藤堂虎高の仕官

「藤堂虎高と申しまする」


6月中旬、俺に仕官を希望する者が現れた。それは藤堂家の当主だった。今は犬上郡の土豪で、あの武田家に仕え偏諱まで授かっており、確かな才を持っている。だが、他国出身の虎高に不満を持つ者が現れ、自ら武田を離れていったのだという。


かの有名な藤堂高虎の父親だ。80過ぎまで生きる長生きの武将だが、今はまだ43歳。高虎が生まれてから3年ほどしか経っていない。


「藤堂の者か。仕官したいと聞いたが、それは誠か?」


藤堂虎高は名前の通り、というのか、豪傑な印象を持った。顔だけを見れば、戦に出ればたちまち敵を威圧して、腰が引けたところをバッタバッタと薙ぎ倒していきそうなイメージだ。


「はい。藤堂家は寺倉家に臣従したく存じます」


勝手な思い込みだが、言葉遣いが非常に綺麗なのに驚いた。武田家に仕えていたというくらいだし、驚くことではないか。逆に失礼だ。声には出さないが。


「そうか。ではよろしく頼む」


俺は殆ど間を置くことなく快諾した。


「そのように簡単に決めて良いので?」


「ふっ。もとより寺倉は人手不足でな。猫の手でも借りたい状況なのだ。それに虎高、お主は才を持て余しておろう。その才を寺倉家で存分に使って欲しい」


不運な人生を送ってきたというのは、今置かれている状況で幾分か察することができる。主君に寵愛されながら、その周囲の環境が追い出すきっかけとなってしまったのだから、無念の極みだろう。そのまま仕えていればどれほどの功を武田にもたらしたことか。


「分かり申した。これからよろしくお願い致しまする」


トントン拍子で家臣になることが決まった。しかし、虎高はこれから予想以上の才を発揮しすぐさま重臣へと上り詰め、寺倉六芒星の1人、総務担当官として名を馳せることになる。



◇◇◇



領内は比較的豊かになり、消費も増えて日に日に繁栄も増しているのが分かる。しかし、山間部が多くを占める寺倉領は、農業にも移動においてもまだまだ不便なところが多い。


そこで、農耕に役立つ道具と移動が楽になるものを作ることにした。


まずはシャベルとツルハシだ。この時代土を掘り起こすのに苦労していたと聞いており、命じるだけの立場からすれば盲点だった。ツルハシは唐鍬の一種で、硬い土壌を砕くことができる。


ツルハシで土を柔らかくし、シャベルで土を掘り起こせれば、大幅な効率化につながる。慢性的な人手不足の中にある寺倉家にとって、新たな時間を生み出すことも可能だ。


ツルハシは先端を尖らせ、十字になるようその真ん中に取っ手を取り付ける。素材は青銅を使えばほとんどタダで作ることができる。


粗銅から金銀と銅を分けることが出来る灰吹法は、すっかり我が寺倉家の主要産業になった。だが、これはいずれ伝来し、産業とすることは難しくなる。これに代わる何かを始めなければならないな。


シャベルも同様で、青銅を使って製作する。


山間部が多いと農業に適さない土地が多く、こうして耕さないと全く使い物にならない。ツルハシは土壌が固い場所でも耕すことができるため、農地の拡大が見込めるという訳だ。


俺はその製法を藤次郎に伝えた。


「なるほど、構造はよくわかりました。これを領内に行き渡るよう、生産すると言う訳ですな」


寺倉領は6万石の領地を有しており、その分人口も増えた。農耕に従事する者ももちろん増えたため、これまでのようにはいかない。


「ああ、時間はかかるだろうが、よろしく頼む」


俺は農業器具の方は藤次郎に任せ、移動用の方はもう1人の商人に頼むことにした。


「掃部助様、私めを選んでいただき、大変光栄に存じます」


そう言って頭を深く下げるのは、越前から寺倉領へと移住して商店を営んでいる慶松平次郎だ。


「ああ、お主に頼みたいことがあってな」


待ってましたというように、平次郎が前のめりになる。


「なんなりと」


軽く会釈をし、平次郎俺の目を見つめた。


「これを作って欲しいのだ」


俺は城で書いてきた設計図を見せた。手押し車だ。リアカーのように引っ張る方が楽なのだが、構造上この時代の技術では難しいものがあるのだ。ゴムタイヤを作ろうにもそもそも作り方を知らない。作れたとしてもこの時代の道ではすぐにパンクして使い物にならないだろう。


手押し車は、車体の前部に車輪をつけ、後部の取っ手を持って前に押すことで運搬に大きく役立つ道具だ。ゴムタイヤの方が動かし易いのは間違いないが、手押し車ならゴムタイヤでなくても普通に使うことができる。


これも青銅を使って作る。俺がその構造を伝えると、平次郎はあからさまに目を光らせてその図面を見ているのがわかった。


「これを作れ、と申すのですね」


心なしかニヤッと笑ったように見えた。


「ああ。領内に行き渡る程度の数を頼めるか?」


「かしこまりました。この平次郎、必ずや掃部助様のご期待に応えまする!」


今度こそ笑みを隠せない様子で、口元が曲がっていた。


これからジャガイモを作る。そのために作物が育ちにくい山間部を耕して育てることにした。


まずはもらった分の種芋が育つかどうか、そして本格的な生産は来年からになるだろう。


六角との和睦は1年。やはり野良田の戦いが再戦となるだろう。それまでに軍事面でも改善させなければならない。


だが、軍事面では物生山城でコンクリートでの城壁が作られていたり、硝石がもうすぐ完成する見込みであったりと、順調に進んでいる。


目と鼻の先にある佐和山城の小川壱岐守は異常な程こちらを警戒している。攻め込むわけがないだろう。攻め込んだところで今は勝ち目がないし、そもそも和睦期間中だ。期間が明けるまでは何も手出しはしない。


だが、東からの侵攻は十分考えられる。美濃の斎藤家。攻め込むなら浅井領が1番攻めやすいが、今名目上は六角家の傘下。史実では六角家と斎藤家は同盟を結ぶが、現時点では土岐家を乗っ取った斎藤家を敵視しており、その可能性はない。そうなるのは六角が野良田の戦いで負ける時だ。現時点では、未だ大きな影響力を持つ六角家を敵に回すのは得策ではない。


だからこそ、一番可能性があるのが寺倉家というわけだ。山間部の道を行軍すれば多賀郡に侵攻も可能であり、無視できない存在なのだ。


流民たちを集めて東端に町を作り、砦を建設しているが、戦となったらどうなるかはまだ未知数だ。


六角との戦に備えつつ、東からの侵攻も考えなければならない。斎藤の背後には信長がいるからまだ安心だが、それでも気を抜くことはできない。


これからはどちらと戦になっても大丈夫なよう、細心の注意を払わなければな。





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