君臣豊楽への揺籃

それぞれの思惑

家臣らに決意表明を行った翌日、俺は重臣を集めて会議を開いた。


「俺が言った“天下泰平”は本心だ。今からその足掛かりを得るために今後の方針を話したいと思う」


「もとより疑ってはおりませぬ。しかし、これからの方針と申しますと、やはり所領拡大を目指すことになりましょうが、正吉郎様は如何お考えにございますか?」


「ああ、まずは六角が滅んで統制を失った南近江の所領をまとめ、寺倉領に組み込む。それには蒲生・浅井も手を出すだろう。ついては侵攻するために両家との話し合いをする必要があるだろう」


ここで限られた領地を奪い合うのはよろしくない。今険悪な関係にするわけにはいかないのだ。


「ふむ。我らは出した兵が少ないとはいえ、六角承禎を討ち取るという大戦果を挙げております。おそらくその話し合いは優位に進められると存じます」


「そうだな。まずは浅井と蒲生に文を送ろう」


あらかじめ三家で境界線を画定し、それぞれの侵攻を限定する。領土の奪い合いという火の種を事前に揉み潰すわけだ。


「場所はこの城に致しますか?」


「いや、我らは佐和山城を落とした。つまりは物生山城の南に脅威が消えたということ。この機会だ。物生山城に本拠を移し、ここで会談を執り行う 」


「本拠を物生山城に、ですか。宜しいかと存じます」


元々は佐和山城の支城として存在していたが、物生山城が寺倉の領土になってからはむしろこちらの方が規模が大きい程にまでなっていた。そして城壁にコンクリートを使って、日ノ本で一番堅い城を目指して修築させた。それに加えこの城には松原湊があり、鎌刃城を凌ぐほどの繁栄を誇るまでになっていた。


「そしてこの鎌刃城は秀基、お主に任せる。よろしく頼むぞ!」


「はっ 」


秀基が腰を降り頭を垂れる。秀基はこの城のことを誰よりも熟知している。


「では本題に入ろう。浅井・蒲生との侵攻境界線だが、我らが望むのは……」



重臣六人と俺の話し合いは昼過ぎから始まり、日が暮れるまで続いたのだった。





◇◇◇




越前国、朝倉家。


当主の朝倉義景は憤怒していた。


何しろ実家の六角家が滅んだのだ。冷静でいられるはずがない。


「浅井め、当家と同盟を結んでいながら六角家を滅ぼすとは……!」


朝倉と浅井の関係は義景が当主になってから複雑だった。同盟関係にはあったものの、その関係は冷え込んでいた。


浅井久政の時代までは、朝倉にとって浅井は六角に対する壁であり、その役を見越して同盟を結んでいた。しかし、義景が六角から養子として入った現在では、もはや浅井には壁の役割はなく、むしろ浅井は邪魔な存在であった。


「六角承禎殿を討ち取ったのは寺倉家当主・寺倉蹊政とのことにございます」


「なに、寺倉だと?おのれ、やはりあの時に始末しておくべきであったな!」


寺倉蹊政は六角から離反し、独立した身の程知らず。義景からすると明確な”敵”であった。


「浅井はこれから所領を拡大させていくのは間違いないでしょう」


「吉家!浅井との盟約を破棄し、今すぐ北近江に攻め込むぞ!」


義景は重臣の山崎吉家に声高に告げた。しかし吉家含め重臣の殆どの反応は鈍かった。


「左衛門督様、それはいけませぬ!我らは背後に加賀の一向一揆との戦を抱えております。今北近江に攻め込めば、坊主共が好機と捉えて攻め込んでくるに違いありませぬ! それに六角家を討ち滅ぼした浅井と戦っても勝てる見込みは薄いかと存じます。勝ったとしても統治が行き届くか……」


「くっ……糞坊主め。奴らはとことん鬱陶しい存在であるな。しかし吉家が言う通り今我らに浅井と戦う体力はない。誠に遺憾ではあるが、ここは静観が吉であるな」


重臣たちは一様にホッとした様子を見せた。朝倉きっての猛将・真柄直隆は腰を浮かせて戦に賛同するような動きを見せたが、その他の重臣は概ね反対していた。だが、戦を良しとしない雰囲気を感じ取った直隆は、ワザとらしく咳き込んだ後再び座り込んだ。


しかし六角家の滅亡によって、浅井との関係が一気に険悪になり、その結果両家はほぼ断絶状態にまで陥ることになる。




◇◇◇



日本の副王・三好長慶。


畿内を牛耳る大大名だ。


居城は京に近く、大和国への進軍も円滑に行える上、河内のみならず大和、山城に対して政治的な介入が容易だという理由で河内の飯盛山城であった。


そんな長慶は六角滅亡の報せを聞き、素直に愕然としていた。


「蒲生と浅井が六角を打ち滅ぼしたとな。まさかあの六角がこうも早く崩壊するとはな 」



畿内、京の情勢に均衡を与えていた大大名・六角家。三好家と度々争い、京での主権を巡ってきた六角の突然の滅亡。驚愕と同時に長慶の心は高ぶる感情を抑えられずにいた。南近江を手にする好機を得たのだ。南近江を掌握できれば、天下はもはや三好のものである。


「六角承禎を討ち取ったのは寺倉蹊政という国人領主とのことにございます」


「ほう、寺倉蹊政か。以前十倍の六角を撃退し、義治まで討ち取ったという者か。領内の発展にも手を尽くし、近江随一の繁栄を築いているとも聞いた。まさか六角承禎まで討つとはな 」


「ええ。おそらく無類の武勇を持つ者にございましょう。ゆめゆめご油断なさらぬよう」


「ふん、儂を誰だと思っておる。確かに面白くはあるが、油断などするはずがなかろう」


「……これは失礼致しました」


「今は畠山との戦が終わったばかり。今年の侵攻は見送る。南近江へと侵攻するのは来年からだ」


「はっ」


(義輝はさぞ慌てているであろうな。六角という後ろ盾を失い、追討令も出せぬ状況に違いないだろうな)


長慶は静かに笑う。その眼光は鋭く、日本の副王としての姿が如実に表われていた。


その眼光を見て、誰もが震える。これが天下人だ。そう言いたげに強い威圧感を放っていた。




◇◇◇



(クックック……。正吉郎が承禎を討ったか。面白い。さすが我が義弟よ)


清洲城の織田信長は、珍しく手放しで正吉郎を褒め称えていた。六角といえば日ノ本随一の大大名。その当主を討ったとなれば褒めないわけにはいかない。


信長が今川を討って以来の大戦果。一時代の終わりを迎えつつある。


(我らも斎藤との戦に備えねばならぬな。正吉郎に負けるわけにはいかぬ)


松平という東への緩衝材が無くなった今、織田家は思い通りの軍事行動が難しくなりつつある。


今川との戦はしばらくないだろうが、油断はできない。信長は心中を渦巻く様々な考えを振り払うように小さく首を振る。


(俺が迷うわけにはいかない)


信長は固い決意を露わに拳を強く握った。




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