重臣会議

お仙が退出した後、重臣会議へと移った。


「お主らには私の考えを伝えておこう。お仙に話したのは全て本心だ。お主らの中にも私の考えは正しくない、そう思う者もいるだろう。変な軋轢を生まぬためにも、ここで話す」


俺の真剣な表情を見て息を呑む面々を見渡した後、一層大きな声で話し始める。


「私は“慣例とはその全てが正しい”という考え方が大嫌いだ。その根拠は?なぜそうなったのか?それをよく考えることもなく“慣例だから”と全てを良しとするのは間違っていると思う。慣例が全て悪いとは言わぬ。だがその全てを信じ込むのは愚かである。温故知新だ。少しでもおかしいと思ったのならば、そんな慣例は壊してしまえ! 俺の考え出した千把扱きや返碁もそうだ。春に始めた塩水選や正条植えの結果はどうだった?」


忌み子なんていう不幸を生む慣例など、絶対に必要ないと言い切れる。逆に新しいことこそどんどん取り入れて行くべきなのだ。俺は財政を担う堀秀基に問う。


「塩水選や正条植えを行った田んぼは他よりも3割増の収穫となっております」


そう、塩水選と正条植えを行った田んぼは軒並み収穫が増加しているのだ。これで来年は他の田んぼにも広まることとなり、全体的に大幅な増加を見込めるだろう。


「そうだろう。同じことを繰り返すだけでは人は進化せぬ。何も考えず繰り返すだけならば猿にだってできるのだ」


皆黙り込んでただ俺の目を見つめ続けていた。一拍置いた後小さく息を吐き、俺は続けた。


「今回の上洛で皆も感じたであろうが、源頼朝公が鎌倉に幕府を開いた後、新たに足利が幕府を開いたが、その足利の幕府ももうじき終わりを迎えるはずだ。私は『この日ノ本に天下泰平をもたらす』と言ったが、その時には新たな体制、新たな制度、新たな考え方が必要となるのだ。内政でも、戦であっても慣例に捉われることなく、新しいことを始めることを躊躇ってはならん」


足利幕府が終わる。俺がさも当然と言ったためか、呆気にとられている者もいる。確かに足利幕府は衰退し続けており、もうじき終わるというのは周知の事実とはいえ公然と口を出して言えるものでもない。


しかも寺倉は形式上とはいえ幕府の御部屋衆。一歩間違えれば不敬とも取られかねない発言だ。


だが、天下泰平をもたらすためには新しいことを始め、良いものを残し、悪いところは改めなくてはいけない。俺はそれを伝えたかった。新しいことにビビっていては天下泰平は夢のまた夢だからだ。


「私が間違っていると思うか?」


「思いませぬ」


一番の重臣、明智光秀が間髪入れず答えた。その言葉に続いて大広間にいる全員が大きく頷く。


「まずは内政だが、塩水選や正条植えだけではないぞ。今後はまず検地を行い、戸籍を作って領内の石高と税収、人口を把握し、土豪による中抜きを排除せよ。寺倉領は四公六民で他領よりも低い税率なのだ。検地や中抜き排除に手向かう者は許さぬ。よいな」


「はっ。承知致しました」


巖應と秀基がしっかりと透き通った声で返事をする。


「次は軍事だ。戦略や戦術については「孫子」など武経七書があるが、それでも戦はただ力ずくで戦うのではなく、自分が敵の立場になったら何を考えて、どう動くかを常に考えることが必要だ。我々の「寺倉郷の戦い」や織田三郎殿の「桶狭間の戦い」では幸いにも天の時や地の利が味方して勝利できたが、「孫子」の兵法にもあるとおり本来は余程のことがなければ寡兵が大軍に勝つことはないのだ。分かるな? 久秀、虎高」


「重々承知しておりまする」


「これまでは敵も寺倉が弱小国人だという油断が我々に幸いしたであろう。だが、今や寺倉は八万石の大名となった。もはや敵も一切油断などはせぬ。常に敵よりも多い兵を備えるように努め、それが無理ならば敵を調略し、策を弄するのだ。これから寺倉は「近江三家同盟」で決まった境界線までを支配下に収め、その後は東の一色と伍するだけの戦力を整えなければならぬ」


