文官と食事情

10月上旬。灰吹法やリバーシなどの収入に加え、石鹸という予想外の利益を生み出している商品が台頭してきた。消費財である石鹸は継続的かつ多くの利益が見込める。他にも色々なことに手を出したことで、以前にも増して商業が盛んになっているのが見て取れる。


ただ、ここに来て、さらに人手不足が顕著に現れるようになった。急速な領土拡大についていけていない。俺は新たに文官を雇うことにした。


「巖應、お主に頼みがあるのだが、聞いてはもらえぬか?」


俺は多賀での開発を進めている浅井巖應に、月に二度行っている評定の際話をすることにした。


巖應は元浅井家当主ということもあり、家内の誰よりも人脈がある。


「はっ。私に出来ることならば、なんなりと」


「今浜の眞宗寺を知っているか?」


浅井領である今浜の寺の一つである眞宗寺。俺はそこに所属する1人の文官に目をつけ、元領主であった巖應に白羽の矢を立てた。


「ええ、知っておりますが」


巖應が怪訝そうな表情を浮かべる。


「そこに口利きはできないだろうか?」


巖應が口利きすれば門前払いということはないはずだ。


「可能だとは思いますが、何をするのです?」


「住職の次男である増田長盛を、寺倉家に出仕してほしいという旨を伝えて欲しいのだ」


増田長盛と言えば、豊臣政権下で五奉行の一角を担う、優秀な文官である。今は眞宗寺という寺の次男という立場である。


「おそらく住職は了承すると存じますが、なぜその方を?」


「深くは聞かず、頼まれてはくれぬか?」


寺倉家はこの手の俺の言葉に慣れている。深い理由もなく、急に突拍子もないことを言い出す、と心の中で思っているかもしれない。だとしても、まだ失敗が殆どないのだから、無条件で信用するに値すると思われているのだろう。俺が口を噤めばそれ以上は聞いてこない。


「承知致しました。私にお任せくだされ」


1週間後、何事もなく増田長盛が鎌刃城に登城した。


「増田長盛にございます。私に出仕を求めているとのことで、参上致しました」


長盛は俺の前で頭を下げながら、静かに言葉を述べた。


「うむ、宜しく頼む。これから寺倉家で文官としての活躍を期待する。今の寺倉は人手不足でな。忙しくなるだろうが、精進してほしい」


寺倉はブラック企業ではない。働いた分の給料はちゃんと払う。まぁ、仕事量はブラック企業かもしれないが、急激な領土拡大の代償と考えれば、致し方ないことなのかもしれない。


まだ14歳だから子供を働かせていると言われても仕方がないが、時代が時代だし許してほしい。


「はっ」


こうして増田長盛という優秀な文官が加わった。寺倉家でもその能力を遺憾なく発揮し、なくてはならない存在として活躍していくことになる。



◇◇◇



食欲の秋。


襖の隙間から冷たい風が頰を揺らし、肌寒さを感じさせる季節になったが、それに従い夏に比べて食べる量も増えてきた。


10月下旬、俺は皆が集まる評定の後、皆で夕食をと誘った。


俺はこの時代に来てから脂っこいものを一度も食べていない。寒い季節だし、味が濃く熱く脂っこいものが食べたくなったのだ。


そこで考えたのがトンカツならぬシシカツ。この時代では肉食はご法度とされているが、普通に食べられていたという。ただ、この地域は京に近いという立地もあり、ほとんど食べられることがなかった。


肉食は体力がつくし、力にもなる。この時代の平均身長が現代よりだいぶ劣っているのは肉食がなかったのも一つの要因だろう。獣肉は男や子供には体を大きくする、妊婦には身体を丈夫にする薬であり、肝も薬にできる。


材料の調達は評定の前に頼んだ。狩人が狩ったイノシシは、脂身をラードにし石鹸として使うが、それ以外は捨てていた。その部分を有効活用できないだろうかと考えたところ思いついたのがシシカツだ。


カツにはソースも必要。たまり(醤油)と砂糖、そして味噌。ソースは流石に作れそうにないということで、味噌風味の醤油ソースを作ろうとした。適当に野菜を煮込むようお願いしておいたから、あとはそれを濾して混ぜるだけだ。現代のように便利なものはないから、手間もかかる。塩だけなんて味気なくて好かない。試作品だし、とりあえず一度作ってみたい。


カツを揚げるにはパン粉と小麦粉とラード。パン粉なんてものはこの時代にないから、とりあえずこの時代にある麹。卵はそもそも食べられていないから、今回は使わないで作ることにした。


せっかく揚げるのだからと思い、天ぷらも作ることにした。松原湊が領地でよかった。海老は普通に食べられているようで、簡単に調達できたそう。あとはソースの時のために見繕った野菜を天ぷらにすれば完璧だろう。


水と小麦粉を混ぜてそれを満遍なくつけて揚げれば完成だ。揚げ物は基本油に入れればいいから簡単だ。天つゆもみりんと醤油と水でできるから手間がかからない。


ちなみにここまでの作業は全て城の料理人がやっている。俺の指示で全て動いてくれるし、なんでもそつなくこなすから効率もいいし俺より美味そうに見える。


俺がやると言ったのだが、怪我すると危ないし、これは私たちの仕事ですからと断られてしまった。やむなしだ。


イノシシの肉をイノシシの油で揚げるってなんか面白いな。というか本来高コストな油が代用できているし獣肉、結構いいな。俺は静かに笑いながらそう思った。


「何をなさっていたのですか?」


俺が大広間に帰ってくると、光秀がいち早く俺に気づいて、聞いてきた。


「まあ少しな。それより夕食だ」


俺がそう言うと、後ろから夕食が運ばれてきた。


「うん?いつもとは一風変わっておるな」


皆パッとしない様子を見せる。初めて見る料理だろうし、仕方がないだろう。俺はその顔を見て満足げな表情を浮かべる。


「これは俺が考えて料理番に作らせた料理だ」


「正吉郎様が?これは何なのでしょうか?」


皆驚いた目でこちらを見ていた。そうそうそれが見たかったのだ。


「ああ、これは両方油で揚げたものだ。一度食べてみてほしい」


俺が皆に促すが、なかなか食べない。それもそうか。この時代の人間にとっては未知のものだしな。俺はそんな様子を見て、自分から食べ始めた。普通に美味しそうに食べる俺を見て、家臣が目を見合わせながら頷き合った。


やがて、皆は一斉に食べ始めた。俺はまじまじと皆の顔を見渡すが、口に入れた瞬間揃って驚きの顔を浮かべた。


「おお、これはとても美味しいですな!名は何というのです?」


「シシカツだ。イノシシの肉を油で揚げた。もう一つは天ぷら。これも油で揚げたものだ」


「ほうほう。画期的でございますな」


光秀は笑いながらそう言った。食は場を和ませる。大広間は和やかな雰囲気に包まれた。


一先ず、現代の食べ物もこの時代ではイケるようだ。まぁ同じ日本人だからな。それは今も未来も変わらないというわけだ。


材料も限られているし、出来る料理が少ないのを実感した。あ、俺だけ食べると市が可哀想だ。あとで持って行ってあげよう。


俺はいつの間に市のことばかりを考えてしまうようになっていた。自覚無しだが、それは市も同じだ。俺が政務に勤しんで構ってあげられないと途端に頰を膨らませて不満な様子を見せる。何も言わないのだが、その頰を触りたくなる。


市のことは絶対に悲しませちゃいけないな。俺はそんな気持ちが芽生え始めたのを感じた。







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