第二十二話「明けの旅鴉」

 さて、王都での戦いが終わり、一息ついて翌日。

 犠牲者の埋葬や片付けが終わるとすでに一日が終わっておりました。一行は明日からの行き先を決めねばなりません。城から少し外れに、重兵衛と奏太朗が人気ひとけを気にしながらカナデに預けた剣を見ておりました。


 重兵衛が頷くと、奏太朗が剣を包むひび割れた鞘を叩き落しました。すると、出てきた刀身に、二人の顔が一気に険しくなったのでございます。そして二人の腰に差された鬼造平帳と疾風迅雷がカタカタと揺れております。


「これは…だな。重兵衛、刃文を見てくれ」


 夕日に揺れ動く刃文。それはまさしくあれでございました。


「うむ…。これは間違いない。それにこのゆるやかな乱文…伊勢で見る流れ。」


「村正の一振り…か」


「間違えないだろう。徳川家では禁忌の物で俺も本物を見たことはないが、話に聞く妖刀千子村正の特徴だ。なにゆえこの異世界に…」


 妖刀村正。それは簡潔に説明すれば呪われた刀と申しましょうか。一度抜けば、血を十人分吸うまで持ち主の気を狂わす…置いた場所にすら災いをもたらすと云われる刀でございます。持ち主は真田信繫と云われております。


「あの墓、もしや真田信繁公の…?」


「墓をよく見ていなかった。十文字があったか記憶が無いな。もしあの墓が真田信繁公だとすれば、夏の陣で命を落とさずに異世界へと来ていたのか…。だがヤズー殿は異国から来た女の剣士が持っていた…と。うーむ。おい猫!」


「はいにゃ」


「お主、この刀の持ち主の名は?」


「いや知らないにゃ。チェシャのおばあちゃんが恩人だとしか…」


「どういうことだ。」


「おばあちゃんからの聞いた話にゃ。前の魔王の影響で、魔物が活性化しはじめた昔の話にゃ。アートラは森を守るため毎日のように戦っていたんだけど、前にも言った通り所詮は森に生きて森を守る守護者。猫獣人は今も昔もそこまで戦う力や武器もないのにゃ。だからチェシャのお母さんはチェシャがお腹にいる時、敵対族である犬獣人の村へ、共同戦線のため、和平の使者として行ったのにゃ。」


「身籠った女にやらせることではないだろうに」


「んにゃ。身籠っているからこそにゃ。それほど追い詰められている状況だと、理解してもらうために。まぁヒト様とは考え方や文化が違うのは仕方ないにゃ。でもうまくいかなかったにゃ」


「なにゆえ」


「犬獣人は壊滅していたのにゃ。お母さんが犬獣人の村に着いた時にはすでに魔物に襲われ、無残な姿だったそうにゃ」


「そして?」


「逆に魔物がいて、襲い掛かってきたのにゃ。護衛に二人、猫獣人がいたそうだけど、あっというまにやられちゃって。命からがら逃げて、森の中でとうとう追い詰められ、もう終わりかという時に。」


「女の剣士が突如現れて、瞬き二つの間に魔物を斬り捨てたそうにゃ。でも、何故か鎧も中の着物もボロボロで、二人とも息も絶え絶えで何とかアートラにたどり着いたそうにゃ。村へたどり着く前に、自分が多分海の向こうから来たということやここがどこかも分からないこと、襲い掛かってくる魔物を倒し続けて三日は経っていることをお母さんに話していたと云われているにゃ」


「うーん…不確実な話ばかりだな。」


「まぁそういわずににゃ。で、村にたどり着いた剣士は出会う直前にめっちゃ強い敵と戦った時に受けた腹の傷から、もう助からないことがわかったのにゃ。最期の頼みとして、このカタナと共に眠らせてほしいとお母さんにお願いして、息絶えたそうにゃ。」


「最後まで戦いの中で生きていた女子おなごか。武士とはかくあるべきだな。して、お主の母君は?」


「チェシャを産んだ時に、死んじゃったにゃ。」


「また村に行った時には墓参りをせねばな。拙者も知らなんで聞きすまんかった。」


「別にいいのにゃ。ヒト様とそういうところは感性?考え?がちょっと違うにゃ。」


「そうか。そういえばお主、あれから不知火、魔王から呼び出しは受けたか?」


「それがさーっぱりにゃ。アートラにも音沙汰なしにゃ。これ多分内通する気だったことがばれてるか死んだと思われてるにゃ」


「そうなると消されるか棄てられるかだな。だがタマヨのように雇われ者もいるようだから、おそらく一人ひとりは重要に考えておらん。死んだか逃げたと思われているだろう。」