そう、これまでは相手の油断を上手く活用し、奇策を用いてなんとか敵に対抗できただけなのだ。それも、近江三家の一角となった寺倉に油断する者は余程暗愚でない限り金輪際出てくることはないだろう。


「はっ?一色とでございますか?」


久秀は驚きを隠せない様子だ。一色は近江三家に対して強い恨みを感じているはずだ。一色にとっても心強い同盟相手を失い、孤立した状況に置かれつつあるからだ。


「そうだ。一色は六角と同盟関係にあった。一色にすればそれだけで六角承禎を討った寺倉を攻める大義名分は立つはずだ。違うか?」


「なるほど。得心がいき申しました」


久秀は納得したように答えた。一色は必ず攻め込んでくる。その確信があった。


「そこで、貯えた銭で銭雇いの常備兵を増員し、寺倉の軍制を再編する。光秀、久秀、正信、検討せよ。そして鉄砲鍛治に頼み、青銅で鉄砲を試作するよう命じてほしい。鉄砲の威力に耐えられるかは腕次第、期待していると伝えてくれ」


「ははっ、承りました」


3人が力強い声で返答した。その目には確固たる信念が宿っているように感じる。


鉄砲は鉄で作られているが、青銅ならば鉄よりは剛性が低いが、銃身が破裂しないように少し厚めに作れば十分作ることが可能なはずだ。


「“変化“を怖がる必要はない。何か妙案があれば、すぐに私に教えてほしい。私一人ではできることはごく僅かに過ぎぬ。だがお主らがいれば百人力だ。私が間違っていると感じれば遠慮なく言ってくれ。これからは皆で力を合わせて寺倉家を盛り立てて欲しい」


「もちろんにございます。我らは寺倉家を盛り立てるため、より一層努めて参りまする」


「うむ。よろしく頼んだぞ!」


俺は満足げに笑みをこぼす。皆が力を合わせれば何でもできるのではないか。そんな気持ちまで芽生え始めていた。


「誠に畏れながら、掃部助様は神仏をお信じにはなられないのでしょうか?」


話がひと段落したと踏んだのか、恵瓊が俺にそのような事を聞いてきた。神仏、か。前世では全くとは言わないが、神仏に心の底から祈るようなことは特筆するほどなかった。


「正直に言えば、皆の者ほど私は信心深くはない。だが、私も人の子だ。戦の前や困った時には神仏にも頼りたくなるし、父の墓前で縋りたくもなる。その意味では神仏は弱い人間にとって必要な存在なのであろうな」


だが、心の拠り所になる存在ではある。現実から目を背けた時に心に現れるのは決まって神仏だ。それは心のどこかで神仏を信じているからこそのことなのだろうな。


複雑な思考が頭の中で渦まいていたが、それを振り払うように大きく息を吐き、俺は言葉を続けた。


「だが、仏教は天竺の釈尊が説いたのが始まりだが、日ノ本に伝わった教えは幾つもの宗派に分かれて相争っている。東福寺の臨済宗は厳しい戒律を守る禅宗だが、天台宗の比叡山は教えに反して、高利で金を貸し、酒に溺れ、女色に狂うておる。一向宗の本願寺も南無阿弥陀仏を唱えれば極楽浄土へ往けるなどと無知な農民に甘言を弄して、信徒を増やして武装した結果は、加賀を見れば言わずとも分かるであろう? これがはたして釈尊の教えだと言えるだろうか? 私にはそうは思えぬ。日ノ本の欲深な坊主共が自らの欲を満たすために釈尊の教えを改竄し、悪用した結果だと考える 」


この時代は本当に困った存在がいる。それこそ各地で蜂起する坊主共だ。神仏に仕える者としての自覚を見失っており、世を乱す原因の一つとなっている。教えに反する行動は世を乱すことになるのだ。


「今ここで恵瓊と宗教について議論するつもりはないが、これからは皆の者には『この日ノ本に天下泰平をもたらす』ために何をなすべきかを、宗教も含めて慣例に捉われることなく考えてほしいと思っている。寺倉は、日ノ本はこれから姿を変えていく。その道しるべは我らで創っていくのだ。よろしく頼むぞ」


「「「「はっ」」」」


俺はそう言って締めくくった。この場にいた全員の目は一様に前を向いているように思えた。前を向いていればいずれ道は拓けるのだ。


そして、寺倉は物生山会談で策定された領土を切り取るため、ついに動き出したのであった。











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