ただいまディープフェイクウイルスが蔓延しています
ちびまるフォイ
こんなのはディープフェイクウイルスの妄言
「早く外部接続を切れ!!」
「だめです! 間に合いません!!」
最先端のテクノロジー開発をしているダイジョーブ研究所から
『ディープフェイクウイルス』が世界へと流出してしまった。
ディープフェイクウイルスはあらゆるデジタル網に感染。
電子メールの文面を勝手に書き換え、
電話の音声を勝手に作り変え、
投稿された動画へ勝手な加工を施してゆく。
「所長……。この流出を早く全世界に報道しましょう。
できるだけ早くこの事態を知ってもらわないと」
「バカ言うな。一体どうやって知ってもらうというのだ」
「それは、たとえば……SNSやテレビのニュースで」
「それらはディープフェイクウイルスがすでに感染している。
こちらが伝えても、感染して、間違った情報で伝わるだろう」
「だったら論文や注意事項を紙で書きましょう!
それを渡して広く伝えてもらうんです!」
「それもダメだ。加工されない紙文書で伝えても、
それを読んだアナウンサーの音声がディープフェイクで嘘になる」
「だ……だったら、画像を撮って……。
ってダメですよ。画像もディープフェイクされちゃいますか」
「世界中にディープフェイクウイルスが感染してしまった以上、
我々に残された手段は"アナログ"だけだ」
研究員たちはこの非常事態を伝えるべく立ち上がった。
自分たちでディープフェイクウイルスの資料を作成し、
反転させた木に押し付け版画を作るように何枚も紙を作る。
「不便ですね……ワープロ使えないとは」
「コピー機もディープフェイク感染しているからな。
カーボン紙を使って手書きコピーするよりはいいだろう」
ディープフェイクウイルスの資料は町の掲示板などにはりつけて回った。
最初はヤバめの新興宗教だと思われたが、
SNSをよく利用する人ほど「自分の意図していない投稿」が乱発される違和感に気づき
ディープフェイクウイルスの存在はしだいに広まっていった。
「所長、やりましたね。全国回るのは苦労しましたが
ディープフェイクウイルスが知れ渡りましたよ」
「ああそうだな」
「今じゃ町のあちこちに"伝言板"ができています。
XYZってよく見るんですが、何かの暗号でしょうか」
「しかし……こうして対面でしかやりとり出来ないのは不便だな」
「そうですね所長。昔の人はこんなふうに暮らしていたんでしょうか」
「かもな」
「所長。たまには家に帰ったらいかがですか?
奥様が心配されてるんじゃないですか」
「ディープフェイクでスマホも使えなくなっただろう。
家に帰ればせきをきったように話し出すから辛いんだ。
対面だからこその負担も大きいと感じるよ」
「しょ、所長……?」
「どうしたかね、助手君」
「所長の顔が……顔が……!!」
「私の顔がどうしたっていうのかね」
鏡を見ると顔の半分が異様に怒った顔をしていた。
自分の意思とは別に表情が出ている。
「こ、これは……まさかディープフェイクウイルス!?」
「所長。ディープフェイクウイルスは電気パルスのウイルス。
それがまさか人体に入ってしまったんじゃ……」
「なんてことだ! そうなったら私達の体や行動も
すでにディープフェイクウイルスで勝手な行動を強いられるかもしれないぞ!!」
助手はその言葉に恐怖を覚えた顔で答えた。
「いやだなぁ、所長。それはさすがに考えすぎですよ」
「助手くん! 君もすでにディープフェイクウイルスへ感染している!
顔と言葉の整合性が取れていないぞ!?」
「ちがうんです! 僕は感染などしていません!」
「くそっ! もう手遅れかっ!!」
電気世界だけの話だったはずのディープフェイクウイルスが
ついに人体にも影響を及ぼしはじめた。
街ではウイルスの影響で勝手な行動を取らされたあげく
暴力や警察ざたが跡を立たなくなっていく。
しまいには、自分の意思であるにも関わらず
『ディープフェイクウイルスに動かされた』と言う人もいる。
「なんてことだ……これではもう何も信じられなくなってしまった……」
今までは対面や加工できないアナログなものなら大丈夫だと思っていた。
けれど、人間内部まで感染されてはなにもかも信じられない。
親しい人が話している言葉も。
伝言板に書かかれた連絡も。
誰もがディープフェイクウイルスで嘘をつかされる予備軍。
それは所長自身も。
「こうなったら……すべてを消すしかない……!」
全世界に向けた催眠電波装置を作るのは、
ディープフェイクウイルスを作るよりもずっと簡単だった。
「……できた。このボタンを押せば世界から
ディープフェイクウイルスの存在は忘れ去られるはずだ。
知らなければ、またもとの日常に戻れるに違いない……」
所長が選んだのは最後の最終手段だった。
人間の行動をも改変するディープフェイクウイルスにより
あらゆる人同士が疑心暗鬼になるくらいなら
最初からそんなウイルスがなかったことにすればいい。
どうせ人間は嘘をつく生き物なのだから。
フェイクウイルスによるものかどうかなんて、
存在を知らなければ意識されることもない。
「私は……私は最低の科学者だ……」
所長は催眠装置のスイッチを入れた。
催眠電波が世界に広がりディープフェイクウイルスの情報を消し尽くした。
「……うまくいったのか?」
装置のディスプレイには『大成功』と出ている。
しかし、これもディープフェイクウイルスによる嘘かもしれない。
催眠電波が本当に成功したのかどうかは別で、
世界には依然としてディープフェイクウイルスが残っている。
ウイルスそのものの認知が消された……はずだ。
「大成功」がディープフェイクウイルスによる嘘なのかは判断できない。
その存在自体も闇に葬られたので今後確かめるすべはないだろう。
所長が家に帰ると、玄関先でいつになく優しい妻が待っていた。
「あなた、おかえりなさい。今日も疲れたでしょう。
食事の用意をしているわ。カバンは私に預けて休んでね」
それを見た所長は遠い目をした。
「ディープフェイクウイルスも悪くないな……」
ただいまディープフェイクウイルスが蔓延しています ちびまるフォイ @firestorage
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