本多正信の謀略
4月中旬。俺は光秀の下にいる本多正信を呼び出した。仕官してきてから半年が経過した。正信は謀略に長けたことで有名だ。俺はその才能を一度試そうと考えたのだ。
「少々お主の意見を聞きたいことがあるのだが、良いか?」
何せ唐突な話だ。正信は少し怪訝そうな表情を見せた後、短く返事をする。
「はい」
その目は真剣であった。俺は一度頷いた後、正信に尋ねる。
「お主、若狭の武田は知っているな?」
「もちろんにございます」
「武田家では5年ほど前から信豊が義統の弟・信由に家督を譲ろうとしたが、結局は義統としたことで隠居の是非を争っていた。信豊に与していた信豊の弟・信高を亡くしたことで劣勢になり、信豊は近江に逃げたという。近いうちに内乱が起こるかもしれぬ。その際には恐らく砕導山城の逸見昌経が出てくるはずだ」
その信豊に味方していた逸見昌経は、丹波の松永長頼と三好長慶の援軍を得て、史実では今年の6月に反乱を起こす。三好の援軍を借りて反乱を起こすようだが、三好の目は今南近江に向いている。援軍を得られるかどうかは不透明だろう。
「逸見昌経、でございますか?」
「ああ。奴は恐らく三好の援軍を借りて武田義統に対抗するつもりだっただろう。だが、三好は今南近江を最優先に考えている。援軍は見込めない。そうなると今年中に内乱が起こる可能性は低くなる。その内乱に乗じ、小浜か敦賀を狙って浅井が若狭に攻め込むことを考えており、出兵する際には寺倉も浅井に援軍を送るつもりであった。このままではそれは厳しいだろうな。だが、もし今年の冬に三好の援軍なしに若狭で内乱が起きることになれば......」
「こちらに有利な展開になるやもしれぬ、と」
「左様。言いたいことは分かるな?」
正信に与えた課題は“今年の冬に逸見に反乱を起こさせて若狭を内乱にする謀略を考えよ“だ。俺の意図を感じ取った正信はしばらく考える様子を見せた後、徐に口を開く。
「まず、逸見と武田の様子を探らせましょう」
「問題ない、それくらいはすでに調べさせているぞ」
「では、逸見が反乱を企てているのが分かり次第、武田の後瀬山城城下に逸見が反乱を起こそうとしているらしいという噂を流して、義統の耳へと入るよう仕向けます。その後逸見の居城である砕導山城の城下に商人を装わせて、後瀬山城城下で逸見の反乱の噂を聞いたという噂を流し、逸見の焦思を引き出すのです。これで三好の援軍が来る前に武田が攻めてくる可能性を危惧し、早期決起に取り掛かることになるでしょう」
「ふむ、噂を流して敵愾心を煽るわけか。離間の計だな。面白い、続けよ」
「はっ。武田の旗を盗んで偽装した少人数の部隊で、逸見の治める領地の東端の村を襲撃させ、収穫した直後の米を奪って逸見を挑発します。そして逸見の旗を盗んで偽装して、武田の治める領地の西端の村に対しても襲撃を加えましょう。そうなれば逸見は我慢できずに決起することになり、武田もその征伐に向かい、内乱が起こることでしょう。如何でしょうか?」
正直驚いた。時間は与えるつもりだったのに、すぐにこのような案を思いつくとは、恐ろしいものだ。謀略で名を馳せた正信らしい、あくどい妙案だと感じる。
「期待以上の案だ、正信よ。お主、恐ろしい謀略の才能を持ち合わせているようだな。私も感服せざるを得なかった」
「ふふふ、まさか謀略でここまで名を挙げた寺倉家の当主にそのような言葉を頂けるとは、誠に光栄に思いまする」
皮肉だろうか。まあいい。だがそれよりその笑い方はやめてほしいものだ。
「よし、十兵衛と連携を取りつつ、裏で決して漏れぬよう慎重に進めてくれ。よろしく頼む」
「御意」
これからは愛知郡と神崎郡の接収に向けて事を進めていくことになるのだが、裏では正信主導で武田の内乱を促す計画が同時に進められることになった。
