四国での正月② 他家と南蛮の動向

先ほどまでは香宗城に4千の兵を置くだけでも牽制となり、一条松平に長岡郡の重要拠点である岡豊城に2千ほどの兵を割かせるだけでも戦略的な意味があると考えていた。


だが、一条松平が河野攻めで隙を見せるとなれば話は別だ。今度は此方が意趣返しをする番だ。


「一条松平が河野を攻め始めたら、香宗城を奪い返した4千の兵で中土佐を攻めさせるとしよう。順蔵、分かるか?」


河野と一条松平は国力的に大きな差はないため、一条松平は全力で河野に当たるはずだ。ならば、河野攻めの最中に中土佐を攻められる事態を最も恐れているに違いない。


「陽動、ですな」


順蔵は察したようだ。俺はほくそ笑みながら頷いた。


「そうだ。中土佐を失えば本拠の西土佐まで一気に攻め込まれる恐れがある故、一条松平は河野攻めから兵を退き、慌てて中土佐に援軍を差し向けるだろう」


「そこで一条松平が兵を退いた隙を狙って、我らが東伊予から攻め入り、中伊予を攻め落とす、という訳ですな」


「そのとおりだ。幸い、毛利は同盟を組んだ大友と浦上に挟撃され、出雲の月山富田城も浅井に攻められておる故、河野に援軍を送る余裕などない。今が好機だろう」


すると、服部半蔵が徐に口を開いた。


「正吉郎様。では、その毛利についてご報告いたしまする」


「うむ。半蔵、頼む」


「毛利は長門の勝山城で大友軍と膠着しておりましたが、昨年10月に大友の客将の大内輝弘が周防で反乱を起こしました。反乱は一月で鎮圧されましたが、勝山城から後詰を送るか否かで"両川"の意見が対立し、吉川少輔次郎が強引に後詰に向かったとの由にございます」


「ほぅ、あの"両川"が大友の策に嵌って兄弟喧嘩をするとはな」


しかし吉川軍が戻らなければ、兵が少なくなった勝山城の守備が保たないのではないだろうか。


「となると今頃、勝山城は落ちているやも知れぬな」


「はい。それと、蒲生と浅井は少輔太郎(毛利輝元)が陸奥守(毛利元就)を害した罪で粛清されたとの流言飛語を毛利領内に流しました。これには毛利配下の国人衆がかなり動揺し、蒲生と浅井が調略を仕掛けている模様にございまする」


やはり俺が目論んだとおり、黒田官兵衛と沼田祐光も俺と同じ策を実行したか。四面楚歌の状況で新当主が前当主を暗殺したとなれば、御家騒動の元だと相場は決まっている。


本拠の安芸はともかく、備後や出雲、石見、長門、周防の国人衆の中には毛利の凋落に見切りをつけ、蒲生や浅井の調略に応じる者も出るだろうな。


「では正吉郎様。続いて、拙者からご報告申し上げまする」


三雲政持の寧静な声が響くが、政持の額が紅潮し、僅かばかり息が乱れているのが気になった。


「三郎左衛門、東国で何かあったのか?」


順蔵と半蔵の報告が終わるまで待っていたところを見ると、火急の用件ではないのだろうが、良くない報せだろうと想像がついた。


「さすが正吉郎様にはお見通しにございますな。動揺したつもりはございませなんだが、拙者もまだまだ未熟にございまする」


政持は目を丸くした後、緩やかに口角を上げた。


「実は、竹中と織田が相次いで北条の残党ら"関東大連合"に敗れました」


「なっ、半兵衛と三郎殿が相次いで敗れた、だと?」


思わず驚愕の声が上がる。


「はい。まずは竹中ですが、北武蔵の要衝である鉢形城を一月ほど攻めましたが、かなりの堅城にて攻めあぐね、兵糧攻めを行いました。そこへ"関東大連合"の2万の後詰が送られ、分が悪いと見て竹中軍は上野に撤退しました」


鉢形城は史実でも大砲を使って落とした堅城だから、妥当な判断だな。俺から大鉄砲を貸し出してもいいが、それよりもナパームならば木造の城は必ず燃えるから、信長と協力させた方がいいだろう。


