高屋城の戦い

11月上旬、寺倉軍は畠山討伐のため出陣し、畠山家当主・畠山政頼の居城である南河内の高屋城へと侵攻を開始した。その数2万5000。


一方、迎え撃つ畠山家の兵は1万。紀伊に大和からの侵攻に備えた兵2000を残した以外は、畠山の全兵力とも言える戦力である。しかし、2.5倍の兵を相手取ることになれば、野戦では不利は避けられないと判断すると、畠山政頼は高屋城での籠城を決め込んだ。


高屋城は100年ほど前に畠山家の手により、古代の安閑天皇陵の水濠を流用し、墳丘の上に本丸を築いた城郭であり、河内守護を務めてきた河内畠山家代々の居城であるが、戦国時代には畠山・安見・三好の3勢力による争奪戦が繰り広げられた城である。


その高屋城を包囲した寺倉軍は、まずは歩兵の先鋒部隊が小手調べの先制攻撃を仕掛けた。これに対して、籠城する畠山軍は松永久秀が雇った雑賀衆の鉄砲隊が活躍する。


「放てぇーーい!!!」


――ダーン! ダーン! ダーン!


雑賀衆の棟梁・鈴木重秀の割れ鐘のような野太い飛檄が城内に轟くと、大手門を打ち破るため一気呵成に攻め込まんと近づいて来る寺倉軍の兵を、高屋城の城壁に開けられた射撃用の狭間から、雑賀衆が熟練した鉄砲捌きにより次々と狙いすましたように撃ち抜いていく。


一方、寺倉軍も畠山軍が雑賀衆を雇い入れたとの情報を事前に伊賀衆から入手しており、「山崎の戦い」で三好軍が使用した竹盾を改良して配備し、歩兵たちは竹盾を構えながら、容易には討ち倒されないように用心して前進していた。


しかし、竹盾も万能ではない。竹盾は機動性を確保するために頭から腹辺りまでを隠すくらいの大きさに制限され、どうしても隠し切れない部分が存在してしまう。それは"脚"である。雑賀衆の射撃の練度は百発百中とも思えるほど脅威的な正確さを誇り、歩く歩兵たちの"脚"をものの見事に狙い撃っていく様を見た畠山政頼は、思わず感嘆の声を漏らした。


これには寺倉正吉郎もさすがに驚いたが、もちろん味方の兵が狙い撃ちされるのを指を咥えて黙って見ているはずもない。正吉郎はすぐさま先鋒部隊に一時退却の指示を出しつつ、雑賀衆の鉄砲の射程距離を推し測らせると、その射程距離の外に大鉄砲隊を配置させた。それも十字射撃になるような形にである。


「大鉄砲隊、撃てぇぇーー!!!」


嵯治郎の甲高い声が響いて砲撃が命じられると、大鉄砲の青銅の砲弾が左右90度の角度から堅牢な高屋城の城壁を瞬く間に破壊していく。この時代の城の防御は弓矢による攻撃を想定した造りであり、大鉄砲どころか鉄砲の攻撃さえも想定した造りにはなっていない城郭が大半である。古くに築かれた高屋城もご多分に漏れず、威力抜群の大鉄砲による砲撃は、ルール違反の過剰攻撃とも言える破壊力であった。


これには畠山政頼だけでなく、兄・畠山高政や重臣たちもさすがに顔面蒼白となる。政頼は高政から三国の覇者としての地位を譲られたことからも分かるように、戦国武将としての知勇の才覚に恵まれ、戦乱の世を生き抜く器量も兼ね備えていた。だが、弱肉強食の乱世を生き抜いてきた兄・高政と比べると、やや気の弱い面が見え隠れするところが玉に瑕であった。


史実でも政頼は高政から家督を継いで畠山家の勢威を維持していたが、将軍・足利義昭と織田信長の対立が顕著になると、信長の権勢に屈した政頼は、義昭派が大半を占める一門衆や家臣の反対を押し切る形で信長派に鞍替えし、家中の混乱を招いている。


そんな一面のある政頼は、大鉄砲が城を破壊する轟音に恐れ慄き、政頼だけでなく、家臣たちからも冷静さを奪っていった。今や雑賀衆の鉄砲が届かない遠距離からの寺倉軍の一方的な攻撃に対して、高屋城内には俄かに敗北の重苦しい空気が醸し出され始める。


