大和制圧

「山辺の戦い」で筒井軍に勝利した寺倉軍はそのまま山辺郡を制圧した。すると、筒井藤政の討死を聞きつけた周囲の国人衆は慌てて寺倉家への臣従を申し出て来た。


俺は筒井家に属していた三ヶ谷家の居城であった三ヶ谷城に入り、大和侵攻の拠点とすることを決めた。


「越智民部少輔家広と申しまする」


越智家広は三ヶ谷城で寺倉軍の本隊と合流し、俺に寺倉家への臣従を表明した。


「寺倉伊賀守だ。此度の戦、誠に御苦労であった」


俺は家広の人物を見極めんと、探るような眼差しで労う。家広は俺の視線に一瞬体を震わせたが、すぐに鋭い目つきに切り替えて俺の目を見返した。


「ありがたきお言葉にございまする」


「順蔵から聞いたとは思うが、越智家には今までどおり領地を治めてもらう。そして、貴殿の働き次第では大和国の代官に任命しようと思うておる。だが、その枠は一つだけだ。残った『大和四家』の中で争うことになるだろう」


「はっ」


越智家広よ、お前は寺倉軍の先鋒としてこき使ってやろう。そう簡単に大和国の代官になれると思ったら大間違いだ。せめて目に見える実績を俺に見せてからだ。


筒井家は若かった藤政には子がおらず、藤政の叔父で姉の夫でもあった筒井順国が当主に担ぎ上げられたようだ。


だが、先の戦での敗戦のダメージは大きく、筒井家に与していた弱小の国人衆も軒並み寺倉家に臣従した。筒井家は堅固な城郭を持つ多聞山城に篭って抗戦を試みたものの、寺倉軍の猛攻に耐えかね、5月下旬、城兵の助命を条件に順国ら筒井一族が切腹して降伏、開城した。


俺は助命した筒井家家臣の中で嶋清興を連れて来させた。清興は濃い眉毛と吊り目が特徴的な精悍で勇猛な顔立ちをしていた。俺より少しだけ年上と思うが、俺とは違って風格は歴戦の戦士のようであった。


「貴殿が嶋左近殿か?」


「左様、嶋清興と申しまする」


嶋清興と言えば、「左近」と称された猛将だ。かの石田三成に側近として仕え、三成に「治部少に過ぎたるものが二つあり、島の左近と佐和山の城」と謳われたことでも知られ、「関ヶ原の戦い」では徳川方に「誠に身の毛も立ちて汗の出るなり」と恐れさせたほど、一騎当千の大活躍を見せたことであまりにも有名である。


清興は多聞山城に攻め寄せた寺倉軍の先鋒部隊を相手に勇猛果敢に容赦なく槍を振るったといい、その獅子奮迅の活躍ぶりは敵ながら天晴と俺の耳にも届いていた。


その結果、寺倉家に臣従したばかりで功を競い合っていた大和の国人の多くが討死した。極めつけは越智家広だ。大和国代官にならんと功を焦って突出した挙句、城兵の矢を受けて呆気なく討死してしまったのだ。これによって越智と筒井は大和国の代官争いから脱落し、残る箸尾と十市の二家は依然として敵対姿勢を露わにしている状況だ。


となれば、別に大和四家から大和国代官を選ぶことに拘る必要はない。俺が嶋清興を直々に呼びつけたのは、清興を大和国代官に据えるためだ。


大和四家は南北朝の時代から共闘と裏切りの離合集散を繰り返してきた国人衆であり、信用できる訳がない。大和国代官に信用できない者たちを置くよりも、清興のような武に長けた実直な武将を置いた方が遥かに良いと考えたのだ。


「左近殿。貴殿は私に仕える気はないか?」


俺は熱意を込めた真剣な眼差しで清興の目を見つめて問い掛けた。


「寺倉伊賀守様の直臣となれ、とおっしゃいまするか?」


清興は怪訝な表情をしている。俺の真意を掴みかねているのだろう。


「そうだ。私は元は敵対していようが、能力が高く実直で信用に値する左近殿を直臣に召し抱えたいのだ。単刀直入に言おう。私は貴殿に大和国の代官を任せたいと考えておる」


俺は清興の言葉に首肯すると、率直に清興に対する俺の評価を告げた。


「新参者の私を高く評価していただき、誠にかたじけなく存じまする。ですが、何の実績もない私を大和国の代官に登用しては、必ずや家中で反発が起きると存じまする」


清興は目を見開いて驚いていたが、すぐに冷静に懸念を伝えてきた。確かに大和四家の当主でもなく、筒井の一家臣に過ぎない清興を代官に任ずるなど、普通ならあり得ない話だ。そんな“余所者”を重用したとなれば、家中に不満が生じる可能性もあるだろう。


「ではこうしよう。左近殿にはまず寺倉軍の先陣として侍大将に任命しよう。そして、大和四家で残った十市、箸尾の二家を討ち滅ぼして見せるのだ。その功を以って貴殿を大和国代官に任ずれば、反発する者もおらぬだろう」


俺は腕を組んで暫く思案した後、今思いついたかのように顔を上げて言葉を紡いだ。大和国には未だ抵抗を続ける国人領主が存在する。それを退けて大和国の制圧に貢献したとなれば、清興を大和国代官に据えるのに表立って反対するものは消えるだろう。


清興ほどの人間であれば問題なく大和国を治めることができるに違いない。


「……分かり申した。戦うことしか脳のない私でございまするが、伊賀守様のご期待に沿えるよう、誠心誠意お仕えいたしまする」


俺の熱意の籠った視線と言葉に当てられ、清興はふぅと息を吐くと、平伏して臣下の礼を取った。戦うことしか脳の無い、と口では言っているものの、目には俺が思わず身震いしてしまうほどの気合いに満ちていた。


こうして、寺倉十六将星の一人となる嶋左近清興が寺倉家に加わった。清興は寺倉家随一の武闘派の武将として数多の戦果を挙げることになる。




◇◇◇




6月上旬、寺倉家は抵抗を続ける大和四家の箸尾家と十市家を順に討滅すると、ついに大和国を制圧し、45万石の領地を得た。大和国の制圧に貢献した嶋清興の名声は領内に轟き、名実共に実力を内外に示した清興は、大和国代官に任命されたのであった。



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