玲鵬城の御披露目

永禄8年(1565年)。


年が明けて、統驎城で年始の祝賀行事を終えると、琵琶湖からの冷たい湖風と湿った雪が舞うようになり、真冬の到来を告げていた。


そこで俺は松の内が明けてすぐ、以前からの構想どおり冬の居城たる伊賀国の玲鵬城に、家族、重臣たちを引き連れて大移動を行うことにした。


理由としては、まず小氷河期のこの時代の冬の北近江は厳冬で、積雪量も下手をすると膝くらいまであり、大変過ごしにくいという点である。


伊勢と志摩の平定で南北に長くなった寺倉領の北端に位置する統驎城では、もし南部で事が起きた場合に駆けつけるのはただでさえ時間が掛かるのが、積雪が多い冬にはさらに時間を要してしまいかねない。


そこで、伊賀ならば伊勢のすぐ隣でそういった危惧は解消できるし、伊賀も雪は積もるが、統驎城よりも南に位置するだけ寒さが幾分和らいで暮らしやすくなる。


さらに言えば、何より伊賀には温泉が幾つもある。決して温泉に入りたくて居城を移した訳ではないのだ。大事なことなので強調しておく。


そして、玲鵬城に移った最大の理由は、"伊賀国主"としての立場を鑑みての判断だという点だ。"伊勢国主"の嵯治郎が伊勢に居城を構えているのに対して、"伊賀国主"の俺が一年中伊賀に不在というのは伊賀を統治する上で些か都合が悪い。あくまでも本城は統驎城から変えるつもりはないが、まずは冬の間だけでも伊賀に逗留して領民の慰撫に努めるべきだと考えたのだ。


それと、伊賀は寺倉家にとって畿内への最前線であり、俺が伊賀に居を移せば三好への牽制にもなる。もっとも今の三好は内乱でそれどころではないだろうが、更に警戒しなければならない部分が増えるとなれば、寺倉家にとっては悪いことではないだろう。


統驎城から玲鵬城へはほぼ真南に移動することになるが、統驎城と玲鵬城を結ぶ街道は出陣の際にスムーズな行軍ができるように、南近江の蒲生領の整備は無理でも、寺倉領内だけはできるだけ直線化して幅広く整備させた。史実の「信玄棒道」のパクリだな。


次は伊賀から安濃津を結ぶ伊賀街道を同じように整備する計画だ。統驎城から玲鵬城、安濃津をL字形に結ぶ街道は将来の「寺倉国道1号」となる。


俺はその未来の「寺倉国道1号」を通って統驎城から3日で玲鵬城に到着すると、市ら家族と侍女たち、そして伊勢遠征に参加していない重臣たちに玲鵬城の全容を御披露目した。


「正吉郎様、玲鵬城という名前の通りとても美しいお城ですね。それに平地にあるので、町とも往来しやすく便利そうです。統驎城は山の上にあるので眺めは大変素晴らしいのですが、城下の町の民と触れ合うのに不便なのが少し残念です」


「そうだな。だが、市。ここ伊賀は三好との最前線にある国で敵の間者も多く潜むゆえ、統驎城と違って気安く町に出ることは叶わぬぞ」


「そうですか。正吉郎様が早く伊賀を最前線ではなくしてくだされば、そんな心配も不要になりますね。ふふふっ」


「ああ、その通りだ。これは一本取られたな。はっはっは」


俺が市とそんな取り留めもない会話をしている横で、玲鵬城を初めて見た重臣たちはその壮麗な立ち姿を見て、子供のように目を丸くして感嘆の声を上げていた。


「城の外観が見事なのは無論言うまでもないのですが、玲鵬城は平山城だと聞いて、山城の統驎城よりも防御力に難があるのではと懸念しており申したが、木津川と服部川を水堀に利用しており、攻めるのはなかなか難儀する厄介な造りですな。いやはや驚き申した」


さすがは築城に関して見識のある浅井巖應だ。美しい外観に惑わされず、玲鵬城の防御力についてすぐに看破していた。


城は権威の象徴である。故に妥協することは許されない。それが伊勢・伊賀・志摩三国を治める寺倉家ならば尚更だ。玲鵬城は山城の統麟城とは全く異なる、近代城郭の平山城だ。この城は新たな寺倉家の象徴となることだろう。


史実の織田信長が安土城を築いた時もこのような感慨を抱いたのだろうか。重臣たちから絶賛を浴びる玲鵬城を見ながら、俺は大きな満足感と使命感を感じていた。




◇◇◇



俺たちが玲鵬城に到着した翌日、おそらく時機を見計らっていたのだろう、嵯治郎を始めとする北畠家の重臣たちと志摩の海賊衆が年始の挨拶に玲鵬城にやって来た。嵯治郎と志摩衆には年始の挨拶は統驎城では遠いので、玲鵬城に来るように伝えてあったからだ。


