四家会談の提案と慶事

論功行賞が終わると、西美濃三人衆、否、中美濃三人衆を含めた面々が岐阜城の評定の間を退出し、俺と一緒に私室に戻った半兵衛は、国主として最初の評定が無事に終わって肩の荷が下りた様子で気を抜いた表情を浮かべていた。


「半兵衛。論功行賞が上手くいって良かったな」


「ああ、これも全て正吉郎のおかげだ。何から何まで本当に忝い」


半兵衛は深く頭を下げる。元国人領主という属性としての垢が抜け切っていないのだろう。俺はそんな半兵衛の行動に頰を掻きながら、笑い飛ばすように言う。


「おいおい、国主が安易に頭を下げては駄目だろう。わっはっは!」


「おお、そうだったな。私はこれから美濃の国主だ。その自覚を持たねばな」


しっかりと理解はしているようだ。一瞬毅然とした顔になったが、そのあと直ぐにいつもの温和な顔に戻ってしまった。まぁそこはおいおい直していけば問題ない。


「さて、俺たち寺倉軍は明日近江に出立するが、最後に一つ大事な提案がある」


「ほう、大事な提案か。言ってみてくれ」


俺は藪から棒に話題を変え、半兵衛に向き直った。半兵衛は大事な提案、という言葉に相槌を打ち、真剣な表情になった。


「半兵衛の治める美濃は西に寺倉、南に織田、東は武田、北は朝倉と姉小路に囲まれているが、織田三郎殿は俺の義兄だ。また、朝倉には近い内に義弟の浅井新九郎が攻め入って滅ぼす計画だ。そうなれば、俺の義兄弟である竹中家に敵対するのは東の武田だけになるだろう」


「そうだな。だが、竹中は織田家、浅井家とは直接の繋がりは何もないぞ」


織田との友好を結ばず、何もせずにいれば、今は亡き斎藤道三の国譲り状を口実に美濃侵攻を正当化し、攻め込んでくる可能性がある。竹中と寺倉、寺倉と織田は友好関係を結んでいるが、竹中と織田には元々なんの繋がりもない。寺倉にとっても、隣国の同盟国同士が争うのは片方に味方する訳にもいかず、安全保障上都合が悪い。


「三家には寺倉という共通の橋渡し役がいるではないか。そこでだ。寺倉と婚姻同盟を結ぶ竹中、織田、浅井の三家の当主が集まって四家で会談を行い、日ノ本の中心に位置する四家が連携しながら侵攻方向をそれぞれ分担して、日ノ本を早期に平定するために協力するという四家同盟を結んではどうかと考えているのだ。俺は一日も早くこの日ノ本から戦乱を失くし、平和で全ての民が笑って暮らせる世を作りたい。寺倉単独では不可能でも、四家が協力すれば可能なはずだ。半兵衛、どうか協力してはもらえぬだろうか」


「言うまでもない、我らも是非その四家同盟に加わらせて欲しい。寧ろこちらからお願いしたいくらいだ。少しでも早く日ノ本に平穏と安寧をもたらしたいのは私も全く同感だ。確かにこの四家が協力し合えば、この日ノ本を平定できるかもしれないな。正吉郎には返しきれない程大きな恩義があるからな。たとえ他の二家が同盟を断ったとしても、私は正吉郎に協力すると誓おう」


寺倉は西美濃18万石を手に入れ、44万石の大名になった。しかし、現状では依然畿内の大部分を支配している三好に対抗するのは難しい。畠山と協力するのも手だが、全く繋がりもないし、領地を接しているわけでもない。相互に援軍を出すことはまず不可能だ。それに、畠山は戦乱の元凶である足利幕府の三管領家である旧体制派で、日本統一による早期の平和構築なんて考えてはいまい。その点、四家が同盟を組んで侵攻方面を予め策定し、協力し合うのであれば、背中を預け合う形にもなり、まずないだろうが万が一、四家の内の一家が裏切ったとしても、他の三家で協力すれば容易に排除できる。


「そうか!忝い。半兵衛なら了承してくれると思っていたぞ」


「当たり前じゃないか。そんな水臭いことを言うな、我らは親友だろう」


半兵衛と俺は笑い合う。肉親であっても対立すれば殺し合うこともある戦国の世において、これほど頼りになる存在はいないだろう。


「そうだな。それで四家の会談だが、新たに美濃国主となった半兵衛のお披露目も兼ねて、この稲葉山城、改め岐阜城で開いてはどうだろうか。できれば今月末から来月上旬には開いて盟約を交わしたいと考えている」


