鎌刃城夜襲② 出陣
俺は鎧を身に着けた重臣たちが並ぶ大広間の上座に腰を据えた。
「皆の者。よく集まってくれた。これより我らが向かうのは浅井家の鎌刃城である」
江北では鎌刃城の堅牢さは知れ渡っており、重臣たちからザワザワとどよめきが起こる。
「案ずるな! 確かに鎌刃城は堅古な城だが、必勝の策がある。"神童"たる我が必ずや勝利へ導いて見せようぞ!」
「「ははっ」」
掴みは完璧だな。俺は間髪入れず戦術の概略を告げる。
「此度の戦は夜襲による城攻めだ。今より山道を行軍し、明朝の未明、城兵が寝静まっている頃に鎌刃城を攻める。鎌刃城の南東と西に位置する2つの攻め口を同時に攻めるが、これは陽動だ。城兵を引き寄せ、その背後で別働隊が裏手より攻め入るのだ。……源四郎、裏手より攻める役目はお主に任せる」
猛将の大倉源四郎久秀は、父の死に酷く悲嘆に暮れていたが、俺が父の弔い合戦をすると聞くと、必ずや浅井家に報いを与えんと躍起になっていた。俺は全幅の信頼を以って久秀を指名した。
「はっ! この大倉源四郎、必ずや成功させて見せまする」
そして、鎌刃城の南東と西から攻め込む2部隊の将には松笠勘九郎元春と中藤権作亮嗣政を任命した。2人とも父の代から仕えてきた譜代の重臣だ。俺は軍事面では初田三郎左衛門秀勝と大倉久秀を加えた4人を最も信頼し、部隊の将を任せている。
初田秀勝には少人数の偵察部隊を任せ、既に先行して鎌刃城に向かっている。今回は寺倉郷の留守居役に残す余裕はなく、全兵力を以って攻め込むのだ。
「この戦に勝利した暁には、寺倉家は六角家の軛から解き放たれ、独立を手に入れることができよう! すべてはお主らの働き次第だ。心して掛かれぃ!」
「「応ーっ!!!!」」
◇◇◇
「では、母上、近時丸、阿幸、行って参ります」
「「ご武運をお祈りしております」」
日没直後の酉の刻過ぎ(夜7時)、俺は家族に出陣の挨拶を済ませると、屋敷の外に集まった将兵の元へ向かう。いよいよ出陣だ。
松明が灯される中、居並ぶ500人の将兵の視線が一斉に俺に注がれる。
「皆の者! これより向かうは鎌刃城だ。月明りの行軍の後、夜襲により明朝までに城を落とす! これは父上の弔い合戦だ! 正義は我にあり。絶対に勝つ! 出陣だ! えいっ、えいっ、応ーーっ!」
「「えいっ、えいっ、応ーーっ!!!!」」
固唾を飲んで見つめる全ての将兵の耳に届くよう、俺は声を響かせ鼓舞した。
一瞬の沈黙の後、目前の将兵たちは俺の強い意志と覇気が通じたように湧き立つと、鎌刃城へ一路進軍を開始した。
◇◇◇
11月29日、子の刻(午前零時)。
寺倉軍の兵500は整然と鎌刃城に向けて進軍していた。月明りの下での険しい山道の行軍であったが、将兵の士気は高く、隊列は乱れることなく、そして声を漏らすことなく迅速に進んでいた。
途中、かつて京極家の城として使われていた桃原城と男鬼入谷城を接収した。桃原城は多賀と上石津を結ぶ杉坂峠を押さえる、阿弥陀峰にある山城だ。今は廃城となって人影はないが、登ってくる敵を迎撃するために作られた砦という印象だ。規模や立地からして、有用性が低いと判断されたのだろう。
もう一つの男鬼入谷城は、鎌刃城に至る林道の中途にある高取山城とも呼ばれる城だ。この城は山頂部に多くの曲輪を持ち、尾根部分にも堅固な防御機能を備えた巨大な城郭であるものの、東山道から十里以上も離れた山中に孤立している城だ。そんな場所になぜ城郭があるのか。それは内訌を契機に浅井亮政によって北近江の主権を簒奪された後に、京極家の兄弟が戦いを繰り広げた地であるからだ。
兄である京極高延は、六角家の支援を得た京極高吉に対し、かなりの劣勢を強いられていた。そこで後盾のない高延が挑んだのが、険しい山間の地形を利用したゲリラ戦である。その拠点として、巨大な城郭を人気のないこの場所に築いた。
