第十九話「毒蛾が散るは怒りの煉獄」弍

 さて、いよいよ日が昇ってまいりました。封印のための魔術師達はすでに配置につき、空気は張り詰めております。全方向から来ることは間違いないため、護石の方向五箇所に別れて待機しました。

【重兵衛は北の第一の護石】

【カナデは北東の第二の護石】

【奏太郎・レイは南東の第三の護石】

【タマヨは南西の第四の護石】

【サレナ・フェザーは北西の第五の護石】それぞれに着いておりました。

 アイザック達冒険者組は国王の護衛に回っております。護石側にはそれぞれに百人程の兵士も付いており、まさに圧巻の備えでございます。


 儀式を行う魔術師は、昨晩から魔術を使い続けておりました。トールドラゴンを封印するために星の光と月の光、太陽の光を使うと言っていたとおり、星と月の光をまとめて護石に送っていたのでございます。日の本にいた陰陽師に似ている風貌で、顔にはこちらの世界の文字であろう漢字に似た呪文が書かれた紙の面が貼られております。レイの封印されていた場所や使われている文字など、日の本に似通った部分があり、重兵衛と奏太朗は不思議と親近感が沸いておりました。


 さあ、いよいよ日の出でございます。南東がほのかに明るみを帯び始め、それに合わせて兵士達の緊張感も高まっていきます。朝日と共に魔術師達は封印の儀式を開始しました。


 日が昇ってきた南東から……


「日の出だ。レイ様、か、必ず拙者がお守りしますゆえ心配なさらずに。」


「ふふ、私も戦いますよ!」


 重兵衛の部隊も気合に満ちておりました。


「皆、準備はよいな!」


 朝日から少しずれた方角に、狼煙が上がりました。チェシャの合図でございます。


 不知火はまず南東から来る。そして耳の中に留まるような、重厚な地鳴りが響いてきました。気のせいではなく、足元の小石が揺れており、明らかに地面が揺れておりました。


 来た。


 朝日が完全に姿を見せると、王国から目視できる遠目に真っ黒ながのしのしと向かってきておりました。大軍、大群、それは数えることをやめるほどでした。全員肝が冷えておりました。まさかこれほどの傀儡の量とは。幸いぱっと見は竜がいない様子。しかし、すぐにあの量を引き付けたとて、爆薬の量で仕留められる数ではないと判断できました。


 すぐに重兵衛が判断し叫びました。


「伝達!こちらから打って出る!あの傀儡の数、半数はやらねば爆破では倒しきれぬ!一人五十は倒せ!十人護衛でここに残れ!カナデ殿は機を見て下がり、爆破の準備をするのだ!」


 サディネアでカナデが使っていた伝令の魔法と同じものが配置されており、即座に全員に伝わりました。全員がほぼ同時に防壁から平原や森へ飛び出していき、鈍足な傀儡へ駆けて行くのでございます。不知火は後方に隠れているのか、奏太朗達からは見えておりませんでした。


「レイ様!不知火の気配は!」


「ありません!それに、ゴーレムが多くて気配がごちゃまぜで不確実で…。」


 まるで雲海のごとく黒い海が押し寄せて、そしてそこへ一行と兵士達がまともにぶつかり合いました。それは炎も伴い、雷も伴い、刃を伴い、死を伴う。しかし重兵衛、奏太朗のあまりにも並外れた剣技と異世界で得た力は黒い雲海に穴を穿ったのでございます。あとに続いて、タマヨもサレナもフェザーも斬り進みます。レイも皆が斬り損じた傀儡を上手く処理しております。その勢いに、穴の開いた部分を埋めるように傀儡は動くため、カナデのいた場所は攻めが手薄となりました。


「これなら…やれる!兵士の皆さん、ここを頼みます!私はユーグさんの元へ行き、爆破の準備をします!」


 カナデはここ最近短気ではありますが、やはり≪戦況≫や≪今すべきこと≫を見定め即座に判断する力があるようでございます。


 しかし、そこを≪街中で≫見ていたのは不知火でございました。


「片方を数で攻めれば穴はあく。魔王様が言った通りね。」


 カナデが爆破の準備に駆けはじめた頃合い、傀儡達は一行の攻撃で次々と撃破されております。しかし乱戦。怪我もせず、体力の限りもない傀儡に実力のある兵士も数で押されると負傷者も出てきはじめましょう。


「くっ!フェザー!封印の儀式はまだ終わらないのか!もう傀儡は十分片づけられてきたぞ!」


「おかしい!こんなに時間がかかるはずは…まさかっ!?この戦いは!?」


 サレナとフェザーは同時に嫌な予感がしておりました。そもそも数で王国を攻めるは無い。むしろ傀儡などいくら放ったとて、ある程度の損害は与えられるものの無駄な戦いのため不知火にも不利益。つまりこれは。


「この傀儡は、フェイクだ!すぐに重兵衛さんと奏太朗さんに知らせなければ!いや、もう……」


 儀式を行っていた北東の魔術師達が無残にも皆殺されておりました。その死にざまは何とも惨たらしく、顔の皮膚は焼けただれ血を吐いて死んでおります。カナデが抜けた隙を突いたのは”蛾の痣のゆうじろう”でありました。狐の面はなぜかつけておりません。この者、秋花屋に突入した際にいた、男でありながらも女物の着物を着ていたあやつです。


「あぁ。魔王様がくださったこの力…なんて甘美な…。さぁ、行っておいで。美しい我が子達」


 王国の空に突如として暗雲の如く大量の蛾が現れました。平原や森の出口で傀儡と戦っていた重兵衛、奏太朗達もそれに気づき、すぐに(やられた)と確信しました。すでに国内に入り込んでいたとは。


