瑶甫恵瓊

「公方様への謁見は如何でしたか?」


「ああ、滞りなく終わったぞ。献上品もたいそう喜んでいたようだ」


謁見を終え光秀の元へと戻った。服装や作法は上洛前に仕込まれていたからなんとかなった。献上品についても惟政に義輝の好みを聞いて選んだから当然喜んでもらえたようだ。上洛の兵ということでその格好や食事も気を遣う必要があり、何かと費用がかさんだが、火薬の秘伝書を貰えたし実質的にチャラだろう。御部屋衆の名もこれから役立つに違いない。


「そうでしたか。成果はありましたか?」


「ああ、御部屋衆の家格と火薬の秘伝書を授かった。公方様は終始御機嫌の様子だったぞ 」


「ほう、御部屋衆にございますか。公方様も思い切りましたな。幕臣たちも驚きだったのでは?」


決して安売りできるものではないが、俺も公方様の計らいには驚いた。確かに幕臣はざわめいていたな。謁見中はそれどころではなくて見向きもしなかったが。


「確かに驚いて目を見開いていたな」


俺は小さく嘲笑うように目尻を下げた。実際余裕はなかったが、光秀の前だし毅然として余裕があったことをアピールしなければな。


「それで、これからどう致しましょう?物生山城へと帰りますか?」


「いや、せっかく京まで来たのだから町を見て東福寺で参拝しよう。ついでと言ってはなんだが、久しぶりに寺倉の町にも行こう。その後沼上の町に寄ってから帰ろう 」


「良いかと存じます」


「俺もなんだかんだで大名になったわけだからな。これからは自由に行動できなくなる。光秀は俺が行こうとしても止めるだろう?」


「ええ、勿論止めまする。行くとしても今回ほどとは行かずとも100程の兵は持って出て頂かないと、某たちも気が気ではありませぬ」


俺はその言葉を苦笑しつつ受け止めた。自らの立ち位置は理解しているつもりだ。今僅かなお供だけで領外に出るほど愚かではない。


「本日はお疲れでしょう。京の町を見るのは明日に致すとしましょう」


顔に出ていたか。俺の疲労を察したように気遣ってくれた。今日は有難くその言葉に乗らせてもらおう。


大名が泊まる宿ということもあり、それはそれは豪勢なものだった。質素倹約を信条とする寺倉家にとっては驚きの連続だった。休むはずが却って気疲れしてしまった。


翌日には予定通り京の町を見て回ったが、民は心なしか顔が俯き気味で、度重なる戦で憔悴しているのだろう。町も所々火災の焼け跡が放置されたままになっており、京の煌びやかな印象は一切感じられなかった。


そしてその後は東福寺へと参拝した。東福寺は臨済宗東福寺派の大本山で、現代でも有名な寺院の一つである。


前日のうちに蹊祐に頼んで参拝することを伝えておいたため、到着すると住職が待ち構えていた。俺の姿を確認すると、駆け足で側へとやってきた。


「寺倉様、ようこそおいでくださいました。本尊はこちらにございます」


東福寺を見渡すと、やはり応仁の乱による火災で焼け落ちて、放置されたままになっている場所が多々見受けられた。本尊に参拝した後、俺は先を歩く住職を呼び止めた。


「住職よ、やはり伽藍の修復の費用が足りていないのか?」


「お恥ずかしながらその通りにございます。京の町はご覧の通り荒廃しており、秩序が乱れております。この寺でも修行僧らを養うのに精一杯なのでございます」


臨済宗はこの時代でも富を享受し世を乱すことをほとんどしないという珍しい宗派だ。それに比べて一向宗はと言えばため息が出てくる。朝倉が哀れに思えてきた。


「ふむ、そうか。では、修行僧のためにも僅かながらだが伽藍を修復する費用を寄進しよう」


東福寺の伽藍は日ノ本でも最大級の規模を誇るものだが、所々焼け落ちていることにより荘厳さが失われているのがどうしても気にかかった。この寺は幾度となく火災に巻き込まれており、その度に鎌倉・足利幕府の援助を受け修復しているようだ。


「よろしいのでございますか?」


「勿論だ」


俺は強い意思を目で伝えながら言う。住職は俺の目をジッと見つめた後、一度深く頭を垂れた。


「流石は近江三家の一角を担う寺倉様というべきでございましょうか。懐がお深いという噂は嘘ではございませんでしたな。拙僧は感銘致しました 」


その目は潤んでいた。寺を長い間修復できなかった悔しさは、長く心を乱していたことだろう。少しでも楽になれば良いのだが。


「その代わりと言ってはなんだが、若い修行中の僧侶を将来の住職として寺倉に遣わしてほしいのだ。私はいずれは居城である物生山城の城下に臨済宗の寺を菩提寺として建立したいと考えている。確か瑶甫恵瓊という大層頭の良い武家出身の僧侶がいると耳にしたのだが、如何だろうか?」


元々の目的はこの瑶甫恵瓊を召しかかえることだ。そのためにこの東福寺に参拝しに来たわけだが、それを口に出すわけにはいかない。


「ふむ、恵瓊ですか。恵瓊は修行中の身でまだまだ修行が足りておりませんが、寺倉様が是非にとおっしゃるのでしたら拙僧に異論はございませぬ。ですが、まずは本人に聞いてみませんと判断できかねますな」


住職は俺の考えを察したようで、二度小さく頷いた後そう言った。仕官させたいというのがバレバレだったか。


瑶甫恵瓊というのは後の安国寺恵瓊だ。安国寺恵瓊といえば言わずと知れた毛利家の外交僧だ。能力は折り紙付きで、あの豊臣秀吉の側近にもなった程の人物でもある。関ヶ原の敗戦によって斬首され、その生涯を閉じることになったが、その活躍は後世にも伝わっている。


住職が呼んできた恵瓊は、頭が大きくて見るからに賢そうで、才能の片鱗を感じさせる風格を持っていた。


「瑶甫恵瓊にございます」


ただ、目つきは柔らかいものの、声の節々には不思議な鋭さを感じさせる。


「寺倉掃部助蹊政だ。話は聞いただろうが、単刀直入に申そう。寺倉家に仕えてはもらえぬだろうか」


「拙僧も元は安芸武田氏の武家出身の身の上でございます。幕府の御部屋衆である寺倉家に仕えることこそ御仏の御導きであり、拙僧には誠に光栄の至りかと存じます」


恵瓊は間髪入れず快諾の意を示した。早速御部屋衆の名前が効いたようで、家格が大事だということを思い知った。“箔”というのも馬鹿にできないものだな。その上この寺は過去足利幕府に援助を受け修復をされており、足利家には大恩があるということだ。その御部屋衆たる寺倉に仕える事は光栄なことなのだろう。


「仕官してくれるか。その決断、後悔はさせぬぞ。これからよろしく頼む」


「はっ」


恵瓊は跪き臣下の礼を取った。こうして恵瓊は家臣となった。


◇◇◇ 


後日、恵瓊は物生山城下に建立した薮麟そうりん寺という寺の住職となり、「寺倉六奉行」の一人、薮麟寺恵瓊としてこれからの寺倉家を支えていく存在となる。





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