いくら巨大な山城とはいえ、京極騒乱が終結を見た現在、寺倉郷のように山間にありつつも街道が南北に走っているわけでもなく、人家すら全くないこの地に利用価値を見出すはずもない。結果的にそのまま廃城となっているのが現状だ。
鎌刃城は寺倉郷から距離が離れているため、この2つの城を得ることにより、寺倉郷と鎌刃城を円滑に結ぶ中継拠点として利用する狙いがある。尚早な考えだが、もし寺倉郷が敵の手に落ちることになれば2つの城を拠点とし、京極高延のようにゲリラ戦を展開することも念頭に入れる必要はあるだろう。
寺倉軍はさらに北上し、鎌刃城に着々と距離を近めつつあった。鎌刃城には南東、北西、西の尾根の三方向に曲輪や堀切が連なっているが、寺倉軍が進軍してきた滝谷林道から攻め入ることができるのは、このうちの南東と西の2つだ。
浅井家は再び六角家の従属下に入り、当面は攻め込まれることはないと警戒感が薄れているはずだ。この作戦は何よりも速攻性が重要だ。何としても浅井家が援軍を差し向ける前に落とさなければならない。
鎌刃城の500mほど手前の少し開けた場所で、偵察部隊を率いて先行していた初田秀勝と合流した。俺はここに本陣を設け、諸将を集めて軍議を開くと、秀勝から偵察結果が報告される。
「物見によると、鎌刃城の城兵は100人余りと少なく、夜番の見張りの兵も油断しきっておりまする」
「そうか、大儀だった。狙いどおりだな。では、源四郎、お主の別働隊は此度の戦の要となる役目だ。頼んだぞ」
大倉久秀は少し気負っているように見えた。俺はわざと重圧を加えるような言葉を掛けると、久秀が唾を飲み込む音が聞こえた。余計な緊張が解けたのか、久秀の口元は既に緩く弧を描いている。
「はっ、必ずや成功させて見せまする」
俺は拳を前に押し出す。自然に出た仕草だったが、意思は伝わったようだ。久秀は大きく頷くと、踵を返した。
西の尾根に松笠勘九郎、南東の尾根に中藤権作を配置しているが、俺は鉄砲隊を率いることになっている。鉄砲隊は初の実戦投入で俺が初陣であるため、護衛役を任せた初田秀勝の背後に構え、攻撃の機を見計らう心積りだ。
◇◇◇
「矢を放てーーぃ!!」
中藤権作の声が静まり返った山の木々に跳ね返り、異様な余韻を醸し出す。将兵はそれを鐘声として息を殺しつつ矢を放った。矢が木造の城門に突き刺さると、朱と金色が混じた豪壮さすら感じさせる巨大な猛炎が忽ち延焼し、門全体を包み込む。兵が放った矢とは即ち「火矢」である。
鎌刃城の城門には物見を兼ねた初田秀勝配下の兵に、石鹸を作るために溜め込んでいた獣脂を塗りたくらせていたのだ。火と油は猛火を生み出す。
派手に城門を炎上させたのは、大倉久秀の別働隊の動きを察知されないためだ。火の手が上がった瞬間、当然ながら鎌刃城の城兵は何事かと、続々と曲輪へ集結しつつあった。城門に火をつけたのは、あくまで陽動に過ぎない。
大倉久秀は鎌刃城の構造に関して寺倉家中で最も詳しい知識を持っていた。というのも、父の代からの重臣である久秀は、以前より鎌刃城主の新庄遠江守久基とは個人的な交流があり、久秀は何度か鎌刃城を訪ねたことがあったのである。
その際、久基は友人の久秀に裏口の存在を特に隠そうともしなかったため、久秀は鎌刃城の構造を熟知することになった。この裏口を突く作戦が今回の鎌刃城攻めの根幹を成しており、久秀は旧友との戦となるも、手を抜く様子は一切見せていない。さすがは寺倉家随一の猛将である。
久秀は別働隊を率い、青龍の滝より菜種川沿いに続く小道から折れる、鎌刃城の裏口を迷いなく進んでいた。裏口は主郭に通づる2つの攻め口の結節点に繋がっている。そして、卒爾として久秀の歩みが止まる。
「源四郎、一別以来だな。よもや敵として貴様と相見えようとは思わなんだぞ」
久秀の前に現れたのは、鎌刃城城主・新庄遠江守久基であった。
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