堺の戦い⑥ 柳生宗厳の仕官

俺が考える為の時間を設け、半刻の後戻って捕虜たちの意思確認をすると、10名の畠山家臣の内、河内と和泉が地元である7名は寺倉家に仕官することを決め、残りの紀伊出身の3名は畠山に戻ることを決めた。その3名の内の1人は遊佐高清であり、政頼の首を預けると、高清は首を抱きかかえて人目も憚らず嗚咽を漏らしていた。いずれは寺倉の手で政頼は討つつもりであったが、あまりにも呆気なく、そして無念の死に俺も同情しそうになってしまう。緩みそうになった兜をきつく締め直すと、残った松永家臣の仕置に移った。


松永家臣の2名だが、1名は事情があって後回しとしたが、残りの1名は異色を放つ存在で、名を柳生新次郎宗厳と名乗った。柳生宗厳と言えば、かの"柳生新陰流"の開祖として有名な剣豪・柳生石舟斎だ。柳生宗厳から話を聞くと、大和の国人領主だった宗厳は松永久秀が大和を治めるようになって以来、久秀から高い信頼を受けて腹心の家臣として仕えていたようだ。宗厳が故郷である大和を捨て、大和を追われた久秀に付いて行くほどなのだから、余程の信頼関係だったのであろう。


だが、宗厳は昨日、会合衆の屋敷で久秀を逃がすために刀を振るったものの、力及ばず捕らえられてしまったのだと語った。


そして宗厳は己の剣の未熟さを痛感し、寺倉家に臣従することは主君・松永久秀に対する背信を意味するし、かと言って久秀の元に戻るには力が及んでおらず、故にどちらにも答えを出せずに悩んでいたのだという。実は以前から柳生宗厳の仕官を望んでいた俺は、宗厳をこのまま剣術修行で流浪の身にしてしまうのは余りに勿体ないので、ある提案をすることにした。


「柳生新次郎殿。実はな、私は大和国を平定した後、添上郡の柳生郷に足を運んだのだ。無論、貴殿に会うためだ。あぁ、お父上は60を過ぎてもご壮健であったぞ。奥方やお子たちも息災であった。だが、肝心の貴殿は松永弾正忠殿と共に、大和を出て堺に行ってしまったと聞いて、縁がなかったかと非常に残念に思っていたのだ」


「未熟な某などのためにわざわざ柳生郷に足を運んでいただき、かたじけなく存じまする」


俺の話を聞いて、宗厳の物腰が少し柔らかくなったように感じた。下手をすると家族が人質にされると思ったのだろう。そんなことをするつもりは毛頭なかったが、俺は端然と続ける。


「正直に言うが、私からすれば貴殿のような優秀な人材はぜひとも家臣にしたい。だが、処遇は貴殿らの自由だと言ってしまった手前、今さら無理強いする訳にも行かない。ということで柳生新次郎殿、ここで我が剣の師と手合わせをしてみぬか?」


「手合わせでございまするか? ですが、何ゆえに?」


宗厳は俺の言葉の意図を掴めないのか、眉を顰める。


「何、腕試しという奴だ。我が剣の師は、冨田五郎左衛門という中条流の遣い手だ。竹刀という練習用に作った刀で手合わせを行い、貴殿が勝てば松永弾正忠殿に仕えるに値すると、自信を持って帰参すれば良かろう。だが、負ければ未だ未熟であるとして、五郎左衛門の弟子となり、寺倉家に仕えてもらう。如何かな?」


「……かねてから中条流の冨田五郎左衛門殿のご高名は伺っており申した。まさか、斯様な形で手合わせできるとは思いも寄りませなんだが、兵法家としてぜひとも手合わせをお願いしたいと存じまする」


迷いに迷っていた宗厳にとってその提案は渡りに船だったのか、殆ど間を置くことなく承諾した。


もちろん俺は、あらかじめ冨田勢源に柳生宗厳の実力を測ってもらい、勢源から"勝てまする"との言葉をもらった上での提案だ。これならば宗厳も結果がどうであれ納得できるだろう。早速、本陣脇の空き地で手合わせを行うことになった。有名な剣豪同士の対決ということで、家臣たちが一目見ようと集まってきた。


二人の手合わせは、序盤は宗厳の奮闘により互角の勝負に見えた。だが、勢源の実力は宗厳の一枚も二枚も上を行っていた。10分ほどして宗厳の剣を見切った勢源は、いきなり豹変すると、宗厳の剣の欠点を次々と指摘するかのように竹刀で打ちのめし、一方的な戦いになっていった。これが刀を使った果たし合いだったなら、宗厳は間違いなく10回は死んでいただろうな。かたや勢源は息一つ切らしていない。全く、いつまで経っても勢源には追いつけそうにないな。


「やはり某の腕はまだまだ未熟。冨田五郎左衛門殿に遠く及ばないのが良く分かり申した。五郎左衛門殿、何卒某を弟子にしていただきたくお願いいたしまする」


自らの剣技の未熟さに歯を噛み締める宗厳に、勢源は近づく。


「うむ。貴殿の剣は未だ未熟なれど、濁りのない真っ直ぐな剣筋である故、まだまだ伸びる余地がござるな。我が剣を教えて進ぜよう」


「ははっ、かたじけなく存じまする」


俺はすかさず冨田勢源に平伏する柳生宗厳に声を掛けた。


「では、柳生新次郎殿、五郎左衛門の弟子となって、寺倉家に仕えるということで宜しいな?」


「ははっ、武士に二言はございませぬ」


よし。これで柳生宗厳が俺の家臣になった。これで"新陰流"は"中条流"の技も取り入れた流派として"柳生新陰流"となるのだろう。ゆくゆくは宗厳には寺倉家の剣術指南役を命じたいところだな。


「ならば、貴殿は私の家臣であると同時に、弟弟子という関係になるな。ところで、松永弾正忠殿は貴殿を"新介"と呼んでいたと聞いたが、私もそう呼んでも構わぬか?」


「……申し訳ございませぬ。某を"新介"と呼ぶのは、家族と弾正忠様だけと決めておりますれば、何卒ご容赦願いまする」


なるほど、"新介"呼びは身内限定という訳か。それならば代わりに新しい呼び名を与えるとしよう。


「左様か、仕方あるまい。では、寺倉家に仕官したのを機に偏諱を与える代わりに、私は師の冨田五郎左衛門から名を少し分けて貰って、貴殿を"新左衛門"と呼ぼうと思うが、構わぬか?」


「ははっ、ありがたき幸せにございまする。これからは"柳生新左衛門"と名乗らせていただきまする」


こうして柳生"新左衛門"宗厳は寺倉家への仕官を決めた。その時の宗厳の顔は迷いが吹っ切れて、どこか晴れ晴れとしていた。

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