第二十三話「留め具なきが人の性」

 さて、前回封印されていたトールドラゴンを仲間にした一行は海へ向かって旅路を進めておりました。二日程の徒歩を過ぎ、二山超えようとした頃、妙な者達とすれ違ったのでございます。


「どれ、そろそろ夕暮れ。山奥へ進むのは明日にして、この辺りで一晩過ごすか。カナデ殿、昨夜の鍋に米を入れて雑炊にしよう。」


 皆が山道から逸れて川沿いに荷を固めたその時でございます。重兵衛と奏太朗が妙な気配に気づき刀へ手をかけました。タマヨはすでに抜刀した状態で森から駆け抜けて出てまいりました。異様な雰囲気。


「何か…来る」


 日の落ちた森の奥から、ぞわぞわとした気配が近づいてくるのでございます。先手必勝かと魔法を構えるカナデに「待て」と、トールドラゴンとレイが前に立ちふさがりました。


 森から出てきたのは、甲冑を着た骸骨達でした。数は百程度はいるでしょうか。手には武器もなく、項垂うなだれ、一行を見ようともせずにのろのろと歩き、敵意はありません。まるでゾォアを思い出すものでした。


「なんだ…こやつら?」


 タマヨ、カナデ、レイは重兵衛達よりはやく警戒を解きました。どうやら知っている様子。


「師匠、これはバンシィナイトです。彷徨う亡霊騎士で、戦争が終わると稀に見られる者ですね。皆、戦争や戦いで死んだ亡霊ですが、しばらく彷徨うとどこかへ消えていきます。」


「幽霊か…。この世界では枯れ尾花ではないのだな…。ゾォア殿のように自ら呪いをかけた者達かと思ったが違うようだな」


「でも、こんな数のバンシィナイトは百年前でも見たことありませんわ。」


「重兵衛さん、これはこの世界でも異様な様子です。多くても数十人稀に見るものが、こんな数…。遠くないところで大規模な戦争や戦いがあった証拠です」


「明日、こやつらが来た方向へ行ってみよう。少し旅路は逸れるが、気になる。」


「レイ様、この者らを成仏させることはできませんか」


「わかりません…。ただ、いずれいなくなるものですから」


「そうか…。空しいな…」


 重兵衛と奏太朗は正座で座りました。奏太朗はいつの間にか買っていた小さな鈴を片手に添えて、読経を始めました。合間に重兵衛が懐に入れていた香草を紙に巻き、カナデに火をつけてもらい、気持ち程度の線香を添えたのでごいました。日の本の弔いが、彼ら彼女らに伝わるかはわかりませんが、戦った者達へのせめてもの安らぎを祈るばかりでございます。


 列が去っていくと、皆は静かに頭を下げたのでございました。


「あとは仏様に任せよう。」


 一晩明け、翌朝すぐにバンシィナイトが来た方向へと足を運んだ一行は小さな街へとたどり着きました。いえ、街と申しましょうか。それは筆舌に尽くしがたし。


「酷いな…」


「なんという有様か。皆、口元に布を巻け」


 これまで様々な人の死を見届けてきた重兵衛と奏太朗でさえ、苦虫をかみつぶしたような顔となっておりました。どこぞの者同士が争ったかは存じませんが、兵も民も異種族も…みな焼け焦げて死んでおりました。火の燻りから見るに、絶えて数日といったところでしょう。レイとカナデは思わず目と口を塞ぎ、無残な光景と異臭に打ちのめされておりました。


「タマヨは…一度この街へ来たことがありました。王都エイゴウの軍に雇われていた時のことです。ここはエイゴウの守衛管轄でした。静かで、穏やかな時間が流れる場所でした。恨みつらみや、死とは無縁の…。」


 知り合いなのでしょうか。そう言って道端で助けを求めるかのように手を天に伸ばしたまま焦げて固まって死んでいる子供の遺体を、そっと骨と筋を切って楽にしてやったのでございます。さめざめとすすり泣くタマヨに、トールドラゴンはそっと寄り添ったのでした。


「小娘、これが生きていくということだ。いくつも戦場を駆け、命を奪い、そしてあの二人の武士に教えられ、気づいただろう。命は脆い。脆いからこそ愛おしい。理不尽に死ぬ、殺される。お前の記憶にある者達が消えていくのは辛いだろう。だが、だがな。お前がその者達を忘れることがなければいい。思い出を握りしめ、ひたすらに剣を握れ。」


「はいっ…」


「タマヨ、トールドラゴン。二人はレイ様と一緒に亡骸の埋葬を。拙者と重兵衛とカナデ殿で何が起きたか、街を探ってくる。」


 重兵衛とカナデは先に街を探っておりました。あまりにも惨いため、カナデはすすり泣いております。進めば進むほど無残な遺体が転がっております。


「カナデ殿。目を反らすな。殺し殺され、病に飢饉、恨み恨まれ、妬み妬まれ、巡り巡ってこの顛末となる。これが人のさが。留め具が外れた世のことわりだ。」


「でもっ!タマヨちゃんはこの街は穏やかでっ…恨みや辛みとは無縁だってっ!こんな状況にならないようなっ!平和だったんだろうってっ!なんで重兵衛さんはそんなに冷静に受け止めきれるんですかっ!?」


 目の前を歩く大きな背中は、何も感じないのかとカナデは八つ当たりの怒りをぶつけたのです。


「甘ったれたことをほざくな!!」


 何度目でしょうか。カナデは重兵衛のを受けたのでした。


「い”っだっ!だってこんな!こん…な…」


 頭を押さえながら重兵衛の顔を見上げたカナデは、もうそれ以上何も言えませんでした。いえ、言わずとものでした。怒りと悲しみに震える拳と、その眼から。


(なんて…悲しい眼をしているんだろう。きっと自分がもっと早くここに来られたら助けられたかもしれないという無力感に一番苛まれているのは重兵衛さんなんだ)


「すみません…。冷静になります…。」


「よい。」


 歩くうちに重兵衛は地面に違和感を覚えておりました。人ではない、妙な大きい足跡があるのです。重兵衛の足を並べても超えるそれは、明らかに争った形跡がある。


(獣…か?)


