こたつ

「やはりこの季節は寒いな……」


朝になり寝具の中から出ようとすると、冷気が入り込んできて一度大きく震えた。現代よりも寒いのは明らかなのはこれまで同じような寒さを長年経験して分かっている。だが、この時代にはふかふかで暖かい布団なんてない。俺は領主だからこうしてこの時代にしてはまだマシなのだろうが、着物のようなものが掛け布団として使われている。民たちは正直憔悴しきっているのではないだろうか。何か良い方法があれば良いのだが。


「んんっ……」


そう考えていると、横で眠っていた市が目をパチリと開けた。眠気が取れないようで何度か目をパチクリさせた後、小さなあくびをして起き上がった。俺はその頭を優しく撫でて言う。


「おはよう」


「おはようございます……。正吉郎さま」


もう一度小さなあくびをした後市は夜着を退けようとしたようだが、俺と同じように寒さに耐えかねてもう一度布団を足にかけた。


「寒いか?」


「い、いえ。そのようなことは」


慌てた様子で再び取ろうとする。俺はその手首を掴み、動きに制止をかけた。


「強がるな。正直に言って欲しい」


市はまだ本音を吐露するのに慣れていないようだ。そういう教育を受けてきたのだから当然と言えば当然だが、俺はそんな姿を望んでいるわけではない。


「……尾張よりも寒うございます。ここ最近になって一層寒さが増したように感じます」


やはりそうか。ここは山城だし、高さもある。城下よりも寒いのだろうし、何か対策を考えなければならない。


俺は二度首肯し、腕を組む。こういう時はコタツがあれば良いのだが……。


「あ、コタツを作れば良いのか!」


俺はいきなり夜着を引き剥がし立ち上がった。寒さにまた一瞬震えたが、関係なかった。


「しょ、正吉郎様……?」


「俺は市の機嫌を直すためにコタツを作る!」


そう、市は俺がひと月も城を空けたことで機嫌を損ねているのだ。食べ物で釣ろうとしたが、これは失敗だった。食べ物で釣ろうとしたのが透かされてむしろさらに機嫌を悪くさせてしまったくらいだ。


「も、元より機嫌など損ねておりません!」


市はハッと思い出したように顔をプイッと背けた。


あ、自分が機嫌を損ねていたことを忘れていたな、これ。久しぶりに会ってこうして一緒に眠ることができて、安心したのだろう。その顔に怒りは全くなく、頰も膨らんでいない。


さて、コタツとなると現代では電気によるものが主流だが、もちろんこの時代に電気などという便利なものはない。それならどうするか。実際に火をおこして密閉空間を作るしかない。


俺は朝早くの寒い時間に早足で城下に目当ての品を探しに来た。


「店主、この店に池田の炭は置いていないか?」


俺が来たのは炭を売る店だ。様々な種類の炭を売っているが、俺が探しているのは、火持ちも良い上に臭いも気にならない上に火力も申し分ない、良質な炭だ。


ここで下手に質の悪いものを使って大惨事になったら元も子もない。この時代でも最高品質なものと言えば備長炭だが、これは調理の方が向いている。対してこの池田炭は茶の湯で使われるほど質が良いものなのだ。


「おお、掃部助様!このような店に来るとは珍しくございますな!で、池田炭ですか?ええ、ございますが」


「よし、とりあえずそれを幾らか貰えるか?」


店主は頷き店の裏へと入っていった。俺はここに何人か供を連れてきていたため、それを持たせた。当然のように俺は持とうとしたが、掃部助様に持たせるわけにはいかないとすぐに断られてしまった。まぁいつもの話だ。


そして鎌刃城へと持ってくると、それを火鉢に入れて燃焼させた。置炉としての火鉢は奈良時代からあるようだが、庶民にはあまり普及していない。薪のように煙が出ないことから上流の武家や公家には使われていたようで、寺倉家にもそれはあった。これ、結構部屋の飾りとしても使えるかもな。


寺倉家にあった火鉢も模様が付いており、部屋に一つ置けばそれだけで映えるのではないだろうかと思った。


俺は座卓を部屋に用意させ、上から夜着を何枚か重ねて被せた。これではコタツの良さが半減する気がするな。よし、今度布団を作ってみることにしよう。羽毛は高いだろうけど、俺にとっては良くても市には体に堪えるはずなのだ。睡眠環境の改善も考えなければならない。


被せたその中に火鉢を置いて、簡易と言えど立派なコタツが完成した。


だが、これは適度に換気をしないと大変なことになる。誤って寝てしまい一酸化炭素中毒になって死ぬなんていうのは勘弁だ。だから市や俺が使う時には人を部屋に置かせて適度に換気をさせることにした。


上から机の上の部分を置ければ良いんだけどな。それはコタツと兼用の机として新しく売り出すのが良いだろう。だが、池田炭は高価だから領民も生活に適用するのは難しいだろう。いっそ池田炭の職人を雇い入れて領内で生産するか?


俺は早速市を呼び、そのコタツに入ってもらうことにした。


「正吉郎様、これが?」


市は目の前のコタツに目を向けながら聞く。


「ああ、“炬燵”だ 」


「中に火鉢があるから気をつけて足を入れるんだ 」


「わかりました」


市は一度そのの中を覗いてその暖かさを手のひらで確かめた。


そして恐る恐るというように中に足を入れた。その後、すぐに市は目を丸くした。しばらくその温もりを味わった後、息を長く吐いて俺の方を向く。


「こ、これはすごいですね。いつまでも入っていられそうでございます」


コタツは人をダメにさせる魔力がある。一度入ってしまえばもう抜け出すことは不可能。市はその魔力の虜になってしまったようだ。苦笑いのような表情を浮かべ、出ようとしても出られないアリ地獄のような状況に陥って戸惑っているようだ。


「気に入ったか?」


それと同時に満足そうな様子が全身に表れていた。その様子を見た俺は市に問いかける。


「はい!」


考える必要もなくそう答えた。良かった、満足してもらえたみたいだ。コタツを作ったのは大成功のようだ。


「では、機嫌も直してくれたか?」


俺は微笑み小さく首を縦に振った後、続けて聞いた。


「も、元より機嫌を損ねてはいませぬと言っておりましょう!もう、正吉郎様は意地悪です」


当然だがその言葉に怒気は孕んでいない。俺はその様子に心の中で安堵し、市に優しく笑いかけながら言った。


「ははは。ごめんな」


俺は頭を撫でる。そのあと手を握ると、今度は市は握り返してくれた。


「もう。仕方ないので許してあげます」


市は頰を膨らませてそう言った。そんな姿をとても愛おしく感じたというのは内緒の話だ。

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