第二十話「毒蛾が散るは怒りの煉獄」参

 さて、前回カナデのふざけた火薬の量で無事に大量の傀儡と防壁を片付けたところでございます。

 爆破の威力と煙に、空の蛾の中に隠れていた蛾の痣のゆうじろうも呼吸ができずに炙り出されました。


「むっ!あれは不知火か!女物の着物の男。確か秋花屋で初めに出てきた男だ。顔に蛾の痣とは。」


「げほっげほっ!何よこれ!せっかくの着物が台無しじゃないの!よくあたしが空に隠れていると分かったわね。」


「作戦成功です!これが私の狙いだったんですよ!」


(調子のいいことを…)とカナデ以外が思いました。しかし空に飛んでいては手が出せないため、どうするか。刻々と地面の光も強くなっております。


「あたしは蛾の痣のゆうじろう。毒蛾でみんな死なせてあげるわ。手も足もでないでしょう?ドワーフの山で死んでいればまだ楽だったのに、馬鹿なやつらね!」


 隙を見て身軽なタマヨと奏太朗が塔から飛び上がりましたが、大量の蛾が飛び込んでくるためゆうじろうへたどり着けません。一人魔術師が生き残っていたのか、どこからか弱々しい一筋炎の魔法が飛んでいきましたが、あっけなく蛾が盾となり消されてしまいます。レイとサレナとフェザーは逃げ遅れて隠れていた民草を避難させるため動こうとした時でございます。


「カナデ殿、やれ。あれは俺達の宿命だが、許す。」


「……はいっ。重兵衛さん、私の隠していたものをお見せします!見ててください!これが私の覚悟です!」


 カナデが立ち上がると同時に、逃げ遅れて隠れていた民草のふりをしていた魔術師三十人が現れたのでございます。


「皆さん!全力で伏せてください!」


 カナデの足は震え、自分の心と戦っているようです。啖呵を切ったものの顔面蒼白、呪文を唱える唇も強張っております。


(カナデ殿、乗り切るのだ。命の危機に恐怖を乗り越えることで人は強くなれる)


「何をする気!?の半端なハーフエルフがあたしに届くものかい!!」


 呪文を唱えているカナデのこめかみに血管が浮き出ました。明らかに最後の一言が怒りを買ったようでございます。カナデが腰の袋から取り出したのは、いつも重兵衛達に振舞っている酒瓶でございます。それを一気に呑んだのでございました。瓶を地面に投げつけ、カナデは怒りになのか酒精になのか手が震えております。これには重兵衛も肝を冷やしました。酒に弱く、魔力の調整ができなくなって自宅を燃やし尽くしたという話を思い出しました。


「か、カナデ殿何をする気だ!?」


「おみゃいえ!ぜtいkおろsてっかんあnこらあ!」


 蛾の痣のゆうじろうは大量の毒蛾を更に手から召喚し、まるで夜のごとく王国の空を更に覆ったのでございます。このまま毒の鱗粉を撒かれれば、全滅は必至。


「アハハ!気が触れたかい!あたしに苦しむ姿を見せてちょうだい!魔王様もこの国が潰れればお喜びになるわ!」


「蛾の痣のゆうじろう!貴様何故この国を狙った!トールドラゴンを復活させたとしても何も旨味はないはず!」


 時間稼ぎのために重兵衛が叫びますが、策には乗られませんでした。しかし最後の一言の時間が命取りだと蛾の痣のゆうじろうは気づきませんでした。


「おだまり!あなたはあたし好みだけれど、ここでお死になさい!」


 空の蛾が羽ばたき、蛾と共に黒紫の毒鱗粉が雨のように降り注いでくるのが見えました。もうここまでかと諦めたフェザーがレイとサレナを自身で覆い隠しました。


「インフェルナス・パーガトリーイイイイイズ!」


 カナデの両手から周辺の建物よりも大きな炎の渦が噴出したのでございます。思わずそばにいた重兵衛でさえ咄嗟に伏せたというのに熱さでまともに呼吸ができません。三十人の魔術師達は魔法の防壁を街に覆い、炎から守っている様子。しかし防壁まで徐々に蒸発し始めたのでございます。

 塔の下で伏せたタマヨも奏太朗が服で庇うことでなんとか呼吸できている始末。


「ば、かな!?」


 空の蛾はまるで太陽が燃やし尽くすかの如く灰も残らずに消えていくのです。焼けた蛾の痣のゆうじろうはそのまま力尽き、落下して地面へと叩きつけられました。


「はぁっ…はぁっ…。私は!私はちんちくりんじゃない!」


 事が終わると、カナデはへたり込みましたが、衣服は炎のような赤い光が線として走っており熱風を帯びております。この一連の魔法と熱で、カナデが預かって腰に差している剣の鞘にヒビが入っておりました。


「重兵衛さん、奏太朗さん、これが私の本気です!そしてそこの消し炭!人の生命力とエルフの魔力、良いとこどりの私の力を思い知りましたかバーカ!」


「いやこれは参った…お見事。」


「ゲホゲホッ…、しかし派手にやったな」


 重兵衛と奏太朗が落ちてきた蛾の痣のゆうじろうへ近寄ると、もはや目も当てられない姿に、焼け焦げた人の匂いがしており、なんとまだ息がある様子。この様子を見れば、誰しもが止めを刺すことを祈るでしょう。レイ、タマヨ、サレナ、フェザーが寄ろうとしたところを、奏太朗は首を振りました。これは見せられるものではない。


