土佐一条家乗っ取り① 数奇な再会

阿波国・勝瑞。


1月中旬。松の内の正月気分も抜けて日常風景が戻った勝瑞城の城下町を、一人の老将が馬上から眺めていた。


「この町を訪れたのも随分と久しぶりだが、以前は"天下の勝瑞”と謳われ栄えておったが、今は幾分か寂れておるようだのぅ。やはり三好の権勢が衰えればやむを得ぬというところかの。……さて、懐かしい面々に会いに参るとするか」


老将はそう呟くと、城門に馬首を向けて歩を進めて行った。




◇◇◇





阿波国・勝瑞城。


勝瑞城の本丸にて、大広間の上座に座る三好家当主・三好義興と義興の叔父・安宅冬康の前に堂々と座るのは、松永久秀であった。


「筑前守様、摂津守様、お久しぶりにございます。息災そうで何よりにございまする」


「まさか生きて再び見えようとは思わなんだぞ、弾正」


「主家に背いた男が、よくも抜け抜けと顔を出せたものだな」


(貴様が裏切らなければ、我らが畿内から追われることはなかったのだ)


安宅冬康は亡き兄・三好長慶の遺言を破った松永久秀を憎々し気に睨みつけている。三好家の面々にとっては、本来ならば直ぐにでも殺したい人間ではあったものの、四国で一大勢力を誇る一条家の使者とあっては、表向きは丁重に扱わざるを得なかった。


「はっ、まだこうしてしぶとく生き恥を晒しておりまする。本日は土佐一条家の使者として参りました」


昨年の「伊予合戦」で毛利・河野連合軍に勝利し、西土佐と南伊予を掌握した土佐一条家では、同盟していた宇都宮家を臣従させて南予を制圧するという献策の功により、松永久秀は一条兼定の大きな信頼を得て、土佐一条家の軍師役に就いていた。そして、松永久秀は軍師としての初仕事として、元主家である三好家に使者として自ら赴いたのである。


「一条家に仕えておるとはな。宇都宮家との同盟を破って攻めたのは貴様の謀だな?」


「家臣として当たり前のことを主君に進言したまでにございまする」


嫌味を籠めて訊ねる安宅冬康に、松永久秀は意に介さず飄々と受け流す。


「まぁ良い。弾正、土佐一条家の使者として参ったと申したが、まずは如何なる用件か申してみよ」


「筑前守様、今の四国の東半分は三好家が治め、西半分には一条家と河野家、長宗我部家がおりまするが、三好家は今年中にも長宗我部を攻めるつもりではござらぬかな?」


「ほう、何故そう思うのだ?」


三好義興が図星を刺されて驚いた表情を見せながらも久秀に訊ねる。


「昨年の南予の戦いで敗れたとは言え、河野家は毛利家と結んでおります故、まだまだ手強く、三好家は今は河野家とは険悪な関係でもござらぬ。そうであれば、邪魔な長宗我部を先に討ち、後顧の憂いを断った後に、全力で河野家と戦うのが正道かと考えた次第にございまする」


「ふん、貴様に言われるまでもなく、先に長宗我部を討つのは当然であろう。だが、それが貴殿が使者として参ったことと、何の関わりがあると申すのだ?」


「一条家は元は長宗我部の主家たる土佐国司でございますれば、主家に反旗を翻した長宗我部を許す訳には参りませぬ。そこで我々が合力し、東西から長宗我部を挟撃する盟約を結んでは如何かと提案に参った次第にございまする。無論、長宗我部の領地は切り取り次第で構いませぬ」


土佐一条家は50年前に本山家に攻められて落ち延びた5歳の長宗我部国親を養育し、長宗我部家の再興を支援した主家であった。だが、8年前に国親が病死した後、中土佐を領するに至った国親の息子・長宗我部元親は土佐一条家への恩義を捨て、実質的に土佐一条家の支配から脱し、戦国大名として土佐に覇を唱えようと下剋上の機会を覗っていたのだ。


(くっ、やはりそういう用件か!)


「確かに、一条家は我らと結べば逆臣の長宗我部を討てよう。だが、我らは一条家と結ばずとも長宗我部を討つことができる。今さら我らに一条家と結ぶ利があるとは思えんな」


松永久秀の共闘打診に、安宅冬康が奥歯を噛み締めて言葉を返す。


「本当に左様ですかな? 東では"六雄"の寺倉家が石山本願寺を滅ぼし、今年中には紀州を攻め滅ぼすであろう。そうなれば来年にも四国に攻め寄せてくるのは必定にござる。三好家としては今年中に目の上のたん瘤の長宗我部を滅ぼし、万全の構えで寺倉を迎え撃ちたいところではござらぬかな?」


三好家は寺倉家によって四国に追いやられたが、それでもなお阿波、讃岐、淡路を領し、東土佐の安芸家をも滅ぼして四国の東半分に勢力を拡大し、40万石近い領地を治める大名であった。


その三好家が中土佐の小さな国人に過ぎない長宗我部家になぜ手古摺っているのか。その一つは、三好三人衆や松永久秀といった重臣を相次いで失った三好家は、安宅冬康が当主の三好義興を援けていたものの、家中を統制するには力不足感は否めず、脆弱な統治体制だったためであった。


そして、もう一つには長宗我部家では本山家との「長浜の戦い」で初陣を飾った長宗我部元親の武名が四国中に轟いていたため、三好家は長宗我部家を警戒していたのだった。


松永久秀が理路整然と三好家の状況を看破すると、三好義興が苦笑して応える。


「ふっははっ、さすがは弾正、我らの立場を良く見抜いておるな。叔父上、弾正に知謀では敵うまいぞ。なるほど、今年中に長宗我部を滅ぼすためには悪くない話だな。叔父上、如何思う?」


三好義興は「伊予合戦」での松平党や鈴木党の活躍は既に耳に届いており、土佐一条家当主の一条兼定は暗愚だが、謀略家の松永久秀が軍師として傍に控えるならば共闘に値すると判断したのだ。


「……長宗我部はなかなか手強い敵でございます故、確かに今年中に決着を付けるためには一条家との盟約はやむを得ぬかと存じまする」


三好家の利益と松永久秀に対する憎悪との葛藤の末に、安宅冬康は苦々しい表情を浮かべながらも渋々賛同した。


(ふん、40万石近い領地がありながら自力で10万石にも満たない長宗我部を滅ぼせぬとは、三好家も随分と衰えたものよ。これでは寺倉に勝てるはずもあるまい。今の内に精々利用させてもらうとしよう)


松永久秀は冷徹な目で三好家の衰退を見抜くと、笑みを浮かべて上座の2人に告げた。


「では、決まりましたな。ご英断、誠にかたじけなく存じまする」


こうして、土佐一条家と三好家は今年の対長宗我部戦で共闘する盟約を結んだのであった。

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