堺の戦い⑤ 会合衆の安堵

「さ、左様にございますか。では、私どもの願いは今後も堺の町の自治を認めていただきたいという一点にございまする。自治を認めていただけるのであれば、対価として畠山家当主・畠山左衛門督の首と捕縛しました畠山の家臣らの身柄をお引き渡しいたしまする。さらには、天下の大名物・古天明平蜘蛛と九十九茄子も用意してございます。いかがでございましょうか?」


「ふん、気に食わんな。私が左様な条件を飲むと思っていたのか? 再三の降伏勧告にも応じず、挙句の果てには畠山左衛門督の首を差し出すだと? 畠山の首に何の価値がある? 茶器は松永弾正忠の忘れ物であろう? 他人の褌で相撲を取るとは、正にこのことだな。お主ら会合衆の腹は何一つ痛まないではないか、違うか? 厚かましいにも程があるわ! この厚顔無恥な泥棒猫どもが!」


これほど恥知らずな条件を提示してくるとは思わなかった俺は、怒り心頭で頭に血が上り、床几から立ち上がって本気で怒鳴りつけた。


「「ひ、ひぃぃ、も、申し訳ございませぬ! な、何卒お許しくださいませ」」


「私はいずれ畠山を討ち果たすつもりだったが、それは決してお主ら商人の汚い手口によるものではない。甚だ遺憾だ。左衛門督も信用していたお主らに裏切られて死ぬとは、哀れな男だな。違うか?」


俺は会合衆たちを責め立てる。彼らは俺の言葉に青ざめると、視線を泳がせて口を噤んだ。


「た、確かに我らの腹は全く痛まない内容でございますれば、左馬頭様のお怒りはご尤もにございます。で、では、堺の町の負担として、一千貫文(約1億円)の矢銭をお支払いいたしまする。何卒寛大なご処置を伏してお願い申し上げまする」


「お主たちは商人だ。商売では商機が大事であろう? 商機を逸すれば、欲しかった品は他人の手に渡り、売りたかった品も売れなくなる。……お主たちは再三の降伏勧告を無視したであろう。お主たちが端から大人しく降伏しておれば、今後も堺の自治権を認めるつもりであった。だが、こうなった以上、ある程度の痛みは覚悟はしてもらおう」


俺は冷然と告げる。会合衆たちは脂汗を垂らして、誰も俺と目を合わせようとしない。


「まずは堺の降伏を認める条件としては、先ほどの捕虜の身柄と茶器に加えて、堺の私鋳銭の鋳造所は寺倉家が管理することとする。これ以上粗悪な私鋳銭を造って暴利を貪ることは一切認めぬ。良いな?」


「「ははっ、承知いたしました」」


「次に、今後の堺の自治についてだが、……」


会合衆たちがゴクンと唾を飲み込む音が聞こえた。


「次に、今後の堺の自治についてだが、本来ならば自治権を剥奪して、堺の町は寺倉家の直轄地とすべきところだが、私も鬼ではない。お主たちに最後の名誉挽回の機会を与えても良い」


その言葉を聞いて、会合衆たちは池の鯉が餌を得て食いつくが如く一斉に顔を上げた。


「あ、ありがたき幸せにございまする!」


「お主たちは堺の自治を守るために一千貫文の矢銭を払うと先ほど申したな。だが、我らの攻撃によって堺の町の一部は灰燼と化したと聞いておる。その復旧にも銭が入り用であろう? ならば、一度に多額の銭を支払わせるのは酷であろう故、今月末は十貫文(約100万円)で良い。その代わり来月末は倍額を、再来月はその倍額というように、一年間矢銭を納め続けてもらおう。どうだ?」


俺はさも気の毒そうな様子で伏せ目がちで言う。奴らは商人だが、金貸しを営んでいる者がいないのは調査済みだ。2の11乗がどういう数になるのかすぐには気づかないだろう。臭い芝居ではあるが、会合衆たちにこの提案を"好条件"だと思わせることができるだろうと考えた上での演技だ。


「左馬頭様の寛大なご配慮、誠に痛み入りまして、かたじけなく存じまする」


ほらな。絶望の淵に落ちた人間は、天から垂れ下がった蜘蛛の糸にも縋りたくなる生き物なのだ。俺の提案は彼らにとって正に蜘蛛の糸に見えたことだろう。


「だが、左衛門督を殺したお主たちの言葉をそのまま信用するほど、私は甘くはない。今の条件を書いた誓紙を取り交わし、誓いを破った場合は堺の自治を召し上げることとする。良いな?」


「ははっ、承知いたしました」


こうして、会合衆たちとの降伏交渉は"無事に"終わりを告げた。会合衆たちはどうにか堺の自治権を認められて、肩の荷を降ろしているだろうが、安心するのはまだ早い。後々になって、この条件の恐ろしさを知ることになるはずだ。その時が見ものだな。





◇◇◇




会合衆との降伏交渉が終わってから一刻後、俺は、畠山政頼の首と共に本陣に連れて来られた畠山家の捕虜たちと対面していた。ここにいる捕虜たちは畠山政頼が毒殺された際に茶室で捕らえられた者や、宿舎として貸し与えられた屋敷で夕餉に眠り薬を盛られて捕らわれた者たちだ。これ以外にも1000名近い畠山軍の一般兵がいたが、わずかな傭兵以外は徴兵された農民であり、寺倉家にとっても今後は大切な領民となる者たちであるため、寺倉家の慈悲により特別に助命すると恩に着せた上で解散し、既に家路に就かせている。


俺の前で後ろ手に縛られた捕虜たちは跪かされて、もはや死を覚悟しているのか抗う者はおらず、12名の捕虜全員の名前と素性を確認させると、10名が畠山家臣、2名が松永家臣であった。


俺は捕虜たちの前に立つと、穏やかな口調で告げる。


「私は寺倉左馬頭である。先ほど堺の会合衆とは貴殿らの身柄を寺倉家が預かることで合意した。そして、貴殿らの処遇についてであるが、私は貴殿らの命を奪うつもりはない故、安心してもらいたい」


「「えっ?!」」


先ほどまで意気消沈して俯いていた捕虜たちが俺の言葉に驚いて、目を見開いて俺を見上げている。


「貴殿らには寺倉家に仕えるか、畠山家に帰参するかの2つの選択肢を与えよう。寺倉家に仕えたいという者は禄15貫で召し抱えよう。逆に、畠山家に忠義を尽くしたいという者はその意思も尊重し、解放すると約束しよう」


「ま、真にございまするか?」


捕虜の中で最も地位が高く、畠山政頼の側近だったという遊佐高清という重臣が声を上げる。


「ここで嘘を言っても仕方あるまい? 本音を言えば今後、寺倉家が河内や和泉を統治していく上で、この土地に明るい者たちの力が必要なのだ。故に河内や和泉の代官の下で働く者が欲しいと考えているのだ。一方、畠山家に帰参する者には左衛門督殿の首を預けるので、紀伊に持ち帰って弔ってほしいと考えておる」


この俺の言葉を聞いた捕虜たちは顔を見合わせて、「どうする?」と小声で話し合い始めており、しばし考える時間を与えることにした。

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