「蛾の痣のゆうじろう。日の本での罪と異世界での残虐なる毒蛾による殺しの行為。本来ならば然るべき場にて切腹を言い渡すが、此度火刑を受けているためこの場で斬首と致す。火付け盗賊改方、進成睦様の代理として日の本の裁きをここに下す。思い残すことは?」


「な…いわ。さい…ごは…うつくし…く」


 なんと蛾の痣のゆうじろうは崩れる足を無理矢理に、正座へ座りなおしたのです。これには、かつて多くの悪党を裁いてきた重兵衛と奏太朗も肝を抜かれました。見た目にそぐわぬなんという胆力。この惨い姿を見せぬつもりが、堂々たるものです。レイ達も目を細めましたが、逸らさずに最後を見届けております。


「潔さ、見事!」


 重兵衛と奏太朗は同時に蛾の痣のゆうじろうの首を落としたのでございます。異世界にきて、二人目の断罪でございます。奏太朗が布を亡骸と首にかけ、二人は南無と手を合わせました。しかして精神世界では鬼造平帳と疾風迅雷が薄気味悪い笑顔でいることが気に食わない。それよりもまずは。


「さて!次はトールドラゴンの封印だ!間に合いそうか!?」


 カナデの魔法を防いだ魔術師達は、これまた優秀で、すぐに護石の場所へと向かっていたようです。一番近くの護石へ駆け寄ると、必死の抵抗虚しく、石が割れてきておりました。一人の魔術師が叫びました。


「皆様!すぐにお逃げください!私達魔術師が復活まで時間を稼ぎます!恩人を死なせるわけにはいきません!」


「ふぅ…これはだめそうだぞ重兵衛。」


「カナデ殿、もう一度魔法を…と言いたいが力尽きて寝ておるしな」


「わ、私とサレナお姉さまの魔力でどうにかなりませんか!?」


「ダメだ。私達は月の魔力はあるが星と太陽の魔力はもっていない。」


「ど、どうすれば!勇者として、なにか!」


「師匠、逃げましょう。国一つ滅ぶことはさして珍しいことでもないですし、生きていればなんとかなりましょう」


「馬鹿もの。ここで逃げれば男が廃る。重兵衛、よいか」


「タマヨは女ですが…」


「応。みなの者、トールドラゴンを討つ!相打ち覚悟だ!覚悟はいいな!」


 重兵衛のその声に呼応するかのように、国中が今までで一番強く光輝き始めました。トールドラゴンが復活するようです。全員が武器を構え、国王が城から固唾をのんで見守ります。


 落雷。国中に落雷が起き、耳が潰れるかのような轟音で建物が崩れていきます。力尽きていたカナデさえも飛び起きました。


「なっ、なんたる力だ!?」


 一行の眼前、国の中央付近から雷の柱が天に落ち、その姿を現したのでございます。


「なっ…なんとあれが…」


「トールドラゴン…」


 そこに現れたのは、稲妻を纏い、黄金に輝くトールドラゴン。荒々しい牙と爪は、見るからに狂暴。翼は一振りすれば大風を巻き起こそうという力強さ。


「グォアアアアアオウ!」


 そしてその神々しくもある身体は……手のひらほどの大きさでございました。


「ち…いさいな。」


「小さい…ですね」


 思わずサレナとフェザーがつぶやくのも当然でしょう。レイも拍子抜けの様子。現れた時の落雷も治まっておりました。


「グォアア~…。ってなんだこの身体!?ちっさ!?」


「お主、トールドラゴンか?」


「我は厄災龍でも最強と謳われるトールドラゴンだ!よくも千年も閉じ込めおって!」


 ふらふらと飛び上がるその姿はまるで羽虫でも見ているかのように弱弱しく、見ているこちらが哀れに思うほど。様子を見てか、国王が降りてきました。


「これがトールドラゴンか。封じている間に力を失ったようだの。よいよい。」


「そ、そんな馬鹿な!?最強の龍である我が…」


「とりあえず、これで王国の危機ではなさそうです。もう一度封印しましょう。」


 魔術師達が集まると、すぐに封印の準備が始まりました。


「待て待て!?危機とはなんだ?我がこの王国を滅ぼすとでも?」


「そうじゃ。千年前よりそう言われておるよ?」


「我は自分から封印されたのだ。百年の約束でな。」


 何やら話が読めぬことになってまいりました。


「トールドラゴン、お主は今この場で暴れるつもりはあるか?」


「この姿でか?先ほど封印から出てくるときに放った雷が残りカスだったようだ。暴れようにももうどうにもならんしその気もはじめから無い。殺すなら殺せ」


「国王様。こやつは一度縛り、まずは後片付けを進めるべきかと思う。切った蛾の痣のゆうじろうも埋葬したい。」


「私が魔法で縛っておきますね」


「暴れないというておろうに」


 さて、ひと段落ついたところでございますが、何やら妙な話になりそうな様子。次回、トールドラゴンの目的とは。




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