領内統治の努力

1562年を迎え、寺倉家の領地も26万石にまで勢力が拡大した。領地が広くなるに従って、領民からの訴訟や犯罪事件などの案件も増えてきていた。


その内の大部分となる軽微な案件は虎高の裁量に任せているわけだが、中でも特に重要と思われる案件に関しては物生山城での評定で審議されることになっていた。


昨年の4月に制定した「寺倉仮名目録」によって大きな問題もなく運用が為されているが、その中でもやはり土地に関する争論が多く見受けられる。


今回は、犬上郡と愛知郡の境目の領民から水利権と耕作放棄地の所有権について訴えがあり、俺は両者の言い分と虎高の提起する裁定案を聞き、重臣たちの意見に耳を傾けた後、最終的に俺が裁可を下すという形で審議が進められることになる。


俺は「寺倉仮名目録」に定めたように、水利権は一方の独占は認めず、両者が平等となるようにし、長く耕作放棄されていた土地の所有権は新たに耕作した神崎郡の村に認めるように公平な裁定を下した。


現状虎高の負担がかなり大きいな。下級の訴訟対応は他の者に委任するべきだろう。このままだと過労死してしまう。寺倉家はそこまでブラックではない。


俺は虎高が寺倉家に仕官してくる前には犬上郡の土豪であったことを思い出し、この場を借りて周辺の土豪について情報を聞き出すことにした。


「虎高は仕官前は犬上郡の土豪であったな。この犬上郡の村の名主、いや土豪を存じておるか?」


「はい。領地が離れておりましたゆえ面識はございませんでしたが、この土豪は強欲だという評判でしたので、名前だけは存じておりました 」


「今回のような強欲な訴えをしてくるような男だ。おそらくは元は同じ犬上郡の土豪であった虎高ならば、温情をかけて有利な裁定をしてくれるとでも期待したのではないか?」


「ふむ...それは考えてもおりませなんだ。訴訟の裁定に私情を挟むなど絶対に有り得ぬことですが、良く考えてみればそのように考えた可能性も十分あり得ると存じまするな」


「そんな強欲な男ならば、おそらくは昨年秋の塩水選と正条植えで豊作となった収穫をごまかして、禁じられておる中抜きをして米を隠しているのではあるまいか?訴訟の沙汰を申し渡した後に、その土豪の蔵や屋敷を床下まで調べさせよ。もし中抜きしていたのが判明したならば、一罰百戒だ。処刑せよ」


豊作は喜ばしいことだが、それを隠しておくのは言語道断であり、四公六民の低い税率の寺倉領では、「寺倉仮名目録」にも明文化して中抜きなどの横領行為は固く禁じている。


ここで甘い裁定を下せば、他の土豪や領民らに示しがつかない。罰を与える必要がある時は、温情をかけずに厳しく罰するべきなのだ。こうすることで、寺倉家は古参にも贔屓することのない公平な領主であると信じ込ませることもできる。


「ははっ。畏まりました」


俺は虎高に命じ、中抜きをしていると疑わしい部分は全て調べさせて摘発し、悪さをすれば容赦はしないという態度を貫徹させることを取り決めた。


そして後日、虎高の報告では、予想通り土豪による中抜きが横行しており、今回訴えを起こした犬上郡の土豪は見せしめとして即刻処刑させた。それに畏怖した坂田郡、犬上郡の幾つかの村からも追加の年貢が納められ、それらの村の土豪の処刑は見送られたが、寺倉領からの追放処分が下されることになった。


こうして、善事を働く者には最大限の賛美を与えるが、悪事を働く者には容赦はしないという寺倉家の基本姿勢が領内全土に周知されたのであった。





◇◇◇





一月も半ばに差し掛かった頃、俺は寺倉家に仕える文官らを大広間に集めた。本多正信や瑶甫恵瓊、増田長盛らを筆頭に、多くの文官が集った。


「今日こうしてお主らを呼び出したのは、他でもない。文書の筆法を変更することにしたからだ」


俺の言葉に、集まった文官らはにわかに騒めき出す。それを制止するように手の平を胸のあたりまで上げた後、徐に話し出した。


「これまでは武官らが書き易いように崩し字や当て字も認めていたが、今年から公文書においては楷書の使用を義務化し、崩し字や当て字で書くことを禁ずる」


おおっ!と一部の文官から歓迎するような声が上がる。それも当然だ。公文書では読み取れない崩し字や当て字よりも、正しい字による楷書の方が何倍も仕事が円滑に進むのは間違いないからである。


武官からは面倒だと批判が出そうだが、こればかりは納得して欲しいものだ。だが、文官の中に概ね反対しようという者はいないことに胸を撫で下ろし、俺は一番近くに座る瑶甫恵瓊に声をかけた。



「恵瓊、一昨年の暮れにお主に命じた忌み子等に対する差別撤廃の説法はどうなっている?」


「はっ。最初は多くの坊主が難色を示したものの、私の説得により納得し、法事などの機会にお釈迦様の教えでは人は皆平等であり、明の国では双子は慶事で吉兆であると民に説くよう命じております。少しずつではございますが、領民の意識も変わり始めているように感じられまする」


双子を忌み子と呼び忌み嫌う文化に関しては一朝一夕で変わるものではないものの、仏の教えを借りることで少しずつ影響が出始めているようだ。


「そうか。それは吉報であるな。それと、天竺数字と算盤を使った文官教育の方はどうなっている?」


「そちらも順調に進んでおりまする。昨年の秋の収穫の税収の計算では算盤が大きく役立ったようにございます。童の算盤への興味は私の予想以上でして、これを機に優秀な文官を育成したいと考えております。そして植田殿の素破育成も順調に進んでいると聞き及んでおりまする」


俺は恵瓊の返答に大きく二度頷く。現状はかなり順調だと言えるな。この調子で頑張ってもらいたいものだ。


春には専門的かつ極秘の諜報員の養成所を設立する算段だ。情報通信技術が発達していない戦国の世の大名にとって、情報収集や情報操作の重要性は論じるまでもない。優秀で絶対に裏切らない忠誠心を持った諜報員が育成されることを期待したい。


そして浅井の若狭侵攻によって得た坂田郡北部・国友村の熟練の知識と経験を持つ鍛冶師の助力によって、これまで滞っていた青銅製の鉄砲の開発が一気に進展し、ついに試作品が完成した。安価な鉄砲が量産できれば、戦の主導権を完全に握ることも可能になるだろう。将来的には大規模な鉄砲部隊を結成し、惟蹊に指揮を任せたいところだ。


俺は試作品の鉄砲で試射した様子を見て実用可能だと判断し、国友村と協力して青銅製の鉄砲の大量生産を命じたのであった。








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