越前訪問① 本拠地移転と出立
慶松平次郎と出会った翌日、蒲生定秀からまた手紙が届いた。中を読むと、六角家では鎌刃城が落とされたと知った六角義賢が激怒し、寺倉家を討つと言い出したが、重臣たちの猛反対により今すぐの出陣は見送られたそうだ。だが、来春には強引に出陣する可能性があるので用心すべし、と書かれていた。
自分の奸計が原因で鎌刃城を奪われたのは義賢の自業自得なのだが、おそらく飼い犬に手を噛まれたような心境なのだろう。義賢は自分の悪行は棚に上げて、腸が煮えくり返った様子だったらしい。
いずれ寺倉郷か鎌刃城に攻めてくるのは俺も覚悟している。ただ、今は来春まで時間を稼ぐことができるだけでも心底ありがたい。六角軍の来襲までに防衛体制を整えるしかない。そのために俺はこれまで内政改革と軍備増強を図ってきたのだからな。
12月10日、俺は家族と一緒に鎌刃城へ引っ越した。寺倉郷の領民たちにも移住を募ったところ、3割ほどの領民が移住を希望した。おかげで領内の街道は民族大移動のような荷物を背負った人と荷車の列で一杯となった。
鎌刃城下からは東山道を通れば、すぐに琵琶湖に出られる距離なので、本拠の移転に伴い、輸送に手間が掛かる千歯扱きや唐箕の生産は鎌刃城下に移すことにした。一方、返碁や洗濯板は軽くて子供でも作れるので、寺倉郷と鎌刃城下の両方で生産する予定だ。
それと、灰吹法は鎌刃城内に専用の作業場を設けたので、機密漏洩の心配も減りそうだ。一方、硝石作りの小屋は寺倉郷の山中にあるので移転は不可能だが、鎌刃城下でも硝石作りは始めるつもりだ。小屋には何度か視察に行ったことがあるが、小屋はアンモニア臭が酷いので、鎌刃城下でも山中に作るべきだろうな。
◇◇◇
近江国・鎌刃城。
鎌刃城に居を移した翌日、俺は急いで越前を訪ねようと決意した。
毎年、近江では12月下旬には雪が降り始めるが、豪雪地帯の越前ではもっと早いかもしれない。年越しを迎えれば間違いなく積雪するはずだ。俺は年明けでは遅いと考え、積雪する前の年内に帰って来れるように、このタイミングで出発しようと決めたのだ。
「ということで明朝、越前に出立する。私の留守の間、鎌刃城の守りは城を知り尽くしている堀遠江守に任せる。六角が攻め込んでくることはないとは思うが、何があるか分からぬ故、用心だけは怠るなよ」
鎌刃城は傷ついた城門や城壁を最優先で修築し、さらには櫓を増改築した結果、以前よりもさらに強固な城となった。今もまだ改築は続いており、日増しに要塞化されつつある。
「はっ! 畏まりました」
堀秀基は鎌刃城の隅々まで知り尽くしている。俺の奇襲によって城を落とされた反省からか、二度と落とされないため鎌刃城の弱点を虱潰しに改修し、城兵の訓練も怠っていない。彼に任せておけば留守中に鎌刃城を奪還されることはないだろう。
「初田秀勝には寺倉郷の代官を任せたが、松笠勘九郎と中藤権作には堀遠江守と共に鎌刃城の留守を任せる。宜しく頼んだぞ」
「「ははっ! お任せくだされ」」
勘九郎と権作の2人が返事をする。
今回の越前訪問は言うまでもなく、平次郎から聞いた明智光秀と志能便を配下に引き入れるのが目的だ。光秀にはどうしても謀反の印象が付きまとうが、俺の個人的な考えでは織田信長に領地である丹波を召し上げられた挙句に、毛利領を切り取り次第と言われて山陰方面軍の軍団長を命じられ、堪忍袋の緒がプッツンと切れたのだろうと推測している。
前世で言えば、ブラックな企業で過労死寸前まで働かされたエリート社員が、報酬を反故にされた怒りで悪徳社長を闇討ちしたようなものだ。妻との逸話が真実ならば、光秀は情愛の深い実直な性格で、決して自ら望んで謀反を企むような腹黒い男ではないはずだ。
「鎌刃城の戦い」で初陣を果たしたとは言え、俺は戦の経験や知識が少なすぎる。どんな状況でも冷静に戦術を練ることの出来る優秀な軍師が俺には必要なのだ。
それと、一乗谷ではついでに朝倉家にも挨拶しておこうと考えている。寺倉家からすれば身分違いの大大名だが、浅井家は先々代の浅井亮政の代に朝倉家と同盟を結んでいる。朝倉家は加賀一向一揆に手古摺っており、近江に関与できる状況ではないため、浅井家は六角家の侵攻を防ぐ障壁という存在だったのだろう。
寺倉家は弱小国人ではあるが、"商人の町"の寺倉郷の名は一乗谷にも伝わっていると慶松平次郎から聞いた。浅井家と同盟を結んだからには、返碁の高級品を手土産にでもして、間接的ではあるが友好関係を築いておくことに越したことはないだろう。帰り道には年末の挨拶として浅井家の小谷城も訪ねるとしようか。
「越前への供には、勘兵衛と源四郎、それと藤次郎を連れていく」
側仕えの箕田勘兵衛は当たり前だが、最も剣の腕が立つ大倉久秀は道中の護衛役として、商人出身の西尾藤次郎には宿や食事の手配など雑用を頼むつもりだ。
「「ははっ!」」
勘兵衛は当然といった表情で、久秀と藤次郎は嬉しそうな顔で返事をすると、翌12月12日の早朝、俺は鎌刃城を出立したのだった。
◇◇◇
越前国・一乗谷。
俺たちは鎌刃城を出立して北国街道を北上し、5日目の12月16日の昼頃にようやく一乗谷に到着した。
初めて見る一乗谷だが、"北の京"と呼ばれるのに相応しく、寺倉郷よりも遙かに街の規模は大きく、多くの人で賑わっている。一乗谷は朝倉家の本拠である城下町だが、90年近く前にできた比較的新しい町だ。
「寺倉様!」
大通りに面した店から声が掛かって振り向くと、そこには慶松平次郎の顔があった。
「おぉ、平次郎ではないか。一乗谷に戻っていたのか。ここが慶松家の店か?さすがは大店と言うべきか」
「左様ですが、大した店ではございませぬ。雪が降る前に戻りませぬと、正月を一乗谷で迎えられなくなります故。……それはそうと、寺倉様は例の人探しにございますか?」
「そうだ。今はこれから朝倉家へ挨拶に伺うところだ」
「では、時間ができましたら、いつでも店にお立ち寄りください。お待ちしておりまする」
「ああ、分かった。いずれ立ち寄らせてもらおう。ではな」
平次郎にそう返事をすると、俺は朝倉屋敷に向かって歩き出した。
◇◇◇
「若いのになかなかの人物だな」
正吉郎が去ると、店の奥から初老の男が現れた。店の主人、2代目・慶松太郎三郎である。
「父上、あの御方が寺倉正吉郎様です。いらしたのならご挨拶すれば宜しかったのに」
「平次郎は童だった故、知らなんだか。朝倉左衛門督(義景)様は六角家からの養子なのだ。故に御用商人の儂が寺倉様に挨拶するのを知られてみろ。どうなるか分かるであろう?」
「えっ、それでは寺倉様は!」
「平次郎、早く行って寺倉様をお止めするが良い」
「は、はいっ!」
太郎三郎がそう言うと、平次郎は正吉郎が去った方へと一目散に駆け出すのであった。
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