第二十一話「龍劈かぬは祈りと契り」

 さて、前回蛾の痣のゆうじろうを討ったもののトールドラゴンを復活させてしまった一行。

 しかし何やらトールドラゴンは力を失い、争う気も更々無い様子。

 蛾の痣のゆうじろうや犠牲者の弔いが終わる頃にはすでに夕暮れとなっておりました。街の後片付け(主にカナデの魔法のせい)は明日とし、何やら聞いていた話と違うトールドラゴンの事情を調べねばなりません。一行は城の広間で捕らえたトールドラゴンを椅子に乗せ、囲んでおりました。


「さて、トールドラゴン。私は現国王ルルィエ・アースウェル・カナタ。」


「おお、我を封じた姫に目元がそっくりだ。そうか…千年経とうとも血は途切れなかったか。よかった。」


 トールドラゴンの眼差しは、まるで懐かしさと虚しさを含むような優しい眼をしておりました。その様子から、重兵衛と奏太朗はどうやらこの世をどうにかしてしまう恐ろしい者ではなさそうだと判断し警戒を緩めました。


「お前は甦る時、話が違うようなことを言っていたな?」


「うむ。我は厄災龍として、この世界を1万年護る契約をお前の先祖と結んだのだ。そして100年後に復活する魔王と戦うために、力を温存するために、他の厄災龍と共に封じてもらったのだ。それがどうして千年も…。ルルィエよ、何か言い伝えられていることはないか?」


「うーん、それがないのだよ。父も兄弟も病と戦争で死んでしまったし、伝承もトールドラゴンの封印を継続する方法だけだ。魔王も前回は封印されたと聞いている。」


 ルルィエの言葉を聞いて、レイとサレナはやはり疑問を抱きました。一国の王ですら前回の魔王を知らない。やはり妙だと。これでは信じられないものとなります。つまり千年近くの歴史が虫食いのような穴が所々に開いているのでございます。


「千年の間にどこかで途切れてしまったのか…。訳が分からん。100年後の魔王は現れなかったのか?それとも誰ぞが倒したのか…。いや、あのをあの当時の人間が倒せるとは…。」


「トールドラゴン、その時現れるはずだった魔王の名は知っているか?」


「うむ。魔王ガタノトゥアだ。」


 一行は驚きました。聞いていた魔王の名はノブナガのはず。皆が顔を見合わせておりました。


「カナデ殿、お主は3年前に魔王ノブナガは甦ったといったな。辻褄が合わんぞ。」


「ほ、本当ですね。私はオノゴロノミハシラ様が街に警告を出したため知っていたのです。」


「拙者はあの神木様がほらを吹くとは思えぬ。この世界、妙なことになっているぞ。」


 全員が沈黙し、考え込みますがトールドラゴンが先に声をあげました。


「その魔王ノブナガとやらは知らんが、ガタノトゥアが蘇ればまず人の力だけでは倒せんぞ。ひとまず、他の厄災龍を呼び起こすことも考えたほうがよい」


「その口ぶり。ガタノトゥアとはいつ戦った?」


「お主ら人間が生まれるよりはるか昔。年月の単位が届かぬ昔だ。まだ神と巨人と龍がこの世を創っている最中の時代。語れば長い。みな楽にして聞くがよい。」


 全員が座すと、トールドラゴンが懐かしき日々を語り始めました。


「この地は初めに神が創った。名は無い。光の化身であった。それは次に光の巨人を三柱、その次に我ら厄災龍を五柱創った。いつしか光の化身は消え、巨人と我らが残った。」


「し、神話というのは本当だったのだな。よいよい。」


「巨人のアギト、アニィド、アイガは風と海と地を混ぜ寄せた。火の厄災龍スヴァローグはその地を焼いた。水の厄災龍オケアノスが空から水を降らせた。そして我、雷の厄災龍トールドラゴンが地にいかづちを落とした。風の厄災龍フロアーが空を染めて動かした。そして闇の厄災龍シズが夜と静寂をもたらした。」


 この時点で重兵衛と奏太朗は話についていけませんでした。


「はるか月日が流れると、我ら以外の存在が海から生まれた。それらは進化し、繁栄していった。そしてお主ら人間やらエルフやらが生まれ始めた頃。突如として空から闇の糸に包まれた岩が落ちてきた。それは繁栄していた生きとし生きる物を無尽蔵に食い尽くしていく。」


