真田兄弟の再会

5月中旬に入り、寺倉家に仕官を希望する4人の男が統麟城にやって来た。


「私は信濃国の真田家当主、真田左衛門尉信綱と申しまする」


「某は真田兵部少輔昌輝にござる」


「私は加津野隠岐守信昌にございまする」


「拙者は真田宮内介信春と申しまする」


会見の間に通した4人兄弟が下座に並んで座っているが、どうやら武藤喜兵衛が兄弟たちに仕官を仕向けた謀略が見事に功を奏したようだ。


俺も喜兵衛が書いた手紙は事前に確認し、不本意ながら悪役になるのを了解したのだが、このまま放っておいては俺が喜兵衛の命を形にして臣従を強制したことになってしまう。彼らの表情から内心は伺えないが、少なくとも俺のことを良くは思っていないはずだ。まずはその誤解を解くところから始めなくてはならないな。


「私は寺倉伊賀守蹊政だ。遠路遥々ようこそ近江に参られたな。貴殿らのことは喜兵衛から聞き及んでおるぞ。喜兵衛、入ってきて良いぞ」


「はっ」


短い返事の後、俺の横の襖を徐に開けた喜兵衛が兄弟の前に姿を現した。喜兵衛は俺と4人の間に座ると兄弟たちの顔を見渡し、普段は沈着冷静な目にはほんの僅かだが、光る雫が見え隠れしている。


「「源五郎!」」


「「兄上!」」


4人から同時に言葉が飛び交う。5人兄弟の再会だ。この戦国乱世において戦に出陣する際には、二度と会えない覚悟は固めていたはずだ。だからこそ遥か遠い異国の地で再会を果たせたことの喜びは一入に違いない。


俺は涙を流し合いながらお互いの無事を喜び合う兄弟たちの再会を邪魔しないよう、無粋な真似をせずに黙って静かに微笑ましげに見つめていた。


「源五郎、息災であったか?」


「源五郎、変わりないか?」


「兄上、お元気そうですね」


「兄上、ご無事だったのですね?」


4人兄弟が皆、喜兵衛の身を案じて訊ねている。


「全くつつがなく過ごしております。それより兄上たちこそ、お変わりはありませぬか?」


「父上から寺倉家に身を寄せよと命じられて小諸城を出て、故郷の真田郷に身を潜めて小諸城の戦の行く末を見守っておったのだが、父上は四郎様を逃がすために城を枕に討死されてしもうた……」


「兄者は父上が亡くなってから暫くは沈んではいたがな。だが、真田家の当主としていつまでも落ち込んでいる訳にも行かぬと、我らや家族郎党を率いてこの地までやって来たのだ」


信綱が父・幸隆の死を嘆くと、次兄の昌輝が後を繋ぐ。


「というよりも、兄上は虜囚の身ではなかったのですか?」


すると、末弟の信春が今の喜兵衛の状況を訝しげに訊ねる。尤もな疑問だ。


「実は、私が焼津で寺倉家に捕らわれたのは、ある目論見があってのことでした。それは東光寺に幽閉されていた太郎様の救出でした」


「何と! 太郎様は東光寺に幽閉されていたのですか」


四弟の信昌が驚きの声を上げる。


「そして、私は伊賀守様に太郎様の救出をお願いし、私は家臣として迎えられて虜囚の身から脱したのです。ですので、誓って寺倉家に手酷く扱われたことはございませぬ故、ご安心くだされ」


やはり俺の睨んだ通りだったな。喜兵衛は義信救出のために身命を投げ打って自ら捕虜の身になった訳だ。


「何と! そのような事情があったならば、文で相談してくれれば良かったものを。それでは我らがここに参じた意味もないではないか?」


次兄の昌輝が少し憤慨した口調で抗議する。


「私としても苦渋の決断だったのです。兄上たちは私が無事と知れば、武田家と運命を共にしていたはず。違いますか?」


「む、むぅ。それはそうかも知れぬが……」


「では我らはお主の掌の上で転がされていたと、そういうことだな?」


信綱が昌輝に代わって、喜兵衛に問い質す。


「兄上たちを騙したようで心苦しいのですが、誠に申し訳ございませぬ」


「ククッ、よもや弟にしてやられるとは、我もまだまだだな。父上には遠く及ばぬな」


そう言うと、信綱は悔しそうに天井に視線を向ける。その中には哀愁も含まれていたが、立派な弟を持ったことに対する喜びも含まれているように垣間見えた。


俺は4人と会見する前に、喜兵衛から兄弟たちの性格や人となりを聞いていた。


信綱は真田家当主とあって実直で責任感の強い長男で、「武田二十四将」の一人で武に秀でている。


次男の昌輝も「武田二十四将」の一人で武に優れ、一本気で頑固な武辺者だそうだ。


四男の加津野信昌は喜兵衛の双子の弟で、忌み嫌われて加津野家に養子に出されたそうだが、容姿は喜兵衛によく似ており、真面目で温厚な性格で弓が上手いそうだ。


五男の信春は末っ子だけあって素直で従順だが、性格は少し粗忽者らしい。


5人兄弟の中で父・真田幸隆の知謀を最も色濃く受け継いだのは三男・武藤喜兵衛のようだが、5人に共通しているのは大変な家族思いである点だと言う。この乱世にあって弱小国人が生き残るには、家族の結束は極めて重要だったのだろうな。


兄弟の感動の再会がひと段落したところで、俺は4人に声を掛けた。


「実はな。もう一人、貴殿らに会わせたい者がおるのだ。入って良いぞ」


「ははっ」


喜兵衛とは反対側の襖を静かに開けた武田義信が部屋に入って来た。


「「「「太郎様! お久しうございまする」」」」


「うむ。皆も息災のようで良かった。久々に皆と会えて嬉しいぞ」


「「「「ははっ。かたじけのうございまする」」」」


4人兄弟は平伏して義信との再会を喜んでいた。


「私はもう武田家の嫡男ではない。寺倉家に仕える家臣の一人だ。故にそのように畏まる必要はないのだ」


「「「「で、ですが……」」」」


「皆の忠誠は正直嬉しく思うが、これからはそれを寺倉伊賀守様に捧げてほしいのだ」


義信から諭された4人は顔を見合わせた後、代表して信綱が口を開いた。


「伊賀守様。正直に申しますと、私は伊賀守様が喜兵衛を人質にして、我らのことを扱き使おうと企んでいるのだと思い込んでおり申した。誠に申し訳ございませぬ」


「気にするな。私もそう思われることを承知で、わざと悪玉役を引き受けたのだ」


「喜兵衛から文が届かねば、我ら4人は小諸城で父と共に討死していたことでしょう。我らが今、こうして生き長らえているのは、伊賀守様のお心遣いのお陰にございます。つきましては、太郎様をお救いくださった御礼も含めて、我ら兄弟は身命を賭して伊賀守様にお仕えさせていただきたくお願いいたしまする」


「うむ。元よりそのつもりだ。貴殿らの仕官を誠に嬉しく思うぞ。これからの働きを期待しておる。よろしく頼むぞ」


「「「「ははっ!」」」」


こうして、長男・真田信綱、次男・真田昌輝、四男・加津野信昌、五男・真田信春の真田兄弟4人が家臣の列に加わった。あの真田家の人間だ。必ずや大きな力になってくれることだろう。

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