顕如の洞察と佐渡金山
摂津国・石山本願寺。
8月も下旬に入り、先ほどの夕立で幾分涼しくなった黄昏時、法主の顕如の居室を下間頼廉が報告に訪ねた。
「顕如様、報告がございまする。先頃、摂津の津守の海岸に南蛮船が2隻も現れたとの由にございます」
「ほう、南蛮船とは珍しいの。堺にもまだ数回しか来ていなかったはずだが、摂津に何用で現れたのかの?」
顕如は南蛮船という言葉に僅かに眉を寄せる。
「それが驚くべきことに、その南蛮船は寺倉の船で、寺倉伊賀守がその船から津守に上陸したとの由にございまする」
「な、何と! 寺倉は南蛮船を2隻も所有しているというのか?!」
顕如にとって南蛮船は外つ国のものであり、寺倉が持っているという事実に驚かずにはいられなかった。
下間頼廉は予想どおり驚いた顕如を見て、したり顔で笑みを浮かべて答える。
「南蛮船の帆には寺倉家の家紋が大きく描かれていたとの由にございます。そして、どうやら寺倉は津守に新しい湊を造るようにございます。南摂津の領民には賦役にて湊造りの普請を行うとの触れが出回っているようにございまする」
「新しい湊か。……この石山御坊の目と鼻の先の木津川口を寺倉に押さえられれば、海からの荷を荷止めされ、厄介な事態になりかねぬの。その場合は毛利に救けを求めねばならぬやもしれぬな」
「左様にございます。それと、石山御坊に通じる街道には新たに関所を設けようとしております。さらには東側では寺領と寺倉領との境に新田を拓くための運河を掘り始めたとの由にございます。こちらも北河内の領民を賦役で動員し、どうやら平野川や大和川と繋ぐ思惑のようにございまする」
「うぅむ。関所は三好も設けておった故、やむを得ないが、……その運河は本当に新田を拓くためであろうか?」
「顕如様、他にはと言うと、関所破りを防ぐためかとも存じますが、何か別の理由があると仰いますのですか?」
「無論、寺倉の善政は世に知られておる故、新田開発の目的は間違いないであろう。だが、『山崎の戦い』を見ても分かるとおり、寺倉伊賀守は決して侮ってはならぬ男だ。故に、どうもそれだけではないような気がするのだ」
(我らは寺倉とは直接刃を交えた敵対関係という訳ではない。だが、寺倉は加賀の門徒たちを滅ぼした浅井と同じ「近濃尾越六家同盟」の一角であり、"六雄"の筆頭だ。そんな寺倉が石山御坊のためにわざわざ水堀を造ってくれているはずがなかろう。一体なぜ運河などを掘る必要があるのだ?)
「……頼廉、寺倉伊賀守の目には石山御坊はどのような存在に映っているかのぅ?」
「伊賀守から見て、でございますか? 左様ですな。……寺倉が『教興寺の戦い』で突如、三好の後背を襲おうとした我らの行動を知っておれば、いつ敵対するか分からない不気味な存在だと警戒するでしょうな」
「それだ! 寺倉は我らを不穏な輩として警戒し、寺領との境を関所と運河で明確に仕切るつもりなのであろう。ならば、我らを運河の中に封じ込めようという策ではあるまいか?」
顕如は身を乗り出すようにして言い放つ。頼廉の言葉通り、正吉郎は本願寺含め僧でありながら武器を持って戦う輩を全くと言っていいほど信用していない。僧兵の力を頼った者はいずれ身を滅ぼす。それは歴史が証明しているからだ。
「なるほど。確かに津守に湊を造ることと合わせて考えれば、辻褄が合いますな。そうであれば一大事にございまするぞ」
さすがは史実で織田信長を10年以上も苦しめた宿敵・顕如である。状況証拠から正吉郎の策略を見事に看破して見せたのである。さすがに石山本願寺の跡地に大坂城を築く計画までは知る由もなかったが、それは顕如にとってはどうでもいい話であった。
「うむ。だが、湊も運河も完成するまで2年近くは掛かるであろう。それまでは寺倉は攻め込むつもりはないということか。ならば、我らも僧兵を増やす時も得られよう。頼廉、伊勢長島・願証寺の証意と三河・本證寺の空誓には、収穫後の一向一揆の支度を急がせよ」
「ははっ、承知いたしましてございまする」
顕如は来るべき寺倉家との対決に備えて、静かに水面下で爪を研ぐのであった。
◇◇◇
飯盛山城で南摂津と北河内の統治の地ならしを終えた俺は、後を和田惟政と武田義信に任せると、8月末にようやく統麟城へと帰還した。
統麟城に凱旋した俺は松原の町の領民たちから熱烈な歓迎を受け、留守居役を任せていた浅井巖應を始めとする文官たちからは、ついに三好家を打ち破り、畿内から追放したことへの賞賛の嵐を受けたのだった。
そして、ようやく夏の暑さが徐々に消え、秋の到来が近づいた9月上旬、戦勝に喜ぶのも束の間、俺は明日の定期評定に備えて、大きく広がった領地の代官からの報告書に目を通すのに忙殺されていた。
「正吉郎様。吉報にございます! 佐渡で金山が発見されたとの由にございまする」
そんな俺の所に、普段は冷静沈着な明智光秀が満面の笑顔でやって来るなり、興奮したような大きな声で報告してきた。
「そうか。良かったな」
「えっ? それだけでございますか?」
光秀は拍子抜けといった様子で言葉を漏らした。
「うむ、今回も夢の神様からのお告げで聞いた場所に山師を派遣しただけだからな。いずれは見つかるだろうと思っていた故、大して驚きもせぬのだ」
そう、昨年末に佐渡を平定した後、俺は雪解けを待って治田銀山を発見した山師の安曇真蔵という男に、「佐渡の北山の相川という地に金山があるという、夢で神様のお告げがあった」と伝えて、春から金山を探させていたのだ。したがって、見つかって当然なのだ。
山師の安曇真蔵も治田銀山の発見で俺のことを神の御使いと崇めており、神崎郡でも俺のお告げどおりに小さな金や銀の鉱山を発見したので、今回も「またか」と大して驚かずに佐渡島に向かって行ったのだ。だが、今回の佐渡金山は何と言っても、この時代では世界最大級の採掘量となる金山だ。この時代の金の価値は銀の約10倍だから、財政担当官の堀秀基は治田銀山を発見した時以上に大喜びしそうだな。
「では、明日の定期評定で佐渡金山発見を公表し、鉱山奉行の大蔵長安を佐渡へ派遣させ、佐渡金山と鶴子銀山の採掘を指揮監督させよう。既に軌道に乗っている治田銀山の監督と梅戸城城代の後任には寺倉郷代官の初田秀勝を命じ、初田秀勝の後任は男鬼入谷城城代の松笠勘九郎を任じるとしよう」
「ははっ、承知いたしました」
翌日の定期評定で佐渡金山の発見の報を伝えると、案の定堀秀基は大喜びし、早速「金銀を納める蔵を建てなければ」と皮算用していた。鉱山奉行の大蔵長安はいよいよ俺の腕の見せどころだと言わんばかりに「佐渡で山ほどの金銀を採掘して見せまする」と豪語していた。
譜代の家臣で長く支えてくれた初田秀勝や松笠勘九郎も、栄転とも言える新たな任務を命じられて喜んでいたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます