正月と人事発令

近江国・鎌刃城。


「正吉郎様。新年おめでとうございまする」


「「「おめでとうございまする」」」


永禄2年(1559年)1月1日。大倉久秀の挨拶に続いて、重臣たちが一斉に新年の挨拶を唱和した。


今日ばかりは鎌刃城の大広間に重臣たちが勢揃いし、大倉久秀、中藤権作、松笠勘九郎、箕田勘兵衛、西尾藤次郎に加えて、末席には堀秀基、明智光秀、植田順蔵、浅井巖應も新たに加わっている。寺倉郷代官の初田秀勝だけは寺倉郷の守りのため、ここにはいない。


「うむ。新年おめでとう。今年も寺倉領の発展のために皆の忠勤を期待しておるぞ」


「「「ははっー」」」


「ではここで、昨年末に新たに寺倉家の家臣となった者たちを改めて紹介しよう。まずは堀遠江守」


堀秀基は俺の留守中に鎌刃城の留守居を任されていたため、既に家中には知られているが、他の3人は初めて会う者が殆どであるため、改めて一緒に紹介することにした。


「はっ、堀遠江守秀基と申します。鎌刃城攻めでは敵として戦いましたが、どうかご容赦くだされ」


「堀遠江守には財政担当官を任じ、寺倉家の財政面を任せる」


秀基が凛とした声で挨拶すると、俺は秀基を『財政担当官』に任命した。


「ははっ、承知仕りました」


「次は明智十兵衛」


「私は明智十兵衛光秀と申します。美濃の出にございますが、国を追われて越前にて殿に出会い、その度量の大きさに心服し、仕官させていただきました」


知将に相応しく、光秀は悠然とした物腰で自己紹介して一礼する。


「明智十兵衛には一乗谷で危ないところを助けられた。十兵衛は文武両面の才を有しておる故、政務では参謀として私を補佐し、戦時では副将格の軍師として期待しておる」


「はっ、誠にかたじけなく、全力を以って励みまする」


俺は光秀を『副将兼参謀』に任命すると、光秀は予想外の待遇に驚いて平伏した。


「次は植田順蔵綱光」


「拙者は植田順蔵綱光と申します。志能便と申す素破の棟梁にございまする」


順蔵がそう自己紹介すると、一部からザワザワという声が上がった。


「今後、我らが生き残るためには、敵の動きを事前に掴み、先手を打つことが何よりも肝要だ。世間では素破の身分は低く、蔑まれておるが、寺倉家では左様な扱いは一切せぬ。良いか、素破を見下す者はこの私が許さぬ故、確と心得よ!」


「「「ははっ」」」


一部は浮かない顔つきであったが、日ノ本全体に根強く浸透している素破への差別意識は、そう簡単に解けるものではない。こればかりは地道に月日をかけるしかあるまい。


「順蔵には諜報担当官を任ずる。戦に勝つのも志能便の力に掛かっておる。頼んだぞ」


「ははっ、ありがたき幸せに存じまする。う、ううっ……」


『諜報担当官』の役職に任じられた順蔵は感激したのか、嗚咽を漏らしている。さて、問題は最後の男だな。


「最後に浅井玄透斎」


「はい。私は浅井玄透斎巖應と申します。ご覧のとおり出家の身でございますが、以前の名は浅井宮内少輔久政と申しまする」


「「「「なっ、何だと!!」」」


案の定、浅井久政の名を聞いて、俺の越前行きに同行した者以外の全員が、血相を変えて腰を浮かせた。


「皆様方には寺倉蔵之丞様の仇と恨まれるのは承知しております。私は自分の罪を償うため、寺倉様にご無理をお願いして寺倉家臣の末席に加えていただきました。どうか宜しくお頼み申しまする」


「皆の者の心中は分かっておる。だが、他の誰でもない。この私が浅井巖應を許したのだ。本当の仇は六角左京大夫である故な。これからは巖應には内政担当官として農業や商業など内政面で力を発揮してもらいたい。期待しておるぞ」


俺は巖應を『内政担当官』に任命して、強引に皆を納得させる。とは言っても、皆に溶け込むまで時間が掛かるのは仕方ないだろうな。しかし、巖應は曲がりなりにも浅井家の前当主であり、領国経営には多彩な才を備えていると知っている。皆に認められるよう、暫くは辛抱して励んでほしい。


「ははっ、身命を賭して励みまする」


「そして、大倉源四郎には陣中指揮官を命じる。これは平時は常備兵を鍛え、戦時に俺の陣代として兵を率いてもらう役目だ。これまで以上に源四郎の槍働きに期待しておるぞ」


「ははっ、ありがたき幸せ。いつか必ず拙者の槍で六角左京大夫を討ち取って見せましょうぞ!」


寺倉家随一の猛将である大倉久秀は『陣中指揮官』だ。戦では当主の俺が大将ではあるが、久秀はさしずめ軍事司令官といったところだな。兵を最前線で統率してもらいたい。


俺は光秀たちを家臣にすることができたのを機に、政務の役割を分業化し、その頂点に大臣に相当する担当官を置くことにした。俺の構想ではあと1人加えて、「寺倉六芒星」という名の重臣6人衆としたいところだ。


それ以外にも、初田秀勝は寺倉郷代官に任命済だが、今回新たに、中藤権作は桃原城城代、松笠勘九郎は男鬼入谷城城代に任命した。2つは小城ではあるが、鎌刃城と寺倉郷を結ぶ重要な中継拠点となる城だ。しっかりと城を整備して守備してもらいたい。


俺が人事異動を発表し終えると、次はいよいよ新年の祝宴だ。皆の前に御馳走の膳が運ばれると、俺の乾杯の音頭で酒宴が始まった。今日は思いっきり飲んで食べて英気を養ってほしい。




◇◇◇




翌1月2日。初雪は例年どおり年末に降ったが、今朝起きると一面の雪景色だった。小氷河期に当たる戦国時代は、前世と比べると厳冬だ。これから一層寒くなるだろう。春に予想される六角家の侵攻を阻止すべく、今の内にできることは全てやっておかなければならない。やるべきことはたくさんあるのだ。


「今朝は一段と冷えるな。皆、二日酔いなどしておらぬな?」


「正吉郎様、無論にございます。あの程度の酒で二日酔いになどなるはずがございませぬ。はっはは」


俺が5人の重臣たちに挨拶の言葉を掛けると、大酒飲みの大倉久秀が豪快に笑い飛ばす。まあ、久秀は"うわばみ"だから大丈夫だとしても、他の4人も問題ないようだ。


寺倉家では一般的な議題については定期的に評定を開いて決定しているが、俺は昨日、担当官に任命したばかりの重臣5人を集め、重臣会議を開くことにした。言うなれば寺倉家の「閣僚会議」だな。


「皆、これから極秘を要する重要事項は評定ではなく、この重臣の合議で検討するつもりだ。無論、内容については許しがない限りは他言無用だ。良いな」


「「「はっ」」」


「さて、蒲生下野守殿から届いた文によると、六角左京大夫は雪解け後の春には兵を集めて寺倉家を討伐すると息巻いておるそうだ。父上を暗殺させた自分の奸計によって鎌刃城を奪われる羽目になったのだ。六角家の面子に懸けても放ってはおけぬのだろう」


「正吉郎様。六角左京大夫の傲慢な性格からすれば、六角家は間違いなく春には攻め寄せて参りましょう。寺倉郷に攻め寄せようと、ここ鎌刃城であろうと、双方とも対応できるようすべきかと存じます」


さすがは軍師だ。光秀は俺の思惑を理解し、皆の思考を誘導するのに長けているのが感じられる。


「うむ、十兵衛の申すとおりだ。そこで今日は我ら6人で意見を交わし、六角家の侵攻への対策を練りたいと思う。春まで残された時間は少ない。寺倉家の命運をも決める場となる故、心して臨んでほしい」


「「「はっ」」」


俺の言葉を聞いた瞬間、覚悟を決めた5人の重臣は真剣な表情に変わっていた。

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