沼上郷
正吉郎一行は沼上の町を目の前に、足取り重く歩いていた。もちろん疲れもあるが、光秀と利家の口論が収まることなく続いていることに頭を抱えていたからでもある。
俺が沼上の町の関所を兼ねた砦へと到着すると、早速門番らしき人間に止められた。衣食住を保証していることもあり、ならず者の町とはいえ身なりは悪くない。
「止まれ。ここにきた目的と積荷を見せてもらおう」
門番は俺たちの姿を見て止まるよう指示する。しっかりと責務は果たしているようだ。山道ではあるが、寺倉へと至る道の一つでもあり、人通りは少なくない。そのひとつひとつにこうして聞いているようだ。
「我らは寺倉掃部助様とその供だ。通してもらえるか?」
光秀が俺が声を出す前に口を挟んだ。
「まさか。こんな町に寺倉様が来るわけがないだろう。タチの悪い嘘はやめろ」
「我らの身なりを見てそのようなことが言えるとはな」
一旦はそう言ったものの、俺たちの身なりを見て眉をしかめた後、隣の門番に小声で話しかけた後走ってどこかへ行ってしまった。
寺倉へと向かうのは大抵が商人だ。身なりの良い人間もそれは多くいるだろうし、俺たちが領主一行ではないと疑っても仕方がないだろう。
「も、申し訳ございませぬ!」
それはそれは見事なスライディング土下座だった。
その顔は見覚えがあった。そう、婚礼の翌日、市を襲っていたあの男だ。名前は源三。まさかスライディング土下座をするとはな。随分と丸くなったものだ。それに言葉遣いも良くなっている。
「門番が大変無礼なことを。ほら、お前も頭を下げろ!」
源三は先程の門番を叱りつけた。
「まさか本当に寺倉様だとはつゆ知らず、申し訳ございませんでした!」
ほう。しっかりと教育されているようではないか。源三はとりあえず仮の町のまとめ役として抜擢した。武士として雇い入れることにし、名字として領内で浸透し始めていた「沼上」を授けた。源三はよく働いているということだろう。雇い入れてよかった。
「いや、いいのだ。むしろ称賛されるべきものだろう。しっかりと職務を全うしているのだからな。俺はお主を誇りに思う」
「か、掃部助様!」
その門番は俺を尊敬の眼差しで見ていた。やめろ。正直、そんな目で見られても困るだけだ。
「なんて寛大な。お前もこれから掃部助様に命をかけて忠義を尽くすのだぞ」
「はっ」
おお、上下関係みたいなのも出来上がっているようだ。頭という存在は大きいのだろう。源三も責任感を感じてやっているようだ。
「ささっ!掃部助様、ささやかではありますが歓待の宴を開かせていただきたく存じます。どうぞこちらへ!」
俺は源三の促すままに砦の中に足を踏み入れ、そして町へと入った。
町を見渡すと簡素なものの整っているようだった。他の民とも差別することなく扱っているからだろう。他の村と比べてもそう大差はない。
少し歩いたところ、俺は違和感を感じた。
「うん?他の領民はどこにおるのだ?」
俺は眉をひそめながら辺りを見渡すが、領民の姿は全く見えない。
「ええ、それはこちらにおります」
源三は今いる広場らしき場所から大通りらしき一本道へと俺を促した。
一本道は広い道だった。他の町と変わらず店も多くあった。たった半年で他の村とほとんど変わらない水準にまで発展させるとは、ならず者の底力は恐ろしいな。
寺倉領への入り口の町という事もあり、人と物の行き来はかなりあるのだろう。それがこの町の発展を助けているのではないだろうか。
ただ、気になる事が一つあった。
ーー皆が頭を地面につけているのだ。
そう、全員が見事な土下座をしていたのだ。なぜそんなことしているのだろうか。
「お、おい。なぜ皆顔を地面につけておるのだ?」
俺は恐る恐る源三に聞いた。
「はい?もちろん忠義の証でございます。ここにいる者は皆寺倉様に無限の忠義を誓っており、町の者は貴方様を崇め奉っているのでございます」
は?なんて言った?俺は神じゃないぞ。そもそもそんな過分な忠義、俺は求めてないんだが。
「俺はそんな崇められるような事をした覚えはないのだが」