「掃部助様、こうして直接話せるまたとない機会である故、一つご提案がございます」
「堅苦しいのは無しだ。正吉郎と呼んで構わぬ。で、どういう提案だ? 申してみよ」
「はっ、ありがたき幸せにございまする。先日の評定で、恵瓊殿が領内の寺で戦災孤児や捨て子を保護しているとの話で、他国や他領からの流入が増えており、困っているという話がございました」
戦で親を失ったり、子供を養う余裕が無くなり捨ててしまうことが増えている、と恵瓊から話があった。寺倉の領内では一律で四公六民の政策を取っているためそのようなことはほとんどないが、他国では捨てられることなど日常茶飯事だ。親を失い行き場を失くした孤児が寺倉の評判を聞き続々と詰め寄せているのだという。何せ寺倉は流民をも受け入れている。そして差別することなく平等に扱っている。そういったことが影響しているのだろう。
「そうだな。冬になると飢えて捨てられた子供や孤児がどうしても増えるな」
他に身を寄せる所もない。その不安は一際大きいもので、俺に想像できるものではないだろう。
「確か、恵瓊と巖應に寺に食料の援助をするように指示したはずだな」
俺は恵瓊の言葉に対し、できる限りの援助を寺から施すよう指示をした。だが正信が俺に直接言うということは手に余っているということだろう。
「はい。ですが、それだけでは一時的なもので無駄な出費になってしまうのは間違いないでしょう。何か我らも利を得られなければ損するだけだと存じます」
利ならある。成長した子供が寺倉領で生活を営むことで人口が増える。人口は国力に直結する。人が増えれば増えるほど力を持つことになるのだ。
そんな俺の考えを察したのか、正信は少し考えた後続ける。
「少々悪辣な策ではありますが……」
「構わぬ。申せ」
「保護した孤児や捨て子を育てて、読み書きや運動に加えて、寺倉家への忠誠心を植え付けまする。そして、7~8歳くらいから子供たちの適性を判定して、女児は歩き巫女に、男児で身軽な子は志能便に、頭のいい子は文官に、力が強く勇敢な子は武官に、それ以外の平凡な子は上等兵に育て上げるのです。これにより絶対に裏切らない、寺倉に固い忠誠を誓う諜報要員や兵士を確保することができます」
歩き巫女とは、特定の神社に所属せず、全国を遍歴し祈祷や託宣などを行うことによって生計を立てている巫女のことである。つまりは民間巫女である。
「ふむ、歩き巫女か。なかなかいい考えだな。男ならば坊主や商人を装っても入り込めないところもあるが、歩き巫女ならば怪しまれず春を売る閨の中で聞き出せる話もあるだろうな」
中には時には遊女、時には旅芸人として姿を変えていることもあるらしく、忠誠心を植え付けた者に優秀な諜報要員あるいは間諜としての面も持たせることができるわけだ。
「子供達にはちと厳しい定めとなりますが、放置して飢え死や野盗になるよりかは、はるかにましですな。正吉郎様の評判も上がることでしょう」
「あいわかった。お主の策を取り立てよう。次回の評定で決める故、十兵衛と弥八郎は仔細を詰めておくがよい」
「はっ」
「教育についてだが、子供が計算を出来るよう恵瓊に天竺数字を教えようと考えている。読み書きは恵瓊、 武術系は順蔵に任せるつもりだ」
算盤を製作してアラビア数字や九九を教えれば、計算がより身近になることだろう。アラビア数字を天竺数字だと言って聞かせれば、恵瓊はありがたがって勉強を進めることだろう。
「良き考えかと存じます」
「うむ、では先の件、よろしく頼むぞ」
「はっ」
正信には予想以上の働きを期待できそうだ。俺は底知れないその才能を感じたのであった。
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