尾張訪問②

「掃部助殿、改めてこの度は我が垂井の民を介抱していただき、ありがとうございまする」


竹中家の屋敷に到着した俺は、まず通された部屋で待機した後、大広間に案内された。


上座に促された俺は、軽く頭を下げながらそこへ向かった。目の前に座るのは、竹中家当主、竹中遠江守重元。半兵衛の父親だ。開口一番、感謝に言葉を俺に投げかけた。


「いやいや、当然のことをしたまでにございまする」


「ハハ、ご謙遜なさるな。貴殿がお救いになった老人は、この街で高名な商人でございましてな。かの者も大変感謝しておりました」


身なりがやけに良い老人だと思ったが、そういうことだったか。しかし、護衛も連れず一人でいるとは不用心にもほどがある。そう思っていた俺だが、直後にその答えが出た。


「初めは護衛とともに歩いていたそうなのですが、途中盗賊に襲われ、散り散りになってしまったそうなのでございます。幸い品は無事だったようなのですが、一人でいるところを襲われ、大変な災難だったと申しておりました」


「なるほど、納得でございますな」


「何かお礼を、と申しておりましたが、何かございますでしょうか?」


「そのようなお気遣いはご無用でございまする。どうかお気になさらずとお伝えください」


「いやはや、掃部助殿は噂では勇猛かつ稀代の軍略家だと聞き及んでおりましたが、お心の広いお方でもあるようだ。この遠江守、感銘を受けておりまする」


「誠に勿体無きお言葉でございます」


「ではお礼も兼ねて、今夜はささやかな宴を開きまする。どうか心ゆくまで楽しんでいただきたい」


「お気遣い、感謝致しまする。ではお言葉に甘えて、今夜は楽しませていただきまする」


「まずはゆっくり休まれよ。私共は宴の準備に取り掛かります故」


挨拶もほどほどに、まずは部屋で休むよう言われた。なにせ朝から歩きっぱなしだ。疲労も溜まっていたため、ありがたく休ませていただくことにした。




◇◇◇




「掃部助殿はお若いのに素晴らしい才をお持ちのようで。年は幾つにございますか?」


「数えで16にございます」


「ほう、では半兵衛と同い年というわけですな。半兵衛には友がおりませぬ故、もし掃部助殿がよろしければ仲良くしてやっていただきたく思います」


俺は驚いた。まさかあの天才軍師の半兵衛と俺が同い年だとは思っていなかったからだ。だが、そのおかげで親近感が湧いた。


「なんと!半兵衛殿は私と同い年でございましたか!」


俺は少々興奮したように半兵衛に向かって告げる。


「ええ、そのようにございますな。これからよろしくお願い致しまする」


「こちらこそよろしくお願い致しまする。半兵衛殿、先程は申し訳ありませぬ。家臣が女子と間違えたとはいえ、私も疑うことなく……」


「もう気にしてないと言っているではありませんか。ただ、私はこの容姿は気にしております。どうにかしたいところではございますが……」


半兵衛はその華奢な身体付きもあってか、寿命が短く結核で若くして亡くなってしまう。俺は何かないかと思い考えた末、一つの回答に至った。


「では、肉食を始めてはいかがでしょう。寺倉領では体を丈夫にし、体力増進を促す肉食を勧めております。半兵衛殿も肉食と適度な運動を始めてみては?病にも強くなるはずでございまする。明の国では「医食同源」と言って、薬となる獣の肉を食事で摂っているのです」


「肉食でございますか。なるほど……。試してみる価値はあるように思います。掃部助殿、かたじけない」


斎藤家は昨年、下剋上や父殺しの汚名を隠すために一色家に改姓したため、今の当主は一色義龍だ。この義龍が当主である間は良いが、義龍の死により若年の龍興は酒色に溺れて政務を顧みようとせず、斎藤飛騨守ら一部の側近だけを寵愛して、その側近らも半兵衛を侮り、冷遇を受ける。西美濃三人衆である稲葉良通、安藤守就、氏家直元らと共に政務から遠ざけることになる。