「「ばか猫め!何を見ていた!」」


 その頃、南の森の大岩からチェシャは急いで王国へ駆けておりました。大岩には傀儡の残骸とフードが散らかっており、チェシャが倒したのでございました。


「やられたニャ!まずいニャ!まじでやばいニャ!あばばばばばば!」


 チェシャは不知火に見せかけた傀儡に騙されていたのでした。傀儡を一晩も見張っていたという意味のない行為と騙された情けなさでいっぱいでございます。


 王国は国民の避難が終了する直前ではありましたが、まだ何百かは街中に残っております。蛾が一匹、逃げ遅れた男に取りつくと突如血を吐き、体の水分が抜けて死んだのでございます。その様子を見てすぐにユーグが判断しました。


「あの蛾に触れるな!あれに触れられると毒で死ぬ!くそ!封印の儀式はもう終わる頃ではないのか!?」


「終わらないわよ?だって魔術師さん達はみんな死んだもの」


 物見の塔に蛾の痣のゆうじろうがおりました。


「貴様が不知火だな!?他の者は民の避難を急がせろ!急がねば手遅れになる!」


 しかし叫んでいる間にも兵士も逃げ遅れた国民も次々と犠牲になっておりました。


「手遅れなのよ?あ、でもあなたもイイ男ね。」


 ユーグは塔の下にある建物を使って飛び上がり、蛾の痣のゆうじろうの眼前まで一気に駆け上ったのでございます。


「なっ、なんて脚力!?でも残念」


 ユーグが剣を振り下ろすと、蛾の痣のゆうじろうの身体は大量の蛾に代わり消えたのでございます。


「ぐっ!?身代わりか!」


 一気に蛾を斬り捨て、塔の上から街を見下ろすと朧げに地面が光っているではありませんか。封印の失敗、それはつまりトールドラゴンの復活を意味しております。


 外の傀儡は重兵衛達が引き受けておりますが、どうにも数が多すぎる。少しずつではありますが傀儡は減っているものの、間違いなく体力の限りある人間が不利でございます。敵の奥地まで切り進んだ奏太朗が、残りの傀儡の数を見てすぐに全員へ声を掛けました。


「もう頃合いだ!引け!こ奴らは爆破してしまおう!あの蛾とトールドラゴンを何とかせねば!重兵衛!」


「応!引き付け任せたぞ!はもうよい!」


 重兵衛が指笛を鳴らすと、レイ、タマヨ、サレナ、フェザーが気づき防壁へ撤退していきました。一人残った奏太朗は全員が引いたことを確認すると、納刀したのでございます。


「さて傀儡共。もうする必要はなくなった。」


 囲み来る傀儡に向け、奏太朗は腰を下げたのです。


「疾風迅雷、拙者の居合に耐えられるか……」


 ー何をいまさら。わたくしは刀。耐えられぬ道理はありませんー


 疾風迅雷はやはり端正な顔に似合わぬ気味の悪い笑顔を浮かべております。伝わってくるのは(はやく斬れ)という願望。


「ならばよし!参る!」


 撤退するレイは壁の前で立ち止まり、その持前の視力で奏太朗をとらえておりました。


 凛と空気が張り、奏太朗がぐぐっと前かがみに…まるで獲物を狙う獣のような姿勢になった途端。


 大嵐。それはまさに大風と雷が混ざり合った大嵐でございます。レイがかろうじて見えた抜刀したかどうかという動作のあと、瞬時に傀儡は大嵐に巻き込まれた小枝のごとく吹き飛んでいくのでございます。


 音と風の動きから、すでに国内を駆けていた重兵衛も気づいておりました。


「風切りの奏太朗が出たな。この異世界の悪党どもに味わわせてやれ。…にしても異世界の力と合わさると化け物だなあれは」


 重兵衛の右手では、かたかたと勝手に鬼造平帳が動いております。


 ーわっちも!わっちも!すぐにあそこへ戻らんし!ー


「わかったわかった!折を見てお主も使う!まずはお主は加減を学ばせねばならん。まったく、自分の刀に加減を教えねばならんとはほとほと困ったものだ。脇差しでも買うかな…。」


 道すがら蛾を斬り捨てつつ、カナデと合流ができました。すでに爆破の準備はできており、油のしみ込んだ紐を持っております。


「カナデ殿、準備はよいな!?街の異様な光も強くなっている!おそらくトールドラゴンは復活する。その前に片を付けるのだ!」


「はい!」


 壁を飛び越えて奏太朗とレイが現れたのが見えました。


「重兵衛!カナデ殿!あと三つ数えよ!」


 一つ


 奏太朗とレイが合流。


 二つ


 タマヨ、サレナ、フェザーが合流。


 三つ


 カナデが紐に火をつけると瞬く間に火が走って行きます。全員、耳を塞ぎました。


 凄まじい爆音と共に壁が次々と爆破していきました。まるで炎が連鎖するかのように。壁に登り始めた傀儡達はまとめて巻き込まれていきます。火薬の量が多すぎたのか、爆風が強すぎて全員身動きができないほど。火薬を調整したのはカナデでございますから、予想以上の爆発の威力に当の本人は苦笑いしております。


 これには一行も呆れておりました。


「国ごと潰す気かばかものおおお!」


「えっー!?聞こえませーん!」


 カナデの頭に六個のたんこぶが無事に作られたことは想像に難くありません。


 さて次回。壁も傀儡も焦土と化した王国で、蛾の痣のゆうじろうとの決戦でございます。


















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