エピローグ
七月二十五日。七時〇〇分。某国が撃った弾道ミサイルが、日本海に墜落した。そのニュースを知ったのは、花火大会の帰り道。夏希の部屋へ向かう電車の中だった。
実験だった、と言い訳まがいの発表があったが、日本人はおろか、世界中が信じなかった。しばらく、ニュースはその話題でもちきりで、たまに電話をすると夏希も不安そうにその話をしてきた。
ただ、それも一か月もすれば、芸能人のダブル不倫の話題の陰で霞むようになる。
世界は何事もなかったかのように進んだ。
あの『日本兵』のことは、あれからどれだけ考えようと納得できる答えはでなかった。男がいた電柱の陰には、男の姿も、その痕跡も、落としたはずの人形さえも残ってはいなかった。まるで、全てが、俺の白昼夢だったかのように。
あれは幻だった。妄想だった。そう納得してしまえば、すっきりするのかもしれない。でも、どうしても、それができなかった。
何を血迷ったのか。俺は金井に相談した。バカにされるに決まっている、と分かっていたのに。でも、予想に反して、金井は笑わなかった。代わりに、「お前、この世界を救ったのかもな」と、そんなことをぽつりと言った。
意味が分からず、ぽかんとしていると「タイムパラドックスだよ」と自慢げに金井は付け加えた。
意外にも、金井はそういったSF話に興味があるらしかった。珍しく、子供みたいに目を輝かせて語ってくれたのが印象的だった。
金井が言うには――あの夜、もし、ミサイルが東京に落ちていたら、夏希のもとへ向かった俺は死んでいた。あそこで俺が死んでいたら、未来から来た俺――つまり、あの『日本兵』は存在しないことになる。宇宙がその矛盾を修正しようとして、あのミサイルを日本海に落とし、俺を生かしてくれた――のではないか、と。だから、もう、俺たちの世界はあの『日本兵』のいた世界とは別の時間軸の上に在る、ということらしい。
筆箱の中に忍ばせた雪だるまのような小さな人形をちらりと見て、俺はくっと笑ってしまった。
「んなわけあるか」
あの日のことは、考えれば考えるほど、矛盾が出てくる。ただ、あのとき夏希と見た花火はキレイで、行ってよかった、とそれだけははっきりとしていた。
タイムパラドックスなんて興味もないし、よく分からないけど――世界を変える、なんてのは結局、そんなものなのかもしれない。
窓の外で、通りに並ぶ木々が色づき始めていた。また、夏が終わる。
変わりゆく世界の傍らで 立川マナ @Tachikawa
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