ファイナルラウンド 後輩を助けたら、格闘技の練習相手になっていた話

 スライド式のドアが派手に吹っ飛ぶ。


 教室にいた二人は驚いたようにこちらへ顔を向けた。


 アオイ「せんぱい…」


 俺が来たことが嬉しそうな、でも最終的には悲しそうな含みの持った瞳から、涙が流れる。


    「あーあ、誰も来ないと思ったのに、よりによってアンタとはなー」


 体から手を離す。


 アオイはその場にヘタリと座り込んでしまった。

    

    「えーっとそんで? なに?」


  桜井「言わなくちゃ分かんねーか? あ?」


    「あはー、怖い怖い…」


 そうおちゃらけると、男は首をポキポキと鳴らし、拳を中段に構える。


 そして薄ら笑いを浮かべた。


    「最初に言っとくけどさ、俺空手全国出てるけど、大丈夫?」


  桜井「は、つえー奴は自分から言わねぇんだよ三下」


 男がチッと舌打ちをした瞬間、蹴りが太ももめがけて飛んでくる。


 紙一重でガードすると、そのまま蹴り返した。


    「おっ…と、あぶね」

 

 バックステップで逃げた男と一気に距離を詰める。

 

 明らかに嫌そうな顔を見せる。


 きっと詰め寄るタイプに弱いんだろう。無理やり放たれた右ストレートをかい潜りカウンターを打ち込む。


 しかし男は紙一重でそれを交わすと、ボディを打ち込んできた。


 ドスっと鈍い音を立てて、みぞおちに突き刺さる。


 ガクンと体が下がった。


 アオイ「先輩!」


 桜井 「くるな!」


 こちらに向かって手を伸ばすアオイの体がぴくりと震えて止まる。


    「へぇー、カッコいいじゃん、なにそのセリフ、なんのマンガで覚えたの?」


 そう言い切った瞬間、顔面に向かって蹴りが飛んできた。


 —まずいっ!


 だけど、反応が一瞬遅れ、まともに貰ってしまった。


 グワンと視界が歪んで、後ろへと崩れ落ちる。


 気持ち悪い、グワングワンする…頭痛い。


 そんな世界で男が笑ったような気がした。




    「あは! なーんだ案外雑魚じゃん、ま、ナイスファイト」


 私は倒れた先輩に駆け寄って体を叩いた。


 アオイ「先輩! 先輩起きて!」


 私を助けに来てくれた。


 普段、先輩をからかったり、教室でわざとそう言う関係に見えるような発言もした。


 だけど、離れようと思えばいつでも離れられたのに、来ないつもりなら屋上に来なくてもいいのに、先輩は毎日私に会いに来てくれた。


 アオイ「先輩…先輩!」


 また、頬を生温かいものが伝う。


 だから、そんな先輩がこんな奴に負けてしまったことが、自分の事のように悔しくて堪らなかった。


    「あはは…あ、そうだイイコト思いついた」


 男がそう言って取り出したのは、刃渡りが6センチほどのナイフだ。


 私は刃の部分に反射した光を見て、本能的に先輩の体にしがみついた。


 全部私のせいだ…せめて先輩には手を出させない。


 …ごめんなさい、桜井先輩。


 アオイ「…それでなにするつもりですか?」


    「ん? 分かってるでしょ、俺とアオイちゃんの時間を邪魔したこいつを殺すの」


 アオイ「…ごめんなさい、それだけはやめてください…」


    「えー、それは無理だー、だって俺の腹の虫が治らないもん、せめて足ぐらいいいでしょ?」


 アオイ「…お願い…します…」


    「んー、じゃあ、アオイちゃんこっち来て?」


 嫌だ。

 