本当に心当たりがない。もし強迫観念か何かでこうして「作られた尊敬」があるのなら今すぐにやめてほしい。もしくは主従とは“こういうものだ”と思っているならば、あるべき姿を教えてあげなければならない。
「はは、ご謙遜を。寺倉様は我らに生活を、希望をお与えになりました。それだけでも皆は夢のような話なのでございます」
俺は打算的な考えがあってこのような待遇を与えた。お前らを東の守りに、と思ってこの場所の守護の代わりに衣食住を与えているに過ぎない。
「……そうか」
曇りの無い目。その目を見て俺は反論する気も、否定する気も起きなかった。老若男女問わず俺に対して土下座をしているのは正直気持ちが休まるものではない。
「東の守りはお主らに頼む。もし攻められるようなことがあれば、お主らに何としてもここを守ってほしいのだ。もちろん援軍は送るが、それまではなんとしても耐えて欲しい 」
とりあえず冷静にその打算を伝えることにした。確かに好意はあったと思う。憐れだという気持ちからこうして衣食住を与えたというのもこうして受け入れた理由の一つでもあるのは否定しない。
「ええ、もちろんにございます。ここはようやく手に入れた居場所でございます。命をかけてでも守りまする。たとえ援軍が来なくとも1年、10年と守って見せましょう!」
ハハハ!と源三は笑う。しかし、それは「本気の目」であった。どんな大軍が来ようと絶対に守り抜くという「覚悟」。俺はそれを全身で感じ取った。そして俺はこの時、これ以上ない頼もしさを源三、その民達に対して感じていた。命以外何もなかった者達に衣食住を与えただけで、ここまで守ることに本気な目をするようになるとは思いもしなかったが、俺はその気持ちに魅せられた。そこまで言うのならば、その「崇め奉る」気持ちとやらを受け入れようではないか。
「わはは! お主らの忠義はこの寺倉正吉郎掃部助蹊政がしかと受け取った!」
これまでの道中の疲れからか、感覚が麻痺していたのかもしれない。この時俺は変なテンションになっていた。
頭を地面に擦り付けるようにつけていた民達は、その言葉で俺を見上げるように顔を上げた。
中には拝むかのように手を合わせている者もいる。受け入れるとは言ったがそれはやめろ。俺は仏じゃない。
「今日、俺はお主らがこれから仕えるべき者を連れてきた! 俺の家臣である、前田又左衛門利家だ。この町を治めるのは今日からこいつになる。よろしく頼むぞ!」
利家はその言葉で目を丸くしていた。光秀は吹き出すように口に手を当てて笑いを堪えていた。
神の使いだ……!という声がしたが、聞かなかったことにしよう。さっきから言っているが俺は神でもなんでもない。崇め奉るのは構わないが、神格化すると某国のような感じになりかねない。
「掃部助様! そんな急に言われても困るぜ!」
「三郎殿の元に戻りたいのなら黙って言うことを聞け」
俺は利家の反論を一蹴する。目さえ向けることはない。これまでうるさくしてきた利家に対してイラついてた部分もあったからだ。これは「制裁」でもある。
「くっ……」
利家は歯を食いしばり悔しそうにする。
もうこの時点で利家はキャンキャン吠えるだけの犬。俺はその飼い主だった。ククク、信長に報告という究極の手札があれば如何様にも使えよう。俺は押し付けられたのではなく逆にいい駒を与えられたのかもしれない。
「そして源三、お主はこれからこの前田利家の副将だ。お主はこれからただのまとめ役ではなく、立派な武士として寺倉を守る盾となれ!」
「はっ!謹んでお受けいたしまする!」
源三の目はさっきにも増して尊敬の色を帯びていた。おいおい、その目は危ないぞ。忠義っていうのを超えてるわ。
「そして沼上の民よ!これからお主らはこの町を守る、何者も通さない何重にも重なる無敵の盾となるのだ!お主らの忠義は必ずや報われる。必ずだ!」
「おおぉぉぉぉぉ!!!!!」
刹那、沼上の町はまるで戦場だと錯覚するような喧騒に包まれた。
この沼上が今後大きな活躍を見せ、名実共に寺倉家の盾となることになる。
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