「なんかむかつくにゃ。火山の時も暑い思いをしたのににゃ。」


「お主はそのまま諸国を巡り、不知火と魔王の情報を得たらすぐさま拙者達に知らせよ。お主の足を見込んでの頼みだ。他には頼めぬ。」


 そう奏太朗にいわれると、チェシャは少々顔を赤らめたのでございました。重兵衛は奏太朗が女慣れしていないにも関わらずチェシャに平然としているのは、きっと女子として見なくなり、元来好きな獣のように思っているのだと理解しました。


「は、はいにゃ。あれ、でも次はどこに行くのにゃ?」


「そうだ重兵衛。次はどうする。オノゴロノミハシラ様にもう一度魔王やがたの…なんとかについて聞きに戻るか?何やら前の魔王がいるのかいないのかもわからん。もしくは先に進み、協力してくれる厄災龍を探しつつ不知火討伐を目指すか…」


「うーむ。迷いどころよな。一先ず今夜で備蓄を蓄え、明日出発前に皆と相談するか。我らだけでは決められんな」


「そうするか。この世界にきて難題ばかりだ。この村正、抜かねば悪さはしまい。」


 重兵衛は針金できつく鞘と鍔を結びました。


 さて、翌日のことでございます。国中から感謝の気持ちと称された備蓄の食糧やら薬やらを受け取り、旅の準備を終えた一行は、門前で揉めておりました。


「タマヨ、お主何故勝手にトールドラゴンと契約などした」


「おごごごご潰れます師匠っ!?」


 タマヨは奏太朗に頭を鷲掴みにされ、叱られておりました。それはそうでしょう。手心加えて武士のなんたるかを教えていこうという小娘が、勝手に身に余るやもしれぬ力と契約して、事があっては一大事でございます。


「まぁまぁそこまで怒るな。我が認めたのだ。それに我の今の力も、この小娘もまだ未熟。小娘は学びの時だ。」


「しかしだな…」


「いいじゃないですか奏太朗さん。きっとタマヨさんも皆の力になりたいからこそなのですわ」


「レイ様…。そう言われるのであれば…。トールドラゴン、タマヨが身に余る力を得ないよう頼み申す。」


「承知した。して、旅路はどこへ向かうのだ?」


「はい。カタナが使えない私から提案が」


 カナデがぶつくさと嫌味を吐きながら手を挙げました。その手には地図が握られております。そのまま地面へ広げると筆で次への道筋が描かれておりました。


「今、私達はこの場所にいます。辿ってきた旅路は、紆余曲折で大体こんな感じです」


「ほう。随分と寄り道やらしてきたものだ。」


「次に向かう場所の候補としては二つに絞ってみました。一つはこのまま南西に進み海沿いを目指して左回りに進み北の山まで地道に潰していきます。そして大きな港町が多いためそこで不知火や魔王を探すこと。海の向こうに逃げる可能性も苦慮しています。ただ、道中に軍事王都の第一聖王都エイゴウがあるため厄介事に巻き込まれるかもしれませんし、不知火か魔王の軍勢と争いが起きている可能性もあります。情報を得られる可能性も戦闘の可能性も高い危険な道筋です。」


「もう一つは反対の南東へ向かいサディネア方面へ右回りで戻る道筋。穏やかな草原地帯と湖を超え、太古の魔物が蠢く深い森を抜けつつオノゴロノミハシラ様の元へ行けるかと。道中に大きな国はなく、小さな街が点在するため森も含めて不知火が潜伏するには好都合。ですが太古の森は未だに謎も多く、油断できない危険な場所です。距離的にはどちらもひと月程度です。」


「うーん。奏太朗、どうする。」


「後者の安全な道だが、フェザー殿達が行くことはできるか?そのまま龍の手がかりを探しつつ、オノゴロノミハシラ様に助力を仰ぐとよいではないか」


「僕は構いませんが、ここを離れるのは些か不安が…。サレナはどう思う?」


「私は賛成。どのみち龍なんてどこにいるかも分からないし、ここはもう魔王やら不知火が狙うものはないはずさ。トールドラゴンがレイ達と旅立ってしまうんだからここを襲う旨味がないよ」


「ならばサディネア方面は任せた。猫が行き来するうえにカナデ殿の魔法で連絡しあう故、安心なされよ」


 こうして一行は南西方面、海を目指して進むことにしたのでございます。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る