寺倉郷防衛計画① 印地隊

「では、鎌刃城の強化についてはこのくらいにして、次は寺倉郷の防衛策について考えるとしよう」


「正吉郎様。私見ではございますが、六角の背後には敵対する三好家がおりまする。それ故に、寺倉家に兵を出している間に背後から三好家に攻められる事態を、六角は最も恐れていると存じまする。となれば、六角は長期的な戦は避けたいのが本音ではないでしょうか」


光秀の私見は正に正鵠を射ていた。確かに六角の立場に立てば、すぐに分かりそうなことじゃないか。どうやら鎌刃城の青銅柵は無駄になってしまいそうだな。だが防備を固めておくのはやるに越したことはない。戦に絶対はないのだ。


「なるほど、敵の立場に立って考え、敵の動きを読むのは戦略の基本だな。私が六角左京大夫の立場であっても、十兵衛の申すとおり三好家の動きを恐れるであろう。であれば、観音寺城から遠く離れ、堅城で攻めるのに時間を要する鎌刃城よりも、近くにあって防御力が無きに等しく、寺倉家の財政基盤である寺倉郷を狙おうとする可能性が高いと見るべきだな」


「はい、正しくその通りかと存じます。確かに、六角左京大夫の傲慢な性格からすれば、わざわざ苦労して鎌刃城を落とすよりも、繁栄する寺倉郷を手っ取り早く奪い取り、我が物にしようと考えるのは間違いありますまい」


ここにいる6人の中で六角義賢の性格を最も良く知る浅井巖應が、俺の考えを補強するように発言すると、他の者たちも頷いた。


「そうなると、現状では街道の砦しかない寺倉郷を如何に防衛するかが最優先となるな」


「寺倉家の動員兵力は400ほどに増えましたが、それだけでは六角を相手に戦うには足りませぬ。とは言え、傭兵をあまり増やすのも銭が掛かる上に治安の悪化も招きかねず、そうなると、……」


寺倉領では兵農分離により、戦は傭兵と農家の次男や三男、農作業は農家と長男、手工業は女子供と老人、という役割分担が定着している。そして、鎌刃城一帯を手中にした結果、寺倉領の石高は5千石から1万5千石ほどに増え、通常の動員兵力も400ほどになった。


「……また寺倉郷の領民たちを総動員するしかないか」


現状の兵力について述べる大倉久秀に俺が言葉を繋ぐと、皆が苦悶の表情を浮かべる。久秀の言うとおり兵力が全然足りないのは事実だ。分かってはいたことだが、改めて現状の厳しさを実感する。


「鎌刃城の戦い」では父の暗殺に逆上した俺が前後の見境を失くして、寺倉郷の成人男性全員を召集する臨時徴兵令を発令して動員を行ったが、農家の男が戦死すれば、農家にとっても寺倉家にとっても大きな痛手となる。実際に10人ほどの戦死者が出てしまったのは俺の責任だ。


「では、まず寺倉郷防衛についての基本的な考え方を述べよう。籠城戦となる鎌刃城ならば、大軍相手に寡兵でも守りやすいだろうが、板ヶ谷にある寺倉郷は大軍では攻めにくい山間部とは言え、山城がある訳でもなく、あるのは関所を兼ねた小さな砦のみで丸裸同然だ。砦を突破されれば六角軍が寺倉郷に雪崩込むだろう」


俺が一旦言葉を切って見回すと、耳を傾けていた5人は揃って頷いた。


「そうなれば、いくら我らが鉄砲で市街戦で抵抗しようが、多勢に無勢で無辜の領民たちが大勢殺され、あっという間に制圧されてしまうのは明らかだ。……したがって、寺倉郷を防衛するためには、我らは六角軍を寺倉郷の中には絶対に入れずに、寺倉郷の手前で撃退しなくてはならない。それを大前提にして考えてくれ」


「つまりは、六角軍を殲滅できずとも、寺倉郷の手前で撤退させるための戦術を我らで考えるという訳ですな」


堀秀基がそう言うと、5人は「ううぅむ」と唸り声を上げながら考え込み、しばしの沈黙が訪れる。


六角軍との兵数差を考えれば、領民たちを動員するのは避けようもない。だが、領民たちに槍や刀を持たせて戦わせたところで、徒に死者を増やすだけだ。危険度を考慮すると、街道を行軍する六角軍を両側の山の高所から奇襲に近い形で攻撃する部隊を編成し、領民たちの戦死のリスクを減らすのが望ましい。


そうなると、弓や鉄砲のような遠距離攻撃に特化させたいが、かと言って弓も素人では矢を的に当てるどころか、前に飛ばすこともできないし、鉄砲も数が足りない。チート知識でクロスボウを作りたいところだが、俺は詳しい構造を知らないので今から試作しようとしても春までに間に合わないだろう。ならば、残る手は一つしかないな。


「よし、女子供や老人の非戦闘要員を集め、印地隊を編成しよう。街道の両側の高所から投石を行うのは、武器を扱ったことのない非力な者でも容易かろう」


印地とは小石を投擲する攻撃のことだ。たとえ子供が投げた小石であっても、頭に当たれば大人でも怪我を負うし、出血や脳震盪を起こし、最悪は死に至らしめる。投石が凶悪な殺傷力を有するのは想像に難くないだろう。


そして、印地の長所は殺傷力以外にも、弓矢や鉄砲と違い、コストがほぼゼロであり、どこでも補給できること、さらには女子供や老人の素人でもそれなりに攻撃できるという点だ。もちろん熟練した印地兵はかなりの遠距離でも正確に標的に当てられるそうで、戦国時代ではほとんどの大名も専門の印地部隊を擁しているほどだ。


あいにく寺倉家は専門の印地部隊を持っていないが、寺倉郷に通じる道は街道とは言っても非常に狭い。幅は4~6m程度で、荷車がギリギリ擦れ違えるという程度の幅しかない。そんな狭い道を行軍する六角軍の隊列は長く伸び、山の高い所から投石が雨のように降り注げば、「下手な鉄砲も数撃てば当たる」はずだ。


つまりは印地は非常に単純な攻撃手段だが、凶悪な一面を秘めているのだ。もちろん印字だけで敵を殲滅できるとは思っていない。敵兵を殺すというよりは負傷させたり、六角軍の混乱を誘い、敵兵の士気を下げる戦術という側面が強いだろうな。


「印地隊にございますか。銭も掛からず、冬の間に領民たちに訓練させれば、かなり有効な策になるかと存じまする」


すると、俺の提案に植田順蔵がすぐさま賛同するのを見て、俺は少し意外に思って訊ねた。


「順蔵、志能便は印地を使っておるのか?」


「はい。我らは手元に何も持たずとも戦わねばならないことが多くございます故、印地は日頃から全員が訓練しておりまする」


志能便をアピールする機会だと考えたのか、普段は物静かな順蔵がやや饒舌に説明する。


「なるほど、そうか。では、冬の間に志能便の手の空いている者を使い、領民たちに印地を教えて鍛えてくれ。そうすれば素破を蔑む領民も減るであろう」


「ははっ、承知仕りました。左様な心遣いまでしていただき、誠にかたじけなく存じまする」


「気にせずとも良い。そうだな、無事に六角軍を撃退できたならば、印地が特に上手い者たちを集めて、専門の印地部隊を作るのも良いだろうな」


「はっ、正吉郎様のご期待に沿えるよう、必ずや領民たちを立派な印地打ちに鍛えてご覧に入れまする」


順蔵は力強い口調でそう言うと、深々と平伏した。

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