これが稲葉山城乗っ取り事件の原因となるわけだ。1561年の序盤には龍興に当主が変わり、竹中家は冷遇されていくことになるのだ。


それを考え、俺は先手を打つことにした。


「半兵衛殿、いや、遠江守殿。寺倉家と婚姻同盟を結びませぬか?」


俺はこれを機と見て、竹中家に同盟の打診をした。




◇◇◇




「半兵衛殿、いや、遠江守殿。寺倉家と婚姻同盟を結びませぬか?」


そんな提案をされたことに、私は驚きを隠せなかった。ほぼ初対面の相手だ。書も交わしたことのない関係であるのに、まさか同盟を打診されるとは思ってもみなかった。


「……それはどういった意図にございまするかな?」


父上は怪訝そうな顔をしながら、掃部助殿に聞き返す。


「ご存知の通り、今は和睦して停戦状態ではございますが、寺倉家は六角と敵対関係にございまする。それ故、東に敵を作るのは得策ではないという訳です。もちろん、竹中家が危急の事態に陥れば協力致します。つまりは、軍事侵攻における協力を求めない、“相互不可侵・相互防衛”の同盟を締結したいという意図にございます」


普通であれば、一家臣が他家と同盟を組むのは良いことではない。だが、現在の主家は成り上がりの一色家。竹中家を始めとする西美濃勢は譜代の直臣ではなく、半分臣従で半分独立の国人勢力であり、隣接する近江国の大名と個人的な同盟を組むのは全く問題がないというわけである。


竹中家にとっては西の安全が確保されるわけで、御家存続のためならむしろ願ったり叶ったりだ。


「なるほど。申し出は理解致しました。掃部助殿がそう仰るのであれば、こちらとしてはぜひお受けしたいと思いまする」


「感謝致しまする」


「半兵衛は既に結婚しております故、我が娘、志波に嫁がせての婚姻同盟を結びたく存じます」


私には妹が3人いる。その次女、志波が寺倉家に嫁ぐことになった。


「それで構いませぬ。私も既に結婚している故、我が弟、近時丸に嫁いでいただきます」


「それでよろしいかと。では、これからよろしくお願い致しまする」


「こちらこそよろしく頼みます」


両者が同時に頭を深く下げ、二家の同盟が成った。




◇◇◇




結果、弟の近時丸と、竹中家の次女志波姫の間で婚姻を結ぶことになった。弟には勝手に決めて申し訳ないとは思うが、ここは戦国時代。恋愛に自由はない。まだ数え10歳とはいえ、近時丸も武家の男子として覚悟はしているはずだ。


こうして婚姻同盟を結んだとしても、一色龍興が家督を継げば何が起こるかわからない。真っ先に寺倉を狙ってくる可能性は否定できない。寺倉は6万石の小大名。かたや六角は90万石を超える大大名。減退気味だが、それでも依然巨大勢力だ。東の一色家も20万石を超える。その両方を敵にするなど自殺行為だ。


竹中半兵衛は稀代の軍師。俺なんかより遥かに優秀だ。そんな存在と巡り会えたのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。そう思い、思い切って婚姻同盟を切り出した。


結果、徹頭徹尾良い方向に事が運んで良かった。竹中家は心強い味方になろう。


「半兵衛殿、これからよろしくお願い致しまする」


俺は改めて義兄弟となる半兵衛に話しかけた。これまではほとんど父である重元と話を進めていたから、半兵衛と話をする暇がなかった。


「半兵衛、とお呼びくだされ。私たちはこれから義兄弟にございます」


婚姻同盟を結んでから、半兵衛の顔が心なしか緩んでいるように見える。同い年の友がこれまでいなかったと言っていたから、初めての同い年との友好関係に喜びを隠せないのだろう。


「では、半兵衛。俺のことも正吉郎でいい。堅苦しい口調は無しにしよう。俺たちは同い年だ。俺も同い年の友人はほとんどいない。これから仲良くしてほしい」


「……わかった。正吉郎、これからよろしく頼む」


俺は手を出した。しかしこの時代には握手という文化がないようだ。半兵衛が戸惑っている。


「これは握手と言ってな、友好の証だ」


俺は両手を使って見せつつそう説明した。


「初めて聞いた。正吉郎は私の知らぬものを多く知っているようだな」


そう言って手を差し出し、俺たちはがっちり握手をした。


こうして、思いがけない出会いで、寺倉家と竹中家の間に婚姻同盟が締結された。この同盟が今後に大きな意味を持つことになる。




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