「シズとは違う妙な闇。それを巨人はガタノトゥアと名付けた。幾千の朝日と月の夜を迎えた時、巨人三柱と我ら五柱、そして一人の人間の少女がはるか空の向こうでガタノトゥアを打ち破った。どれほどの時を戦ったかもうわからん。力尽きた巨人のアギト、アニィドは空に消え、我はアイガと共に地に落ちた。この国に落ちたのだ。」


「他の龍は我とさほど変わらぬ近くに落ちたようだが、意識も絶え絶えで詳しい場所は覚えておらん。封印されたことは感覚でわかる。そしてアイガは(この世界にまだガタノトゥアの一部が生き残っている。場所は巧妙に隠れていてわからないが、必ず現れる。命を守ってくれ)と言い残し消えた。そして我はこの世界に住まう人間を守るためひとまず1万年の契約を結んだのだ。そして魔力のある人間が100年後に魔王が蘇ることを予知した。と、ここまでがこの世界の歴史だ」


「よくわからんことが多いが、つまり本物の魔王とやらは別にいると?」


「かもしれぬ。ガタノトゥアも一部とはいえ強大。蘇らせてしまえば巨人も強き少女もおらぬこの世界に勝ち目はないぞ。」


 さて、これには一行もルルィエも困り果てました。不知火、魔王ノブナガ、謎の魔術師、更に本当の魔王ガタノトゥアの存在。もはや笑えてくるような話です。


「カナデ殿、この世界は両の手の指では数えられぬほど滅んでもきりがないぞ」


「もうこれ滅ぶべくして滅ぶのではと思えてきました」


「諸行無常、色即是空。形ある物いずれは壊れる。」


「ちょ、ちょっと皆さん諦めないでください!?私は魔王封印のため使命を持って戦っているのですわ!そんな簡単に…」


「レイ、皆の顔を見ろ。冗談だ。」


 サレナに宥められ、落ち着いて皆の顔を見ると誰一人として目の焔は消えておりません。その一時の冗談、冗句に気づけなかったためレイの顔が火照りました。さっぱりとした笑いが響き、ひとまずは休もうとなりました。


「皆、この度はありがとう。国王として礼をいうよ。君たちが来なければ王国は滅んでいただろう。盛大にもてなそう!」


 その晩、一行は盛大に酒盛りと食事を堪能したのでございました。死んだ者達は明日しっかりと供養しよう。そう皆と決め、今は息を抜くのでございます。さて、魔術師達がカナデの指導のもと露天の湯場を作ったので、皆で風呂に入っておりました。男風呂では重兵衛、奏太朗、フェザー、ユーグが酒盛りをしつつ今後について語っておりました。そして眠気覚ましだとトールドラゴンも一緒に湯船に浸かっております。


「ユーグ殿、約束の一献」


 重兵衛と奏太朗はユーグへ約束の酒を注ぎ、順序皆のさかずきへ回りました。


「ありがとう。手の届かぬ犠牲は出てしまったが、皆さんのおかげで多くの命が助かった。」


「僕とサレナだけではきっと死んでいた。ありがとう」


「ああもう堅苦しいのはよそう。な、重兵衛」


「うむ。では皆…乾杯と献杯」


 生き残った者達と、死んでいった者達へ思いを込め、皆は酒を飲み干しました。壁の向こうの女湯からも酒を交わした音が聞こえたため、カナデが合わせてくれたのでしょう。


「念のためアイザック達が今夜は警備をしてくれると言っている。安心して休んでくれ」


 というのは建前でございまして、アイザック以外の仲間はこれまで経験のないほど鮮やかに打ちのめされたため、一行に苦手意識を持っていたのでございます。特に鬼造平帳に焼かれそうになった者は、王の間で顔を合わせた時に顔面蒼白と冷や汗をかいていたので、無理もないでしょう。


「それはかたじけないな。ありがたく休ませてもらう。フェザー殿、お主はサレナ殿と共にここを出るのか?」


「僕はサレナと共に周辺地域を回り、ガタノトゥアの封印の痕跡や他の龍を探すこととします。あまり離れると、この国が心配なので。それにアズマ達が脱落した今、下手に遠くへ行くのは得策ではないと思います。」