「そうか。兵糧攻めが無理ならば、後は火攻めしかないだろう。三郎殿に頼んでナパームの壺を融通するよう文を送るとしよう。半兵衛ならば挽回するだろう。織田はどうだ?」


「はっ、織田は首尾よく東相模の鎌倉郡まで制圧すると、三浦半島に侵攻しました。ですが、狭い三浦半島の先端で城攻めに時間が掛かったところで、南武蔵から急襲した北条の残党と、海を渡って上陸した里見の軍勢に挟撃され、尾張守様は命辛々玉縄城に退却した模様にございまする」


「三郎殿さえ無事ならば良い。三郎殿ならば必ずや雪辱を果たすだろう」


信長が死んだとかの危急の一大事ではないと予想できたのでさほど心配はしなかったが、それでも義兄である信長が無事だと知って、俺は内心で胸を撫で下ろした。


「それと正吉郎様。一昨年の夏にバテレンの使者を尾行した者たちで、ルソンとマラッカに向かった者たちがようやく帰還しました」


「おお、そうか。ならば、帰還した者たちを此処に呼んでくれ」


「はっ。おい、お主たち。此処へ参るがよい」


「「ははっ」」


三雲政持が後ろに声を掛けると、6人の素破が音もなく現れて平伏する。志能便、伊賀衆、甲賀衆の3人組で2班らしい。


「皆、1年半もの長きに渡り、遙かに遠い外つ国で難しい役目をよく成し遂げてくれた。誠に大儀であった。後ほど褒美を授けるぞ」


「「ははっ、誠にかたじけなく存じまする」」


「外つ国では言葉も通じぬ故、さぞかし苦労したであろう。南蛮人との会話は如何したのだ?」


やはり外国で最も大変なのは言葉だ。俺も前世の海外旅行で幾度も苦労に遭った記憶がある。


「誠に勿体ないお言葉にございまする。マラッカではポルトガルの言葉を話す明の男を雇い入れました」


「ルソンではイスパニアの言葉の分かる琉球商人の小間使いを雇い入れました。その者は日ノ本に来たがりました故、我らと共に連れて参りました」


「左様か。その者が教えればイスパニア語の習得が進みそうだな」


だが、そう答えた2人を良く見ると、見覚えのある顔だった。


「ん? お主は根津甚八郎ではないか。それにお主は百地新太であろう? 2人とも真っ黒に日焼けしておる故、見違えたぞ。そうか、2人は外つ国へ行って参ったのだな」


「はっ、若い者の方が外つ国で適応する力が高いと、正吉郎様から助言をいただきました故、将来を担う2人を外つ国に送り出しました」


順蔵がそう言うと、俺は首肯した。


「良い判断だな。どうだ、甚八郎、新太。世界は広かったであろう?」


「「はい。誠に世界は広うございまする」」


甚八郎も新太も一片の曇りのない笑顔で告げた。海外に行って視野が広まったに違いない。将来が楽しみだな。


その後、6人の素破から詳しい説明を受けた。


ルソンは明や東南アジア、琉球の中継貿易で栄える町で、まだイスパニアの支配下にはなっていない。だが、既に南のセブ島がイスパニアに征服されており、史実では数年後にルソンも占領されるはずだ。


そのルソンでは、新大陸原産のトマト、トウガラシ、ピーマン、カボチャ、サツマイモ、タバコが入手できた。これで念願のトマトソースのパスタやピザが食べられるな。サツマイモは火山灰の多い伊豆大島で栽培するとしよう。


ただ、タバコは健康に有害なので普及させるつもりはないが、ニコチン成分は防虫効果が高いので、農薬用に限定して栽培するべきだろう。


一方、マラッカは50年ほど前にポルトガルのインド総督に征服された町だ。ポルトガルの軍艦が何隻も停泊し、城壁には大砲が備わって要塞化され、数千人の兵が駐留していたそうだ。


史実では70年後にオランダの東インド会社に占領されるが、マラッカ海峡という航路の要衝にあるため、東西から明やアユタヤ、インド、イスラムの商人たちが集まり、交易で堺や博多以上に栄えているらしい。


そのマラッカでは、キャベツやテンサイ、インドの乳牛、イスラムのコーヒー豆、さらに極秘で香辛料の種も入手できたそうだ。まだ発見していないが、小笠原諸島で香辛料やコーヒーの栽培を試すとしよう。これで牛乳や砂糖を確保できるのも大きいな。

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