「くっ……、寺倉の兵器は何という破壊力だ。あれに抗おうにも、ここからでは届かぬ。届かねば、あの攻撃を止めることはできぬ」


政頼は悲痛な面持ちで呟く。そんな主君の姿を直視できない家臣らは気まずそうに目を逸らすが、それでも諦めていない者たちもいた。兄・畠山高政を始めとして、湯川直光、安見宗房、遊佐信教らの武断派の重臣たちである。


「殿、毅然となさいませ! 未だ勝敗が決した訳ではございませぬ!」


その中の一人、湯川直光が動揺に顔を歪ませる主君・政頼を強い口調で戒める。湯川直光はかつて紀伊に亡命した畠山高政の河内奪還を支援し、奉公衆としての地位を築いた男である。史実では直光は「教興寺の戦い」で戦死しているが、この世界では畠山は本願寺の介入によって三好に勝利したため、老齢ながらも未だ健在であった。


畠山家の宿老とも言える直光の言葉に、安見宗房と遊佐信教も頷いて徹底抗戦を後押しする。


「だが、あの鉄の球を避ける方法など無かろう! では、どうすれば良いと申すのだ!」


「殿は畠山家の当主にございまするぞ。聡明な殿ならば、勝負が決する前から諦めることの愚かさは良くお分かりのはず。大鉄砲とやらが邪魔ならば、美作守殿、河内守殿。我らが打って出て大鉄砲を壊してみせ、大鉄砲など恐るるに足らずと示して見せましょうぞ」


3人は目を合わせて頷くと、沈黙を貫く前当主の高政に最後の別れを告げるかのように深くお辞儀をして、部屋を退出していった。


3人の足音が遠ざかると、瞑目していた高政がカッと目を見開き、政頼に向き直って有無を言わさぬ口調で告げる。


「次郎四郎よ。お前は畠山家の当主だ。御家を守る責務がある。それは分かっておるな?」


「……はい、分かっておりまする」


政頼は無念に唇を噛みながら返事をする。


「ならば良い。お前ならば私がいなくとも畠山家を支えていけるであろう。南河内と和泉はもはや守れぬ。お前は堺を頼った後、松永弾正忠と共に船で紀伊の政尚の元に落ち延びよ」


「兄上はどうされるのですか?!」


「ふっ、儂はもう隠居の身よ。ここで重臣と共に華々しく散るのもまた一興であろう? 越中、此奴を堺まで連れ行け。これまで側近としてよく仕えてくれた。礼を申すぞ。これからは次郎四郎に尽くしてやってくれ。宜しく頼む」


「……ははっ」


越中こと遊佐越中守高清は、大粒の涙で頰を濡らしながら絞り出すように涙声で返事をする。


「次郎四郎、達者で暮らせよ。……皆の者、私と共に死ぬ覚悟のある者はついて参れ!」


高政は政頼の返事を待つことなく、"長兄"として柔和な微笑を浮かべると、威厳のある物腰で部屋に残っていた家臣たちに告げる。そして、「応ッ!!!」と応じる声を背中に受けながら、高政は後ろを振り返らずに足早に部屋を飛び出していった。


悔しさと惨めさに拳を強く握り締める政頼は、"畠山家当主"としての責務を全うすべく、高政の遺言とも言える指示に従い、堺への退却を決めたのであった。




◇◇◇




畠山高政と湯川直光ら重臣たちはどうにか持ち堪えていた大手門から3000の兵を率いて打って出た。高政や重臣たちは自ら先頭に立って将兵を鼓舞すると、城門を攻め立てていた寺倉の歩兵部隊を押し返していく。


しかし、その攻勢も突然終わりを告げる。


大島政光の放った矢が畠山高政の首筋を貫いたのだ。高政は敵陣に深く攻め入り過ぎ、大島政光の弓矢の射程にまで入ってしまったのである。程なくして、湯川直光や安見直房、遊佐信教ら重臣も寺倉の鉄砲部隊の餌食となって高政の後を追っていった。


そして、一刻半(3時間)後には高屋城は落城に至ったものの、高政らの決死の攻勢は寺倉軍に少なくない痛手を負わせ、政頼率いる城兵が無事に堺へ落ち延びるだけの十分な時間を与えたのである。


こうして畠山家の居城・高屋城は落城し、寺倉家は南河内18万石を制圧したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る