土佐一条家乗っ取り④ 松平家の再興
「反逆者、土居近江守を成敗せよ! 与する者は一族郎党、女子供も根切りにするのだ!」
土居宗珊と鳥居元忠の会談が終わって五刻(10時間)ほど経った明朝、朝日が昇る様子が僅かに覗える払暁の空の下、一条兼定が命じた土居宗珊の粛清計画は決行された。
「土居近江守を探せ! 捕らえた者には褒美を与えるぞ!」
昨日、急遽集められた雑兵たちは褒賞があると聞いて目を光らせ、躍起になって競うように屋敷中を探し廻った。しかし、異変に気付くのに大して時間は掛からなかった。
「誰もいないだと? そんなはずがあるものか! どこかに隠れているはずだ。床下や屋根裏の隅々まで探すのだ! 近江守が見つからないままでは左近衛少将様に顔向けできぬぞ!」
だが、一刻ほど屋敷中をくまなく探せども、一向に誰一人として見つけることはなかった。焦りと苛立ちが最高潮に達した指揮官は屋敷に火を放つよう命じ、憂さを晴らして引き揚げたのだった。
太陽が昇り、すっかり辺りが明るくなった頃、土居家の屋敷は燃やし尽くされ、僅かに残る炭化した柱や梁が儚げに煙を立てるだけであった。
◇◇◇
「……よもや屋敷まで燃やすとは信じられぬ。これを殿が……命じられたというのか? 童の頃からお仕えしてきた若がこのような無慈悲なことをされるとは……」
昼前、目の前の光景に茫然自失となった土居宗珊は、歯を食い縛りながらも悲嘆に暮れていた。
「近江守殿、このまま左近衛少将様に一条家を任せていては、いずれ長宗我部や毛利に攻め滅ぼされますぞ!」
「だが、私は若が童の頃から仕えてきたのだ。若も何者かの流言に惑わされた可哀想な御方なのだ。若は何も悪くは……」
土居宗珊がそう言い掛けたところ、鳥居元忠の声が宗珊の耳を突き抜けた。
「近江守殿!! 目の前の光景を見ても、まだ左近衛少将様は悪くはないと申されるのか?」
宗珊はハッとなって目を見上げると、元忠の真剣な眼差しに射抜かれた。
「主君に忠義を尽くすのは立派な心掛けとは存じまする。ですが、近江守殿だけではなく、妻や子女、忠節を尽くしてきた家臣を皆殺しにしようとしただけに飽き足らず、屋敷まで燃やし尽くしたのですぞ! これが忠義の臣に対して主君がやることでございまするか?」
「……」
「私はこのような行いを断じて許すつもりはございませぬ。私、いや松平党は左近衛少将を討ちまする」
「な、何?!」
土居宗珊は目を剥いて鬼の形相と化した。だが、それに怯むことなく、鳥居元忠は言い放った。
「何度でも言って差し上げましょう。我ら松平党は左近衛少将を討ちまする。一条家を愚かな当主による滅びの道から救うため、我ら松平党が左近衛少将を討って、下剋上により一条家を乗っ取り、四国の覇者となるのです!」
「四国の覇者、だと?!」
「左様でございます。我ら松平党と近江守殿が手を合わせれば、長宗我部や河野を飲み込み、三好をも打ち倒すことが叶いましょう! 知勇兼備の近江守殿ならば、このまま左近衛少将に一条家を任せるのが如何に愚かなことか、ご理解できるはずにございまする」
「……」
土居宗珊は言い返す言葉が何も見つからず、黙ったまま視線を落とした。
「近江守殿、断腸の思いかとは存じまするが、是非とも我らに協力してくだされ」
「……分かった。貴殿らに協力しよう。だが、若様亡き後の一条家は如何するつもりなのだ?」
鳥居元忠はワザと逡巡する素振りを見せた後に、徐に口を開いた。
「左近衛少将の御子はまだ幼く、一条家の血を引く近江守殿の嫡男では近江守殿の謀反の流言が真だったと認めることになります故、当主にはできませぬ。そこで、我らは松平家再興を志す者にございますれば、松平家の遺児・竹千代様が清姫様の婿となり、当主を継いでいただきまする。我らの宿願も叶いますし、一条家の血脈を残すこともできまする。近江守殿には竹千代様の烏帽子親になっていただきたくのは如何でしょうか?」
「そうか。それが貴殿らの狙いだったのか。……ふっ、良かろう。一条家を救うため、心を鬼にしようぞ」
二人は強い意志の篭った目を交わし、頷き合った。
そして、その日の内に一条兼定の"悪行"は素破によって中村城城下だけでなく、領内に知れ渡り、さらに素破に流させた謀反の噂によって、数日後には鈴木党や松永久秀を含めて、ほとんどの一条家臣が松平党と土居宗珊に与することとなり、密かに蜂起の準備を進めるのであった。
◇◇◇
土佐国・中村城。
2月下旬、一条兼定は行方不明となっている土居宗珊が謀反を起こすとの噂を側近から聞かされた。
「何? 近江守が謀反を企んでいるとは以前にも聞いた流言と同じではないか?」
「はっ、どうやら以前の流言は長宗我部による策謀だったようにございまする。ですが、此度の流言は先日、土居近江守の屋敷を襲ったことに反発した近江守が謀反を決意し、主だった家臣を糾合しているとの由にございまする」
「では、近江守が申していたのは真で、我は騙されていたと申すのか!」
そこへ、側近の一人の血相を変えて部屋に駆け込んできた。
「申し上げまする! 土居近江守らが謀反を起こし、二の丸に攻め入りましてございまする」
「何だと! 城門はどうしたのだ!」
「はっ、それが城門の兵も謀反に味方し、戦わずして城門を開けたとの由にございますれば、間もなく本丸に攻め寄せて来るかと存じまする」
「ふっ、どうやら我は家臣だけでなく城兵からも愛想を尽かされたようだな。やはり我は暗愚な当主であったか。……最後はせめて武士の誇りとして腹を切るしかあるまいか」
「「左近衛少将様ー!!」」
残った数少ない側近が思い留まるように兼定を説得しようとするものの、頑迷な性格の兼定の決意は固く、間もなく兼定は自らの過ちを悔みながら腹を召したのであった。
◇◇◇
それから半刻(1時間)後、本丸に攻め入った松平党や謀反に加わった一条家臣たちは、切腹した一条兼定と、自害した側近の遺体を見つけ、「中村騒動」は幕を閉じた。
この後、10歳で元服して土佐一条家に婿入りした松平竹千代は、烏帽子親となった土居宗珊の旧名・一条家忠の"家"と、亡き父・松平元康の"康"の偏諱を貰って一条次郎三郎家康と名乗り、土佐一条家の第6代当主の座に就いた。
これにより、土佐一条家は下剋上により松平家に乗っ取られる形で"一条松平家"となって、松平党の御家再興の宿願はついに叶い、一条松平家は西四国の雄として存在感を発揮していくことになるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます