バテレン追放令② 黒人奴隷と尾行命令

「佐平次、南蛮人が異国で2人だけで行動しているはずはあるまい。同行者を連れて参れ」


「ははっ」


俺はそう小川蹊祐に命じると、すぐに3人の男が連れて来られた。2人は西洋人、もう1人は黒人で、明らかに荷物持ちの奴隷と思しき貧しい身なりだった。


「この黒人の男は奴隷だな? 奴隷貿易の動かぬ証拠として、この男は押収する」


「……」


俺の通告にもフロイスは黙ったままで、俺は続けた。


「では、フロイスに命じる。奴隷貿易を即刻止め、外つ国に売り払った日ノ本の奴隷を全員帰国させない限り、キリスト教は"六雄"の領内では禁教とし、宣教師は"六雄"の領内への立ち入りを禁止する。故に、"六雄"が日ノ本を平定した暁には、宣教師は日ノ本への上陸を禁じ、これを破った場合は死罪とする。その旨を九州にいるコスメ・デ・トーレスやガスパル・ヴィレラにも確と伝えよ。この4人を堺から九州に船で追放せよ」


フロイスは俺がコスメ・デ・トーレスやガスパル・ヴィレラの名前を知っていることに驚愕の表情を浮かべていたが、4人は兵に連れられて大人しく部屋を出て行った。


史実の豊臣秀吉が出した「バテレン追放令」の先取りとも言えるが、南蛮人による日本侵略を防ぐには、これ以上宣教師の布教を許す訳には行かないのだ。




◇◇◇





4人が去ると、その場には黒人の男が1人残された。黒人は鼻をくんくんさせて、辺りを見回している。てっきりアフリカ人だと思っていたが、もしかして……。


俺が言葉とゼスチャーを交えて「"カリー"を食べるか?」と訊ねると、黒人が目を大きく見開いて頷いたので、鶴千代にカレーを持って来させた。すると、黒人は貪るようにカレーを食べ始め、あっという間に食べ終わるとポロポロと涙を流し始めた。


俺はポルトガル語は分からないので、前世の知識で色々な英単語を黒人に投げ掛けると、どうやら黒人はインド人で元は料理人だと分かり、故郷の懐かしい"カリー"に似た香りに思わず望郷の念から涙が零れてしまったようだ。


そう言えば史実では、織田信長が会見した宣教師の荷物持ちのアフリカ人の黒人奴隷を珍しがって貰い受け、「弥助」と名付けて近習にしたのだったな。


この黒人はインド人だし、年齢的にも史実の弥助とは別人のはずだが、俺は史実に倣ってこの黒人に「弥助」と名付け、インド料理の料理人として仕えさせることにした。弥助は日本語はカタコトしか話せないが、これからもカレーが食べられることに大喜びし、「アリガトウ」を連発していた。


だが、弥助を料理人にするだけでは勿体ない。弥助はポルトガル語の会話しかできず、読み書きはできないようだが、弥助には家中の文官にポルトガル語を教える教師役も務めてもらうとしよう。俺も弥助と会話をしながらポルトガル語を勉強したいと考えている。





◇◇◇





「順蔵、半蔵、三郎左衛門、いるか?」


「「「ははっ」」」


弥助を小川蹊祐に預けた後、俺は志能便、伊賀衆、甲賀衆を率いる植田順蔵、服部半蔵、三雲政持の3人を呼んだ。


「先ほどの宣教師フロイスとの話は聞いていたな? 九州に追放するフロイスを尾行してもらいたいのだが、お主たちの配下に明の言葉を話せる者はおるか?」


「はっ、私の配下に3人ほどおりまする」


フロイスの尾行を頼もうと3人に訊ねると、三雲政持が得意そうに応じた。


「三雲家は六角家配下の折に独力で明と密貿易をしていたのだったな。フロイスは九州に戻り、上司に会見の内容を報告するはずだ。それを聞いた上司は天竺のゴアという町にいる責任者に『日ノ本の有力大名にキリスト教の布教を禁じられ、日ノ本を追放されてしまうので軍事援助を頼む』といった内容の手紙を送るだろう。その手紙を持った使者は博多から明の船でマカオに向かい、マラッカ、そしてゴアへと移動するはずだ」


俺は簡単な世界地図を広げて、指で示しながら3人に説明する。


「その手紙がゴアの責任者に渡れば、いずれゴアやマラッカから南蛮船の艦隊が攻め寄せ、日ノ本を侵略しようとするだろう。そうなれば日ノ本最強の寺倉水軍でも南蛮船が3隻では勝つのは難しい。九州に上陸されれば元寇のような国難となりかねぬ」


3人も「元寇」と聞いて日本の危機だと認識したのか、真剣な表情で聞き入っている。


「では、その使者を消せばよろしいのですか?」


「そうだ。使者も手紙の内容を知っているはずだからな。マカオに着いた後に使者に南蛮船に乗り換えられると、日ノ本の者は南蛮船に乗れずに追跡できなくなる。故に、マカオに着く前の明船の上で人目につかぬように使者を始末し、海に沈めよ。使者以外に護衛もいると思うが、志能便と伊賀衆からも数人出して甲賀衆3人と一緒にやれるか?」


「「「はっ。必ずや!」」」


3人が自信満々に即答した。暗殺という手段は俺も好きではないが、情報が伝わって将来に災難を招くのをむざむざと看過ごす訳には行かないのだ。まぁ、いずれ伝わるのは避けられないが、できれば「アルマダの海戦」まで先延ばしにしたいところだ。


「うむ。ならば、ついでにもう一つ用事を頼むとしよう。マカオに着いたら商人を装って三手に別れ、1つは琉球を経由して暗殺の報告に帰還せよ。琉球では町や城の地形、庶民の生活の様子をよく調べてほしい。他の二手はポルトガルが占領するマラッカと、イスパニアが進出しているルソンに向かってほしい。マラッカとルソンでも町の様子を調べ、この紙に書いたモノがあったならば手に入れてきてほしい」


せっかく海外に行く機会なので、俺は他の用事も頼むことにし、3人にメモした紙を渡した。


「左馬頭様。この最後の"ポルトガルやイスパニアの言葉を話せる明国の童"とは?」


「うむ。将来、南蛮人と交渉や交易をするためには、南蛮の言葉の分かる者を増やさねばならぬ。マカオならば南蛮の言葉を話せる15歳くらいの孤児がいるであろう。弥助とその童がおれば、明の言葉を介して南蛮の言葉を学ぶことができよう。本人が通訳の仕事を了解すれば連れてきてくれ。だが、奴隷や人攫いは許さぬぞ。それでは、宣教師どもと同じ故な」


「はっ、承知いたしました」


こうして、俺はフロイスの尾行と使者の暗殺、そして海外での買い物を指示したのだった。




◇◇◇





肥前国・大村。


堺を出て8日後、フロイスは肥前国の大名・大村家の治める三城城城下にある屋敷に到着した。


この屋敷はイエズス会の日本の布教責任者コスメ・デ・トーレスが洗礼を施した大村純忠から宛がわれた屋敷であり、トーレス以外にもフロイスの前任の京の布教責任者ガスパル・ヴィレラも滞在していた。


フロイスは早速、正吉郎との会見の内容を詳細にトーレスとヴィレラに報告した。


「何と! では、イギリス人が寺倉と接触していると申すのか?」


「寺倉は『西洋人はポルトガル人とイスパニア人だけではない』と申しました。トルデシリャス条約やサラゴサ条約のこと、さらにはイスパニアが新大陸のインカ帝国を滅ぼしたことまで知っており、イギリス人が寺倉と接触したとしか思えません」


正吉郎の策略に嵌ったフロイスの言葉に、トーレスは驚いた。


「このままでは寺倉ら"六雄"が日ノ本を平定すれば、我々は日ノ本から追放されてしまいます」


「ならば、トーレス様。"六雄"に対抗する九州の大名に軍事支援するしかありますまい。鉄砲以外に、大砲を積んだ南蛮船や精鋭の兵士も送ってもらうべきかと」


「そうだな。九州だけでも我らポルトガルの領土にせねば。ゴアのイエズス会支部に手紙を送るとしよう」


ヴィレラの進言にトーレスも同意し、すぐにゴアに送る手紙を認めた。内容は『"ジパング"の次期国王と目される者から、侵略を企むキリスト教を禁教とすると通告された。この者にはイギリスが支援している恐れがあり、軍事援助を要請する』というものである。


翌日、その手紙を持った使者ら3人が博多に向けて出立した。幸か不幸か、使者らは尾行する者たちの存在に気づかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る