 その刹那でございました。街の更に奥から突如として爆発が起きたのでございます。


「なんだ!?」


 燻る家屋をなぎ倒し、現れたのは巨大で異様な化け物でございます。足は狼のようでありながら、身体からは黒い人間の腕が伸び、頭は人の目がいくつもある蛇でございました。


「き、きもちわるい!?なんですかあれ!?」


「この世界の生き物ではないのだな!?ん…?」


 どうやら三人、誰かが戦っているようでございます。


「助太刀に入る!」


「はい!」


 異様な化け物と戦っていたのは女の戦士です。黒い髪の少女は手負いなのか、左腕が全く動かないようです。それを庇うように白い髪の少女が合わせて戦っておりますが、武器を無くしたのかまさかの素手。もう一人の金髪の少女は魔法で援護しておりますが、効果は見られていない。


「くっ!頑丈すぎる!」


「ミスミ!もう限界よ!撤退しましょう!」


「スノウはライトと逃げて!私が最後までひきつける!」


「ダメです!?間に合いませ」


 巨大な口に三人共まとめて食われる寸前。重兵衛とカナデが間に合ったのでございました。三人を抱えて物陰まで飛び退いたのです。


「ふぅ、首の皮一枚といったところか。助太刀に入らせてもらう!あれは斬ってよいのだな!?」


「「「は…はいっ!」」」


 カナデが三人を避難させていくと、重兵衛は抜刀したのです。化け物は巨大で、家屋の屋根ほどまである体躯。


「斬りがいがある。まずは腕試し。」


 ーほれほれ、そんなことよりも。はよう斬ってしまおうよ?ー


「ギョアア!!!」


 力任せに突っ込んでくる化け物を、重兵衛はそのまま刀ではなく左腕だけで受け止めたのでございます。ずりずりと押されましたが、そのまま


「どおおりゃあああ!!」


 化け物を真横になぎ倒したのでございます。その姿を見て、先ほど戦っていた三人の戦士は治癒魔法を受けつつ顔を青ざめさせていました。


「あの方は、人ですか?」


「多分」


 なぎ倒された化け物は家屋の残骸に手足を絡めとられ暴れております。


「すまん遅くなった!」


 奏太朗が合流し、場を察したようでした。


「俺は首を」


「拙者は足を」


 ーはようはようー


 ー早く早くー


 二人の精神に鬼造平帳と疾風迅雷が煽るように話しかけてきますが、無視しております。


「「行くぞ!!」」


 一気に駆け出し、重兵衛が飛び上がった。鬼造平帳を振り上げ、炎を刀身に纏います。その下を奏太朗が瞬き一つの間に突進して足四本を抜刀と同時に雷の一閃。胴体が崩れ落ちたところを、落下の力を利用した重兵衛が蛇頭ごと叩き切った。


「「ファイアストーム!」」


 化け物の身体から出ている妙な腕は、カナデと軽傷だった金髪の少女が遠距離から炎の魔法を落とし、燃やし尽くしたのでございます。


 斬った化け物はずぶずぶと崩れ落ち、地面に吸収されるように消えていきました。


「あちち!カナデ殿、締めの火力が強すぎるぞっ!……ふぅ。奇怪な敵だったな。」


「重兵衛、実は犬ほどに小さい奴も向こうにいてな。それは弱々しいためタマヨとトールドラゴンが片づけた。レイ様も無事だ。」


「救い出したあの女子おなごらに聞いてみるか。」


 街から外れの川沿いに避難した一行は、救助した戦士らに話を聞くこととしました。と、まあ腹も空くわけですので皆で鍋をつまみつつ。


「は~…お腹ぺこぺこだったから染み入る~。おっとと、改めて助けてくれてありがとうございました。私は王都エイゴウから派遣された冒険者パーティ、ミーティアのリーダーでミスミといいます」


「「はぁん??」」


 重兵衛と奏太朗は聞きなれない言葉で、意味が分かりませんでした。そこでカナデが通訳したのです。


「えーと、冒険者の集まりの名前がミーティア。かしらの彼女がミスミという名前ということです」


「「あ、ああ~…なるほど」」


「そしてこっちの白髪がサブリーダーのスノウ。」


「副頭って意味です」


「こっちがバックサポーター、ソーサラーのライトです。」


「後方支援、魔術使いって意味です」


「俺は日の本から来た、齋藤重兵衛影竜。不知火を追っている火付け盗賊改め副頭だ。」


「拙者は小川奏太朗光仲。幕府付きの用心棒で、不知火討伐を命ぜられ、この重兵衛と共に旅している。」


「「「はぁん???」」」


「えっと…」


 全て通訳して互いに理解を得るのに時間がかかったのは言うまでもないでしょう。さて、次回はこの街に何が起きたのか。

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