第一章 第十話 魔女の力
カオルさんは、駅から離れていき、すいすいと迷いなく歩いていく。
歩きながら、カオルさんは言葉を落としていく。
「ヒロは、中学生?」
「はい。三年です。」
「受験?」
「そうですね。まぁ、期末テストはこの前終わって、もう夏休みなんで。」
「勉強あるのに、悪いわ。」
「高校は行けるところに行こうかなって。ガリガリ勉強する気もないんで大丈夫ですよ。」
「そうなの?」
「自分の将来とか、あんまりわかんなくて。とりあえず、なんとなくでいいかなーって。」
僕は笑いながらそう言った。
「そう。私は、制服がないところが良かったの。それで高校を選んだ。」
「制服がないところですか⁉なんか自由そうでいいですね。」
「制服がなくても、学校というのはせまいところよ。」
「せまい、ですか?」
「せまくて、苦しい。窮屈で、退屈なところ。みんな同じが好まれる。学校って、そんなとこ。……着いたわ。」
そこは公園だった。
一本の大きな木が植わっている、ブランコと滑り台があるだけのこじんまりとした公園。
僕が知らない、公園だった。
「手を貸して。魚の話を聞きに行くの。」
「へ?」
女の人と手なんてつないだことがなくて、動揺する僕の右手を、カオルさんの白い手がそっと握った。
「参ります、参ります。川の流れのあるところ。水の声が聞こえるところ。彼らの願いのあるところ。我が名はカオル。魔女の名継ぐ者。印の地へと、参ります。」
カオルさんはそう言いおいて、一歩、公園へと踏み込んだ。
つられて僕も、一歩踏み出す。
「わっ!」
途端、強い風が吹きつけて、思わず目をつむってしまう。
「着いたよ。」
離される手の気配と共に、カオルさんから声がかけられる。
恐る恐る目を開けると、目の前に大きな川が流れる土手に来ていた。
「へ?」
まるで、シショーと出会ったあの日のような、不思議な体験だった。
「私は魔女の弟子だから、こういうことができるの。ヒロも、条件次第ではできるはずよ。」
「そ、そうなんですか……。」
ははは、と僕は乾いた笑い声を上げるしかできない。
「まずは情報を集めることから。ヒロ、眼鏡とってごらん。」
言われるまま、眼鏡をはずす、と。
「うわぁぁぁっ!!!」
巨大な影が、川の中から顔を出すような形で目の前にいた。
「な、なんですか、この大きな黒いものは……⁉」
「黒いもの?」
きょとりと、カオルさんは目を瞬いた。
「よく視てごらん。視ようと思って、視てごらん。私がいるから大丈夫。」
「み、みる……。」
言われた通り、その影、黒いものをじっと視る。
視ようと思って、よくよく視てみる。
すると、それは形を持ち始めた。
輪郭は楕円のような、曲線を描いて、
表面はびっしりと深い青の鱗でおおわれている。
ぎょろりと大きな目玉が僕をとらえて、僕を一飲みできそうなほどに大きな口をぱくりと開けた。
「なんじゃぁ、魔女の。」
低く、腹に響く声で魚は言葉を発した。
魔法使いの弟子なんだ hayaseRyou @hayaseRyou
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