新年
「正吉郎様、北の制圧は成りましてございます」
11月に入ると、寺倉家は物生山会談で策定された領土を制圧するために動き出した。
物生山城から北に位置する、坂田郡の東部・南部と犬上群西部は弱小国人が多かった。そのため、降伏勧告を出せばすぐに受け入れると踏んでいたのだ。その予想は当たり、勧告を送った全ての領主が従属を申し出てきた。結果寺倉は労せずして4万5000石を手に入れ、12万石を超える大名となった。
「そうか、ご苦労だったな」
光秀も俺もさも当然というように言葉を交わす。ここまでは想定していた通りの流れであったからだ。
「ただ、予想通り愛知郡、神崎郡の国人は沈黙を貫いており、ここは今年の出兵を諦め、来年改めて制圧するほかないかと存じます」
「愛知郡と神崎郡の国人を相手取るとなると、野戦となり無駄に多くの兵を失うことになる可能性があるだろう。一帯の国人を引き留めているのはおそらく目賀田貞政だ。ここを崩せば一気に瓦解するのは間違いないだろう」
問題は愛知郡と神崎郡だが、こちらは来年に持ち越しとなった。この一帯には元六角六宿老の一人、目賀田忠朝が治めていた目賀田城があるが、忠朝は「野良田の戦い」で討死し、今は嫡男の貞政が後を継いで治めている。
元々、目賀田城は史実で安土城が建てられる安土山こと、目賀田山にあったのだが、2年前の「寺倉郷の戦い」の後に六角承禎が俺を警戒したのだろうか、重臣の目賀田氏が愛知郡に領地替えされて平城の「目賀田城」が築かれたのだ。
ここを落とさない限りは周りの国人に降伏勧告を出したところで首を縦に振る可能性は少ないだろう。
目賀田家といえば六角家に忠節を尽くしてきた重臣中の重臣である。史実においては観音寺騒動で六角義治が後藤賢豊と高治親子を誅殺したことで、親戚であった目賀田も反旗を翻したわけだが、今は後藤親子も存命だし、そもそも六角家は滅びている。
目賀田家の忠誠が錆びることはなく、その分六角家を滅ぼした主因の一つである寺倉家には相当な恨みを持っているという。目賀田家にも元六角六宿老としての矜持があるだろうし、例え滅びようとも最後まで抵抗を続けることだろう。つまり、そこを崩さない限りは地道に制圧していくしかないというわけだ。
「なるほど、ではそのように致しましょう。それと、蒲生が蒲生郡を制圧したとのことでございますが」
「ふむ、早いな」
蒲生郡は13万石の広大な土地だ。これだけで寺倉の領地を上回る。ここを早いうちに制圧したということで、先を行かれた感が否めないが、元々野良田の戦いで観音寺城を落としたことにより、蒲生郡の殆どを制圧していたため、そう驚くべきことではなかった。むしろ予想の範囲内と言うべきだろう。
一方の浅井は、坂田郡北部の国人は元から浅井に半ば従属しているので、高島郡の制圧に乗り出したようだが、高島七党の結束も強く、制圧には来年までかかるだろう。
「命じた通り、田植え後までに鉄砲の増産と兵の再編を頼む。来年も忙しくなるぞ」
将軍家から下賜された火薬の製造方法に加え、青銅を用いた鉄砲の製造ができれば安価に大量の鉄砲を作ることができる。それが成功すれば戦において更なる優位性を確立できる筈だ。
「はっ。承知致しました」
そう言って光秀は出て行った。この1560年は本当に激動の一年だったな。この日ノ本が来年はどうなるのか、今は見当もつかない。
◇◇◇
1561年(永禄四年)を迎えた。
新年を迎えて一発目の行事は、新しく加わった榊原亀丸の元服の儀であった。
鳥帽子役は俺だ。
光秀から助言はあったが、俺が元服した時のことを参考に、俺自身辿々しくはあったが元服の儀が始まった。
「では、榊原亀丸の元服の儀を執り行う。入って参れ」
俺の声に従って、亀丸は理髪の役とともに中へと入ってきた。そして流れるように髪を切り落としていく。
切り終わると、他の者と同じように総髪というスタイルになっていた。
「近う寄れ」
「はっ」
俺はすぐ後ろに控えていた蹊祐から鳥帽子を受け取り、少し腰を浮かせながら前屈みになる。
そして頭を45度に垂れる亀丸に鳥帽子を被せた。
「お主にはこの鳥帽子を授ける。これからも私に力を貸してくれ」
「はい。誠心誠意お仕えさせていただきまする」
「お主の名だが、“榊原小平太政長“という名を授ける」
史実の亀丸の元服後の名前には“榊原小平太康政”であったが、これは松平元康の康からの偏諱によってつけられた名前だ。元康の偏諱ではなく、俺の“政”という字を偏諱し、名前をつけることにした。長という字は榊原家の通字であるため、こうして名前をつけた。
「ありがたき幸せにございます」
「そしてもう一つ、お主にこの軍配を授ける。お主にはこの寺倉を導く大将になることを期待している。宜しく頼むぞ」
指揮官としての期待を込めて軍配を授けることにした。刀よりもこちらの方が良いだろう。
徳川四天王の一人であった男だ。まだ若年とはいえ、伸び代は計り知れないものがある。後世では武勇は親友の忠勝に劣るものの、部隊の指揮官としての能力は忠勝に勝り、井伊直政に匹敵するとされている。まだ数え13歳とはいえ、今はお仙という支えてくれる人間がいる。どれほどの成長を見せるか見ものだ。
「ま、誠にもったいなきお言葉。ありがたく頂戴致します」
政長は感激しているようだった。俺が氏真に刀を貰った時と同じ様子だ。氏真もこんな気持ちだったのだろうか。俺は微笑ましく思い、柔らかい目線を向ける。
かくして元服の儀は終わりを迎えた。式の後は新年ということもあり、重臣だけでなく新たに従属を受け入れた国人領主も俺への挨拶に物生山城に登城してきたこともあり、威勢を示すためにもそれはそれは盛大な宴が行われた。
この時代では、意外なことにお雑煮やおせちも普及しており、立派な大名となった寺倉家の料理番も張り切っていたようで、豪勢な食事が出された。
験を担いで縁起のいいものを食べ、今年の始まりを祝うのであった。
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