重臣会議

「今川と織田の戦において、織田が勝利し今川治部大輔様は討ち取られたとのことにございます」


志能便の長、植田順蔵が目の前に跪きそう告げた。


その報せに家臣は一様に騒めいた。そんな中で俺は1人冷静な表情を貫く。全て知っていたことだったからだ。多少史実と変わったことが起こる可能性はあったが、概ね史実通りの結果に終わったようだ。


「まさかあの織田上総介殿が今川を討ち果たすとは...」

「うつけという噂は嘘だったのか」

「掃部助様はここまで見越して同盟をお組みに...」


上座から見て一番部屋の入り口近くにいる家臣らはそのようなことを言っていた。やがてその会話の種は周囲に波及し、大広間は一気に騒がしくなった。


俺はそんな家臣らをただ静かに見つめていた。ここで話を遮ったところで落ち着くものでもないと、俺は黙り込んでいた。


やがてほぼ無表情で佇む俺に気づき、次々に口を噤んでいった。


「松平はどうした」


松平の動向はこの戦いにおいて一番気になるところであった。


「松平次郎三郎殿は大樹寺にて自害されたとのことでございます」


俺が志能便に命じた通り、家康は史実と同じく大樹寺に逃げ込んだようだ。そして自らの腹を切り、戦国の世からフェードアウトしたようだ。それが俺の命令だと知らない家臣らは再びざわつく。


「そうか」


俺はその報告を冷めた心で受け入れていた。三英傑といえど、平和を乱す反乱分子になりかねない者はここで排除しておくが吉なのだ。


「東の動向にばかり気を取られているとたちまち六角に攻める隙を与えてしまうかもしれぬ。もうじき六角との和睦も解消される。これからは西に目を向けねばならぬ」


この言葉は乱れていた家臣らの心を一斉に引きつけた。皆の目がこちらを向く。


「諸城を治める城代はこの後残ってくれ。この後六角に対する備えを話し合う」


「「「「はっ」」」」


既に恒例となった重臣会議だ。


順蔵の報告が一通り終わった後、大倉久秀、堀秀基、明智光秀、浅井巖應、藤堂虎高、そして植田順蔵が一堂に会し、重臣会議が始まった。


「じきに六角との和平が切れるのは皆存じているだろうが、その際に浅井が動くだろう」


巖應がピクッと眉を動かしたのを横目に、俺は続けた。


「光秀は知っているだろうが、六角との和平を結んだ後、私のところに蒲生より密書が届いた」


その言葉を聞いた面々は俺の言葉に目を細めた。余計な混乱を避けるためにも、光秀以外には伝えていなかった。


「ほう、その内容とはなんですかな?」


一番気になっていたのだろう。巖應が真っ先に口を挟んだ。


「内応の申し出であった。蒲生殿は我らが討ち取った六角右衛門督を次期当主に擁立していた。その右衛門督が亡くなった今、蒲生殿は次郎左衛門尉(義定)に冷遇されているようだ。左京大夫(義賢)が生きている間は良いが、次郎左衛門尉に当主が変われば蒲生は今の立場が危うくなるだろう」


「蒲生が六角家中において肩身の狭い思いをしているというのであれば、六角右衛門督を討ち取った我ら寺倉は仇なのでは?この申し出は六角が仕掛けた罠かもしれませぬぞ」


「本来であればそうかもしれぬが、今や六角は落ち目だ。次期当主筆頭となった六角次郎左衛門尉は無能だという噂が流布している。このままでは未来はないと考えたのだろう。そして蒲生殿は左京大夫に対しても痺れを切らしているそうだ。ここまで来れば離反も十分考えられる」


「しかし、浅井が動くとはどのような意味でございまするか?」


巖應は納得の表情を見せながら、一番気になっているのであろう浅井の動向について尋ねてきた。


「言葉の通りだ。浅井は六角を見限り再び六角領へと侵攻する。その準備を進めていると、志能便から報せがあった」


「あやつ、そのようなことを目論んでおるのか」


独り言のように言う。巖應が成すことの出来なかった六角の支配からの脱却を、息子である賢政が企んでいるのだ。複雑な気持ちになるのも頷ける。巖應にはなかった戦の才能を、同じ血を引く嫡男が持っている。嬉しい反面悔しさもあるだろう。


「蒲生は浅井との交戦にあたり、機を読みこちらへ寝返り六角に攻勢をかけるつもりだ。私は浅井とともに六角に対抗する。今のままでは六角の圧力に当てられ続けることになる。そんな状況は早く脱却しなければならぬ。お主らはどう思う」


俺は皆の顔を見回しながら問いかけた。


「ええ、異存ありませぬ。六角と対抗するには浅井に合力して攻め立てる他ないと存じます」


光秀の同意を契機に全会一致で重臣らは力強く頷いた。


「よし、ではその方向で行こう。戦い方もこれまでのようなその場凌ぎの奇襲や奇策を講じたところでそう何度も上手くはいかぬ。兵数的に不利であろうと力負けしない戦い方を身につけねばならぬ」


これまでは地の利を生かし山上からの奇襲や夜襲、水上からの遠距離攻撃、落石攻撃など局地的な場合にしか使えない手法を使っていたが、今回そういった手は通用しないだろう。両軍の全体が相互に見渡せる開けた場所である。


「戦い方と申しますと?」


虎高が首を傾げながら聞く。


「まず鉄砲を追加で仕入れ、更に規模の大きな鉄砲隊を編成する。そして撃ち方を工夫し効率的に敵を撃ち倒すのだ」


まずは頭数を揃えなければならない。鉄砲は持てるだけ持っておくべきである。


「効率的に、でございますか?」


「ああ。三段撃ちと早合だ。まず三段撃ちは、三組の鉄砲兵を入れ違いに撃たせ、絶え間なく敵を攻撃させる方法だ。早合は木を漆で固め、それを筒状に形取り、その中に弾と火薬を入れる。こうすることで銃口から弾を込める作業を簡便化することができ、次弾の発射にかかる時間を半分近く短縮することができる。こうすれば鉄砲の戦略性は大幅に上昇するだろう」


三段撃ちは信長が発案したが、長篠の戦いで武田騎馬隊を破ったのが有名だ。それに加え、早合を取り入れればこの時期の戦においては間違いなく役立つだろう。


「ふむ。それは考えましたな。とても宜しいかと存じます」


光秀は納得したように二度頷き賛成の意を示した。他の家臣らも目を見合わせながら次々に同意する。


「そして馬を三段撃ちの鉄砲の音に慣れさせよう。馬はとても臆病だ。鉄砲の音に耐性をつけさせなければ戦場で大混乱になる」


「承知しました。そのように致しましょう」


「光秀、あと国友に向けて鉄砲の発注を頼めるか?」


「もちろんにございます。ではすぐに手筈を整えまする」


各自の六角への対策を述べつつ、今回の会合は終わりを迎えた。野良田の戦いは夏へと迫っている。それに備え万全の体制を整えなければならない。





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