定期的に移ることにより四国の統制が緩まないようにするためだ。それに俺や重臣たちが3つの城を移動すれば史実の参勤交代のように道中で金が落ち、経済活性化の効果もあるだろう。


玲鵬城でも大勢の民が出迎えてくれた。俺はようやく帰ってきたのだと実感し、安堵の表情で城に入る。


「正吉郎様、お帰りなさいませ。戦勝おめでとうございます」


満面の笑みで市が出迎えてくれた。うん、相変わらず綺麗だ。去年よりも大人びたな。


「市、帰りが遅くなったな。無事に帰ったぞ」


「はい! ずっと、お待ちしていました」


目尻に涙を浮かべながらも答える市を見て、昨年8月に出陣してから随分と長い間心配を掛けてしまったな。そんなことを考えていると、足下に影を捉えた。


「「ちちうえ!」」


蔵秀丸と瑞葵姫だった。峰珠丸と誠錬丸は揃って寝ているらしい。


「おお、蔵秀丸と瑞葵姫! 少し見ない間に大きくなったな」


8歳となった蔵秀丸を抱き上げると、以前ほど軽々とは持ち上げられなかった。6歳の瑞葵姫はまだ軽いな。家族と長く会えないと愛しさが倍増するものだな。順番に2人の子を抱き上げた俺は、単身赴任する父親の気持ちが分かった気がする。


ふと、少し頬を膨らませている市と目が合うと、市は赤面して顔を逸らす。前言撤回だ。まだまだ子供だな。俺は物足りなさそうな瑞葵姫を下ろすと、市に笑顔を向けて両手を広げた。


「正吉郎様。私がどれほど寂しく心細かったことか、う、ううっ」


俺に抱きついて嗚咽を漏らす市の髪を優しく撫でる。


「……ごめんな、市。ただいま」


俺は思わず目尻に涙を浮かべていた。




◇◇◇




6月に入り、梅雨の季節になった。梅雨が明けたら統麟城へ移る予定だが、俺は玲鵬城で家族団欒を満喫しつつ溜まった政務を熟していた。俺の不在中は"寺倉六奉行"が政務を代行していたが、本来ならば俺が決裁すべきだった案件の書類を確認していたのだ。


「次郎三郎、茶を頼む」


「はい」


一息つくために手を休めた俺は、小姓にしたばかりの一条家康にお茶を頼むと、側に控える滝川利益に声を掛ける。


「慶次、お主は妻帯しておらなんだな?」


「はっ、左様ですが」


利益は武芸だけでなく教養も高く、和歌や茶の湯にも精通しているが、一方で傾奇者らしく突飛な行動も偶に見られる。だが、それが災いしたのか、30代後半で未だ独り身だった。


「そろそろ身を固めねば跡継ぎに困ろう。好いた女子はおらぬのか?」


「女子は好きですが、一人を選べと申されると難しいですなぁ」


そう言って利益はハハハと笑う。プレイボーイだが、どうやら本命はいないようだ。


「では、朝倉九郎左衛門尉の娘を娶る気はないか?」


朝倉景紀の嫡男・景垙は「三方の戦い」で討死し、次男の景恒は浅井家に仕えているため大垣朝倉家には跡継ぎがいないのだ。ただ景紀には鶴姫という娘がいるが、朝倉家の家格と娘の上背が高すぎるため、家中で釣り合う相手が見つからなかった。今年20歳で行き遅れとなっていたため、四国で景紀から利益を名指しで相談されたのを思い出したのだ。


「九郎左衛門尉様の? いや、某など朝倉家の婿には相応しくありませぬ」


「慶次ほどの武勇ならば、九郎左衛門尉の跡を継ぐに足るぞ。それに亡き朝倉宗滴公の孫となれるのだぞ」


宗滴の孫、と聞いて利益の目が光った。


「九郎左衛門尉も65歳だ。是非ともお主に継いでほしいそうだ」


「ですが、正吉郎様の側を離れる訳には……」


「なに、九郎左衛門尉も未だ壮健ゆえ、日ノ本を平定するまでは大垣代官を務めてもらうつもりだ」


「過分なお心遣い、かたじけなく存じます。では、縁談をお受けいたしまする」


「そうか、九郎左衛門尉もさぞや喜ぶであろう。だが、女遊びもほどほどにな」


「はっ、無論にございまする」


鶴姫も少しお転婆らしいが、傾奇者の慶次とならば仲睦まじい夫婦になるだろう。そして6月吉日、滝川利益は大垣朝倉家に婿入りし、朝倉慶次郎景利と名乗ることになった。期待通り意気投合したのか、仲睦まじい夫婦仲をこの目に映してくれた。

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