「兄上、新年おめでとうございまする」


「「おめでとうございまする」」


「うむ、新年おめでとう。嵯治郎も伊勢の統治は上手くいっているようだな」


「はい。鳥屋尾満栄や神戸具盛を始め、家臣たちが某を盛り立ててくれて、なんとかやっておりまする」


「そうか。鳥屋尾満栄、神戸具盛、木造具政、雲林院祐基、細野藤光、分部光高。そなたらが伊勢国主として甚だ拙い惟蹊を支えてくれる忠義に、この蹊政、心から礼を申すぞ」


「「ははっ、まことにかたじけなく存じまする」」


「うむ。それで、嵯治郎。安濃津の城館の方はどうだ?」


「はい。兄上からご指示いただいた通り賦役ではありますが、温かい猪汁を昼飯に出すようにし、さらに普請を区分けする『割り普請』にして、1ヶ月毎に最も出来の良かったところに褒美を与えるようにすると、皆目の色を変えて一所懸命に働き順調に進んでおりまする。この調子でいけば、この夏には完成する見込みでございまする」


俺は史実の豊臣秀吉が木下藤吉郎の頃に清洲城の城壁補修で行った「割り普請」の策を、伊勢を発つ前に嵯治郎に授けていた。当然、玲鵬城の築城にも採用しており、10ヶ月で完成したのも「割り普請」による競争効果が大きいはずだ。


「それは良かったな」


「ところで、兄上。今日通って来た伊賀街道ですが、道を幅広くしておりましたが?」


「ほう、気が付いたか。既に統驎城から玲鵬城の間の寺倉領の街道はできるだけ真っ直ぐに幅広い道に整備し終えたところだ。その方が早い行軍ができるのでな。今は玲鵬城から安濃津を結ぶ伊賀街道を整備しておる最中だ。これが済めば、統驎城から安濃津まで5日、いや急げば4日で移動できるようになるであろう」


「誠に畏れながら申し上げまする。街道を整備するのは、敵軍が侵攻してきた場合は逆に不利に働く恐れがあるかと存じまするが、いかがでございまするか?」


「うむ、満栄よ。お主の言い分はもっともだ。だがな、それは攻め込まれた場合の話だ。我が寺倉家は敵に領内に侵攻させはしない。ゆえに攻め込まれなければ何ら問題はないのだ。違うかな?」


「ははっ。真に左様にございまする」


「兄上。某も神戸城から安濃津を通って大湊までの伊勢街道を整備しようかと存じますが、いかがでしょうか?」


「うむ。自分でそこに気づくとは嵯治郎も立派になったな。伊勢街道は周辺諸国が平穏になれば、今後は伊勢神宮への参拝でますます人の往来が多くなるであろう。ゆえにすぐにでも整備は少しずつ始めるべきであろうな。その際は、まず宿場町を決めて宿屋の少ない町は宿屋を増やすこと、宿場町には賦役として街道の整備を手伝わせること、宿場町に伝馬を置くこと、街道には一里塚や道標を置き、道沿いには榎や松などを植えて木陰を作ること、といった策も行うと良いぞ」


後ろで北畠家臣は年始の挨拶の後にいきなり内政の話になって驚いているが、神戸具盛が早速メモしている。さすがは俺が任命した主席補佐官だ。


「はい、兄上。承知いたしました。ご助言いただき、誠にありがとうございまする」


嵯治郎ら北畠家一行が席を立つと、続いて小浜真宗ら「志摩十三地頭」の相変わらずむさ苦しい面々が入って来た。


「寺倉伊賀守様、新年おめでとうございまする」


「「おめでとうございまする」」


「うむ、新年おめでとう。それと、真宗は博多行きを命じた景隆に安宅船を貸し出してくれたようだな。礼を言うぞ」


「ははっ。かたじけなく存じまする。孫の景隆に伊賀守様から与えられた初めての任務でございますゆえ、安宅船を貸し出すなど当たり前にございまする。それはそうと、博多から小早が戻って来まして、どうやら年末に南蛮船を手に入れて、来月には志摩に帰還するとの由にございまする」


「そうか! それは良かった。では景隆は初手柄だな」


「ははっ。拙者も孫が無事に役目を果たせて嬉しゅうございまする」


「うむ。景隆ら一行が戻ったらこの城に使いの者を送るが良い。私も南蛮船や大砲を早く見たいので、こちらから志摩に出向くとしよう」


「ははっ、畏まりましてございまする」


そうか、無事に南蛮船を入手できたか。来月まで帰還が遅れるのはやはり船底に穴でも開けたのだろうな。いずれにしても南蛮船と言えども1隻ではどうにもならん。最低でも3隻は必要だな。


「ところで、志摩には南蛮船を造れるような船渠はあるのか?」


「安宅船を造った船渠はございまするが、それでは能わぬでしょうか?」


「南蛮船は安宅船よりも一回り以上大きいはずだ。まずは入手した南蛮船を陸に引き上げて構造をつぶさに調べてから、新たな南蛮船を少なくとも2隻は造らせることになるであろう。その場合はもっと大きな船渠も必要になろう。左様に心得ておくが良い」


「ははっ。承知仕りました」


これで南蛮船が配備された暁には、制海権を奪っての海上封鎖や、海岸沿いの城への艦砲射撃も可能になる。大砲も単純コピーさせるだけでなく、陸上用に小型化させたりしないといけないな。

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