三好、武田、朝倉といった周りの諸勢力が動き出す前に、同盟を組んで周辺に対する脅威となれば、この同盟は大きな威圧的効果を持ち、我が寺倉の防衛力は格段に向上するはずだ。そして岐阜城で行うことにより、半兵衛の美濃国主としての立場が固められる。


「位置的にも岐阜城は妥当だろうし、私は構わないぞ。いや、三家の当主を迎えることで、家中に竹中家の威信を示すことができるので正直ありがたい。また正吉郎に借りができてしまったな」


それに岐阜城は四家にとっての中心的位置づけだ。会談の場所に異論は出ない筈だ。


その上、周辺で大きな権力を持つ三家を集め、同盟を組んだとあっては半兵衛の国主就任に懐疑的だった者達も認めざるを得なくなるだろう。


「そんな貸し借りなんて気にするな。それこそ水臭いぞ。では、織田家と浅井家には俺の方から使者を送って会談の申し入れをしよう。日程が固まったらすぐに伝えるので、会談の準備をよろしく頼むぞ」


俺はそう言って会話を締めくくった。これからさらに忙しくなりそうだ。これから近江への帰路につくわけだが、俺は物生山城で大変な熱狂に包まれることになるのであった。




◇◇◇



寺倉軍が物生山城下に凱旋すると、水運によって栄える松原湊から城に繋がる一本道には、いつも以上に多くの領民で溢れかえっていた。その全てが寺倉軍の勝利を熱烈歓迎し、大変な騒ぎであった。


俺はほぼ無傷の兵を以って入城し、久しぶりにお市に対面すると、お市は笑顔で出迎えてくれた。


「市。ただいま帰ったぞ。息災であったか?」


「正吉郎様。大変ご心配しておりましたが、ご無事に帰還されて何よりでございます。一色に戦勝されて、竹中家の美濃平定をご助力されたとお聞きして、志波と二人でとても喜んでおりました」


「ありがとう、市。長い間、留守にして大層心配をかけてしまったな。此度の戦で一色を滅ぼすことができ、半兵衛は美濃国主となった。志波もさぞや嬉しかろう」


「正吉郎様。もう一つ、大事なご報告がございます」


市はそう言うと、真剣な眼差しで俺の目を見据えた。


「ん? なんだ?」


俺は少しだけ眉を顰める。何か悪いことか?と勘繰ってしまう。


「ややこができました」


「なに? ややことな? それは真か?!」


「はい!」


なんと、大事な報告とは市の懐妊だった。なんと目出度いことか。思わず涙が目に溜まる。


「市、でかした。でかしたぞ! で、生まれるのはいつ頃になりそうなのだ?」


「医師の見立てでは年末頃だとのことでございます」


「そうか。つわり等身体の具合は大丈夫か?」


「はい。先月、正吉郎様が出陣された直後からつわりがありましたが、数日前に治まり、今はもう大丈夫でございます」


「それは良かった。俺が一色と戦っていた時に、市も戦っていたのだな。辛い時に傍にいてやれず済まなかったな。許してくれ」


「そんな……、もったいのうございます」


市は俺の言葉に感極まって泣き出してしまった。戦に行くのは男の定めとはいえ、こういう時に側にいてやれなかったのは悔しくもある。


「俺はな。母子共に健康で生まれてくれさえすれば、子供は男でも女でもどちらでもいいのだ。大事な身体ゆえ、これからはこれまで以上に身体をいたわるのだぞ 」


「はい。私こそ戦の最中にお知らせして武運を逃がしてはいけないと思い、ご報告が遅くなって申し訳ございませぬ」


要らぬ気遣いだ、と思ったがどうにかその言葉を飲み込む。市は本当に寂しかったようだ。いつもより一段と距離が近い気がする。その寂しさを吹き飛ばすように、俺は市に笑いかけながら声を上げた。


「今日はめでたい!本当にめでたい!今宵は戦勝と市の懐妊の祝いの宴だ!皆、今日は無礼講だ!盛大に催すのだ!」


お市の懐妊を知った重臣たちは「奥方様がご懐妊された!寺倉家の跡継ぎができた!」と皆大喜びで、戦勝と市の懐妊の祝いを兼ねた祝宴が俺の言葉通り盛大に催された。


翌日になり重臣を集めて今後の方針を定め、四家会談を開き、同盟を締結することを告げた。反対する者は誰一人おらず、全会一致であった。それを確認した俺は、すぐさま織田、浅井の両家に使者を送った。


そして、数日後に両家に遣わした使者が戻って返書が届き、四家会談の開催を両家ともに快諾した。日取りは6月の下旬となり、岐阜城で四家が一堂に会することが決定したのであった。

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