じゃがいも
尾張訪問は何事もなく終わりを迎えた。利家をそのまま置いてきたが、沼上の民から慕われて満更でもない様子だった。
利家は傾奇者。沼上の民は世間からのあぶれ者。変わり者同士で気が合ったのだろう。源三ともすぐに打ち解けていたようだった。
あの後の宴なんて凄いものだった。特に利家は。もともと豪勢なイメージだったが、酒を飲むとそれがさらに増す。酒を水のようにガボガボ飲んでいた。真似はしたくないな。源三は俺の前だからと控えていたようだが、それでも多く感じた。ささやかとは程遠い宴だったことは言うまでもない。
この時代の酒は口に合わん。信長の前では少しといえ飲まざるを得なかったから、結構辛かったのは内緒の話だ。いや、現代で飲んだビールも不味かったが、慣れていくものなのだろうか。俺にはまだわからん。
俺が無事鎌刃城へと戻ってきたことに安心して自室で寝転んでいると、頰を膨らませている市が入って来て俺の元へと駆け寄ってきた。
「ど、どうしたのだ....?」
「いいえ!なんでもありません!」
顔を近づけたと思うと、すぐにそっぽを向いた。
いや怒ってるじゃん...。頰を膨らませてるのを見るだけで一発でわかるわ。ひと月近くも城を空けてたからなぁ。でもそんな市もかわいい。
「寂しかったんだな。放っておいてしまってすまん」
俺は頭を優しく撫でる。市は俺が撫でられるのが好きなようで、気持ち良さそうにしていた。
「むぅ。そんな言葉じゃ許しません!」
市は再び頰を膨らませてそう言った。女心は難しいな。そんな様子の俺たちを、光秀は我が子を見るような表情で見つめていた。利家がいなくなってからなんか落ち着きが増した気がする。あいつら、気が合わなかったからなぁ。しかし、目の前の状況をどうするべきか。俺に女心は分からん。
「あ、そういえば...」
すっかり忘れていたが、ジャガイモがあったな。ジャガイモが伝来したのは記録されているものでは1570年代以降らしいが、それ以前に白い花が観葉植物として見られこの日本にも入ってきていたようだ。しかし、その見た目から食べ物として見られることはなく、記録に残されることもなかったというのだろう。考えてみれば当然で、この時代の伝達手段は手紙が主であった。記録に残したとしてもジャガイモの花などという小さなことを文書に残すことがなかったとしてもなんらおかしくない。これは他のことでも言える。この時代にはなかったと“思われていた”だけであり、本当は入ってきていたものも多く存在するに違いない。そしてその記録はあくまで書いた人の知識の範囲内のみで書かれているのだから、むしろ残っていないことの方が多いのだ。
これで市のご機嫌取りをしよう。ジャガイモで作れるものといえば色々あるが、まだ13歳の市にはジャンキーなポテトチップスやフライドポテトがいいのだろうか。
俺は顎を人差し指と中指に乗せて考える仕草をする。あ、この際だから、ジャガイモを広めるためにも家臣たちにも食べてもらおうか。救荒植物にもなり得る優秀な食物だし、抵抗を少しでもなくしておきたい。なんたってあの見た目だからな。見た目だけからすればとてもとても食べられたもんじゃない。しかも毒だってある。食べ方を間違えないように教えなければならないな。
俺はすぐに勘兵衛を呼び、収穫したジャガイモ(馬鈴薯)を調理場の料理番へと渡しておくように言った。帰ってきたばかりだが、時間は2時過ぎとおやつにはもってこいの時間だ。
俺はジャガイモの皮むきを指示した。ジャガイモには芽や皮には毒素が多く含まれている。もったいないだろうが、初めての試みであるため、毒がある可能性がある部分を多めに除去させた。緑色になっていないため大丈夫だとは思うが、細心の注意を払わなければならない。
冬だから良かったものの、夏だったら危なかったかもしれない。保存方法も考えなければならないな。日の当たらない涼しい場所に保管するのが良いだろう。芽が出ることもあるため、定期的に芽は除去する必要がある。
皮を剥いたジャガイモを薄切りと棒状に切り分けるものに分ける。手作業のため、一つ一つの形は不揃いだ。薄切りの方はできる限り薄く切るように指示したが、予想以上に薄くできていると思う。厚みがあると別の食べ物になってしまうからな。さすが料理番というだけある。
ここでピーラーみたいなのがあれば便利なのかもしれないが、そんな便利グッズはこの時代では売っていない。
薄切りにできたジャガイモを猪のラードで揚げる。棒状にしたものも同様に揚げた。厚く中途半端なものも幾らかあったため、それは味噌汁に入れることにした。ジャガイモの味噌汁は現代でも時々食べていたが、なかなか美味しい。
切って揚げるだけ。とても簡単だ。一緒に調理場に見にきていた市も、作業の簡易さに驚いていた。だが、それが本当に食べれるのかピンときていないようだ。
俺は揚がったフライドポテトに塩をかけるよう言う。これで完成だ。
「これはなんという食べ物なのですか?」
うーん。フライドポテトじゃ通じないし覚えにくいだろう。考えてなかった。
揚げ芋といったところか。俺は少し考える仕草を見せた後、口を開いた。
「揚げ芋という食べ物だ。平揚げと棒揚げをそれぞれつくってみたが、簡単に作れるかつ手軽に食べられる。揚げたてのうちにひとつ食べてみな」
「はい」
揚がったフライドポテトを手に取り、指でつまみ少し熱そうにした後口に入れた。その味に衝撃を覚えたのか、口元に手を当てて目を見開き、パッと俺の方を見た。
「これは美味しゅうございます!このような食感、市は初めてです!」
良かった。喜んでもらえたようだ。フライドポテトはこの時代の人間の口にも合うようで良かった。これで機嫌を直してもらえたら良いのだが。
「それは良かった。ささ、熱いうちに呼んだ家臣らに持って行ってくれ」
下働きの女中に命じ、味噌汁と一緒に持って行かせた。
俺は市が機嫌を直したか確認も込めて手を繋ごうとした。市は何度か手をにぎにぎさせて考えたあと、俺の手ははたかれた。
「私は食べ物で釣られるほど子供ではありませんよっ」
どうやら子供扱いしていると思ったようだ。顔を少し赤くしながら調理場を出て行ってしまった。食べ物で釣ろうとしたのは事実だが。うーん、また考え直さなければならないな。
別に市が食べ物に釣られる女でも一向に構わないのだが、市はそう思われたくないらしい。
家臣たちの反応も良好だった。ジャガイモは大正解だったようだ。皆初めての食感と味に舌鼓を打っていた。ジャガイモの味噌汁も概ね良好な反応を得ていた。あのような見た目の食物もなかなか侮れぬな。そう言っている者が何人もいた。
俺はそのあと、家臣たちにもジャガイモについて説明を加えておいた。
芽や皮は毒だから絶対食べないように。直射日光に当たる場所には置かない。高温もなるべく避けること。
食べる際の注意だけでなく、栽培の利点も伝えた。
米の代用品になる。凶作の時、代わりに食べることができる。米の裏作として痩せた土地でも栽培できるし、ビタミンCが豊富で病の予防にもなるのだ。
栽培するメリットは十分あるはずだ。今年からジャガイモの本格的な生産を始めていくため、まずは領内に浸透させることにしよう。
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