領内発展の布石

市が鎌刃城の抜け出した日。共に手を繋ぎ帰ってきた俺たちを見て、家臣たちは大きく胸を撫で下ろした。


市は皆に頭を下げて、謝罪の言葉を述べたが、逆に恐縮させてしまったようで、皆大粒の汗を垂らしていた。


後日信長の帰りを見送ったとき、俺と市の様子を見て「存外にお似合いではないか。市がそこまで惚れるとはな。どうやって落としたのだ?」とつつかれた。市はその言葉に顔を真っ赤にしていたが、本当のことを伝えれば命はなかったかもしれない。俺は冷や汗を背中に流しながら、目を背けて誤魔化していた。


婚姻同盟を結んだその翌日に、婚姻相手を危険に晒したなどと口が裂けても言えない。


ただ、その睦まじい様子は瞬く間に領内に広まり、戦国きってのおしどり夫婦として、長い間町の人々の注目の的になったのだった。



◇◇◇



ーー寺倉はどんな者でも受け入れる。


そんな噂が流れたのは、俺が河原者をこの手で成敗してから1週間が過ぎたころだった。


俺は約束通り仲間全員も受け入れることにした。だが、まだ寺倉領の治安の悪化が懸念されたため、俺は多賀の最東端に河原者や流民たちの町を作ることにした。斎藤家と国境を接するここには守りが必要だったからだ。


衣食住の保証を条件に、兵役の義務を課すことにした。兵農分離を進めている寺倉にとって足りないのは兵士の数だ。兵役を課すことで東の最前線を守ることもできる。兵も増やすことができ、斎藤への備えにもなるのだから、高い投資ではない。


他に居場所のないそういった民は命をかけてでもその地を守ろうと奮起するはずだ。士気の高さにも期待できるだろう。


その噂が広まるのは予想以上で、すぐに領内はもちろん、領外からも押し寄せてきた。数の多さに戸惑ったが、俺はそのほとんどを受け入れることにした。


領外からやってきた者も居場所を持たない者であるため、以前のように周囲の心象悪化をもたらすことはなかった。


「寺倉家砦の町、沼上」泥沼から這い上がった者たちが住む町。そんな名前がついた。この民たちがこれから大きな活躍を見せることになるのだが、それはまだ先の話だ。


そして、なぜか俺はその民たちに衣食住を与えただけで、正直引く程の崇拝を受けるようになってしまった。



◇◇◇



「掃部助様、以前申されていた甘藷なのですが、それらしきものは見つけることができませんでした」


以前頼んでいたサツマイモは見つからなかったようだ。薩摩芋と言うくらいだし、この時代だとやはり厳しかったか。


「そうか……」


俺はあからさまに肩を落とす。ホカホカのサツマイモは食べられないというわけか。


「しかし、芋だと伝えると、こういったものをいただきました。たまたま混じっていたそうでございます。非常に見た目が悪いですが、こんなものが何に使えるというのでしょう。何も収穫がないの拙いと思い、一応貰ってきましたが……」


騙されたのでは?と疑いの様子を見せる勘兵衛。


しかし、その手に乗っているものは俺が前世でよく目にしていたであろうものだった。


「お、おい。それを見せてくれ」


「え、は、はい」


間近で見て俺は確信した。これはジャガイモだ。形は悪いが、どこからどう見てもジャガイモだ。形どころか見た目が悪いのはもちろんのこと、この外見が1番人間が食べるのを拒んでいるんだろうな。


「種芋はあるか?」


種芋を深さ10cmくらいの深さに植えることでジャガイモは育てることができる。


「ええ、幾らか貰ってきましたが……」


「よし!これは良いぞ、むしろ甘藷よりも大きな成果と言えるくらいだ。勘兵衛、大儀であった!」


俺は小さくガッツポーズをした。


「は、はあ」


そんな様子の俺に反して、勘兵衛は未だピンときていない様子。満面の笑みを浮かべる俺を見て、苦笑いを浮かべている。


「これはジャガイモといってな、長く保存がきく“食べ物”だ。ヨーロッパでは毒があると見なされ食用として見られていないが、それは芽を食べてしまったからだ。適切な処理をすれば普通に食べることができる」


用土の管理として土寄せを行なったり、日光に出来るだけ当てないようにする、など当たったりしないよう栽培を進める必要がある。


子供の頃に育てた記憶があるため結構覚えていたことが功を奏した。面倒くさがりながらもなんだかんだでやっていたのがこんなところで役立つとは思ってもみなかった。


ジャガイモは蒸して美味しく食べられる。焼き芋の代わりに食べよう。よし、やる気が出てきた。


年二回に渡って作れるし、栽培も非常に簡易。8月に植えれば12月に収穫できるし、今からでも冬に間に合う。夏だから切断面を作ったりせず、そのまま植える。暑い季節だと腐ってしまう可能性があるからだ。


外見で損してるよな。ジャガイモは。ジャガイモは日本に入ってきたのが確か17世紀に入ってからだから、流石に無理だろうと思っていたから、思わぬ収穫だ。


「……そうなのですな。とてもそうは思えませぬが。いやはや、毎度思いますが、掃部助様はなぜそのようなことを存じておられるのですか? 」


いつものことだ。俺は軽く聞き流す。


「まあそれは良い。とにかく、それを栽培するぞ。先の和睦で大分土地が増えた。だが、これは痩せた土地でも問題なく栽培できる。余っている痩せた土地で栽培してくれ」


「はっ」


ジャガイモは陣中でも応用できるだろう。今からどうやって使うか考えておこう。




◇◇◇




コンクリート。


現代ではごく一般的なものだが、この時代にそんなものはない。


俺は六角との戦いに備え、精製を試していたが、微妙な出来に終わった。石よりはマシ、と言う程度ではこうして原材料を揃えて精製しても大きな意味はない。


基本石灰石10、粘土2、珪石などその他という感じで作られるが、どの比率が1番良いかはその原料の質などで分かれる。そのため、試行錯誤を重ね地道に配合していく必要があるのだ。


混ぜて燃焼させた後、粉状にして水や砂、砂利と混ぜ合わせて作られる。工程自体はそう難しくないが、その質に関しては出来によって大きく変わる。配合によっては脆かったりするため、1番意識しなければならない部分だ。


炭を大量に仕入れ、何度も試作を重ねた。


そして7月に入り、ようやく納得いく硬度のコンクリートができた。


これを城や砦、ダム湖に使えば、耐久性は飛躍的に上昇する。


長い間試作を重ねた結果だが、もうこんな手間のかかることはしたくないな。知っていた知識だけでこういった一筋縄では作れないものを試すのは無しにしよう。資源も無限ではない。


現代のものには遠く及ばないが、コンクリートをなんとか完成させることができたのは、防衛に大きく役立つことになるだろう。


これを機に、物生山城の改築がついに始まる運びとなった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る