 体が無意識に反応する。


 だけど、先輩を見たら、足のすくみが取れて、すんなりと立ち上がれた。


 アオイ「先輩…ごめんなさい…ありがとう」


 男の方へと足を進める。


 怖いけど、これでいい…。


 本当に今までありがとう…先輩。


 アオイ「…これでいいですか?」


    「うん、それじゃ…」


 そう言った瞬間、私の胸元にナイフを入れるとそのまま下に引き下ろした。


 制服が切られて、ブラジャーも真っ二つになっていた。


 アオイ「え…や…」


 大声をあげようとした瞬間、口を塞がれ押し倒される。


    「だーめ、今からアオイちゃんを犯すんだから、騒がれると困るの」


 男は斬られた制服をゆっくりとめくっていく。


 …あぁ、汚されちゃうなー私。


 初めては桜井先輩って決めてたのに…。


 でも、これで先輩を守れるならいいや…。


 私は諦めて目を閉じる。


 そして男の手が私の胸に触れた瞬間。


   「ぐぇっ!」


 腹から空気が抜ける音がして、重さが消えた。


 私は驚きのあまり目を開ける。


 そして、その光景に、また涙が溢れてきた。


 アオイ「せん…ぱい」


 桜井 「わりぃ、みっともねーと見せた。」


    「いってー…なにしてくれてんの雑魚が」


 桜井 「あぁ、てめぇをボコるために起き上がったんだよ、どれ、ラウンド2だ」


 先輩はそう言うと一気に距離を詰める。


 素早い動きで左右からパンチを繰り出していく。


    「…なんだよ、さっきといっしょじゃんっ!」


 その瞬間、男はくるりと背を向け、後ろ回し蹴りを放った。


 先輩の体にドスッと嫌な音を立てて突き刺さる。


 苦痛に歪める先輩の顔をもう、見てられなかった。


 アオイ「先輩! もう、やめてください!」


 桜井 「…ホント、うるせーなお前は…」


 そう呟き、先輩は笑った。


 逆に男はひやっとした顔を見せる。


 桜井 「やーっと捕まえた、このヤリチン野郎が」


    「まさか…狙ってっ!」


 先輩が男の顔に向かって思い切り右ストレートをぶちかます。


 バキッと嫌な音を立てる。


 そして続け様に、もう片足に蹴りを入れ、地面に倒す。


 そして、マウントを取ると先輩は首を鳴らしてこう言った。


 桜井 「お前の負けだ、一生俺の女に近づくな」


 アオイ「…え?」


 一発、ドンと顔面にパンチを入れる。


 床越しに振動が伝わってきた。


 …。


 私はしばらくの間、動けなかった。


 でも、それは怖くてとか、驚いてとかじゃない、ただ、先輩の一言がすごく嬉しくて、それ以上の行動が私には出来なかった。



 桜井「…ふぅ」


 大きく息を吐く。


 俺は立ち上がるとアオイの方へ体を向けた。


 制服が半分に切られていて、なんならもう胸とか全部見えちゃってる。まぁ、とりあえず傷はないようだし、安心し…。


 …。


 は?見えちゃってる?


 桜井 「って。おい! 隠せ!」


 アオイ「え。あ。やっ!」


 アオイはとっさに両腕で胸を隠す。


 そして、顔を赤くして、


 アオイ「み…見ました?」


 桜井 「…この状況で見てないって言って信じるか?」


 アオイ「…ですよね」


 あはは…と、困ったように笑う。


 そして、少し間を開いて、先輩っと口を開いた。


 同時に隠していた腕をだらんと垂らす。


 桜井 「おいっ! だから恥ずかしくねーのかって!」


 アオイ「恥ずかしぃ…です…でも、なんて言うか、ちょっとだけ違くて…」

 

 アオイが近寄ってきて、目の前で足を止める。


 頬が赤くて、目がぼんやりしていて、息が少し荒い。


 でも、近くで見たアオイはこんなにも色っぽくて…こんな状況じゃなければきっと抱きしめていた。


 アオイ「先輩に見られると、ドキドキして…正直、こんな状況なのに先輩になにされるんだろって、ずっと考えちゃってるんです」


 そう言うと、アオイは俺の体に腕を回した。


 柔らかい感触がみぞおちあたりに感じる。


 アオイ「…先輩、好きです…試合には勝てなかったけど…キスしてください」


 桜井 「いや、それどころじゃ…」


 アオイ「さんざん、あの男に無理やりキスされて…おかしくなりそうなんです。だから…」


 そう呟き、目を瞑る。


 アオイの顔が、目の前にあった。


 ドッドッドと、やばい音を立てる心臓。


 …でも、それ以上に、目の前の彼女にキスをしたくて堪らなかった。


 ゆっくりと顔を近づけて。


 唇が触れる。


 その瞬間、んっ…と、可愛らしい声が洩れる。


 数秒たって唇を離し、見つめあった後にアオイは微笑む。


 アオイ「桜井先輩、大好きです」


 桜井 「…そっか、俺も」


 ふふふ、と笑うアオイ。


 そして、自然な流れで二度目のキス。


 幸せな感覚が全身を包む。


 アオイ「先輩、また屋上で練習相手になってくれますか?」


 桜井 「お前があんな男に絡まれた時一発で倒せるようにしてやるよ」


 アオイ「あはは、それじゃ末長くよろしくお願いします」


 にこりと笑う。


 その表情はどこまでも幸せそうで、これから先も、アオイのこんな笑顔をいつまでも守っていけたらいいなって思った。


 




 後輩を助けたら、格闘技の練習相手になっていた話 Fin


 ここまで読んでくださった方に感謝です。


 また次作でお会いしましょう。


 それでは…本当に今までありがとうございました!

 

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後輩を助けたら、格闘技の練習相手になってた話。 あげもち @saku24919

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