「うむ。それがよいだろう。拙者達は不知火と魔王ノブナガを追いつつ龍やがたのなんとかの痕跡を見つけたらすぐに早馬を出そう。あそこで猫獣人が行く。」


「ひいん許してにゃ!それにチェシャはメスだからあっちの風呂のはずにゃ!」


「黙れ。お主が下手な監視をするから手遅れになる直前だったのだぞ。竜が出なかったからよいものを!だがよく生き残った!ほれ飲め飲め!」


「ぶあ~もう酒は飲めないにゃあ~。これ世が違えば色々なところから怒られそうな状況だと思うにゃ~」


 木の板で造られた壁の向こうからカナデが叫んでおります。


「重兵衛さん!なんでそっちにチェシャがいるんですか!功労者の私がそっちでないと納得できないです!」


「わかったわかった。そちらに投げるぞ!ほれ行け!」


「にゃあ~!?」


 さて、男風呂が静かになったところでトールドラゴンが語り始めました。


「お主ら二人、異世界から来たと聞いたが本当か?」


「うむ。日の本から来た。」


「過去、強き少女はお主らと同じく異世界から来たと言っていた。この世界はどうやら違う世界から迷い込む者がいるらしい」


「余計な者も迷い込んでいるがな。拙者達は不知火という悪党を追っている。ついでに魔王も倒そうとな」


「はっはっは!それは忙しいものだな!」


「トールドラゴン、お主は何故なにゆえ人やこの世界の民の味方をする」


 皆が気になっていた、まさに核心の部分でございます。もはや神と同じ存在のような者が、なぜ人に味方するのか。契約を結んだのか。重兵衛はトールドラゴンの前にある岩へさかずきを置き、酒を注ぎました。


「何故、か。単純なことだ。愛おしいからだ。弱弱しく産まれるも、必死に生きている。時には争い、無益な死すら作り出すこともある。しかしそれは、それこそは生きる者の定めだ。この先乗り越えていくのか、はたまた潰れてしまうのかは分からぬ。だが、見守ってきたからこそ理不尽な滅亡は認めたくないのだよ」


「まるで母のようだな」


 トールドラゴンの金に輝く眼は、とても優しい光をもっておりました。


「莫迦を言うな。しかし酒というものは旨いな。これもまた…愛おしい。」


 さて女風呂では、またチェシャが哀れなことになっております。妬きもちをしやすいカナデもおりますので、どうなるかは想像できるでしょう。


「おい猫。」


「チェシャは無理矢理あっちに連れてい」


「聞きませんわ。良くないです…良くないなぁこういうのは」


「タマヨは警備してくれている冒険者さんと代わるので先に出ますね」


 上手く逃げたタマヨです。サレナは我関せずと酒をあおいでおります。


「その胸引きちぎってくれる!」


「お覚悟!」


「ぎにゃあああああ!!」


 こうして夜は更けていきました。そして皆がやっと眠りについた深夜、サレナとレイはトールドラゴンと会っておりました。


「私はレイ・アースウェル・トワ。こちらは姉のサレナ・アースウェル・トワです」


「うむ。聞きたいことは分かっている。これから我が契約をどうするかだな?」


「はい。折り入ってお願いが。」


「はるか昔の契約を上書きできないか?魔王を倒すためレイと一緒に旅に付き添ってほしい。」


「旅に同行することは可能だ。だが、倒すための契約はできん。はるか昔にお前達アースウェルの血筋の者と人間を守る契約をしてしまった。違う者でなければならない。」


「守ることも戦うことも一緒じゃないか…。細かいな。」


「ではタマヨとどうでしょう」


 そこにふと現れたのはタマヨでございました。警備と交代してくると言いながらどこぞで遊んでいたのでしょう。


「なんだ小娘。一端に剣を使うのか。血に…アースウェルは混じっていないな。良いだろう。だが契約だけだ。」


「だけ、というのは?」


「我と契約することで、力を与えることができる。昔、強き少女がそうした。」


「はい!それほしい!」


「が、お主は幼すぎる。己の力もまだ熟しておらん。我もこのような力の戻らぬ姿であるから、我慢しろ」


「え~…」


「では、カナデさんはどうなのでしょう?」


「あのハーフエルフか。あれはもはや素質も性格も合わん。」


 ああ確かに。と、皆が改めて思いました。普段は落ち着いて常識人であるものの、戦いの場では意外と冷静さを失うことも多く、感情的に魔法を爆発させることもあり、あらためて契約させるべきではないと考え直したのでございます。


「それに…妙な血も混じっているからな」


 かくしてトールドラゴンとタマヨは”魔王を倒すため力を貸す”という契約を結んだのでございました。


 さて次回、次の旅先を検討しなければなりません。







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