第十八話「毒蛾が散るは怒りの煉獄」壱
さて、前回いよいよ覚悟を決めたカナデ。不知火と魔王軍の大軍勢を迎え撃つ準備を始めたのでございます。
一向は再び国王の元へやってきておりました。
「話は聞いたぞ。国を守る壁を爆破するとな?」
「いかにも。もはや群勢を相手にするにはこの手しかありませぬ。」
周りの兵士達もざわついており、どうやら共感は得られていない様子でございます。それはそうでありましょう。突然来た者達が国を守ってきた歴史ある壁を壊すしかないと申しているのですから。
「はぁ〜…。壁が出来て数百年。建て直しの時期のようだ。老朽化しておるのだろう?」
ちょうど壁の上で指揮をしていたあの男がおりました。
「そうですな。老朽化しておるようです。そろそろ大規模な立て替え作業も必要でした。厄災龍封印の儀に合わせて壊してしまいましょう。」
やはり物分かりがいいようです。こういう者が一人いれば、話は進むものでございましょう。
「助かる。ずっと聞きそびれていたがお主、名は?俺は齋藤重兵衛影竜。相方は小川奏太郎光仲だ。」
「私は王国護衛隊隊長のユーグ・フォローだ。ゴーレム急襲の折は助かったよ。」
三人はやっとまともに挨拶が出来たことが嬉しく。固い握手を交わしました。三人とも実力は眼で分かっておりました。
「弟のアイザックからは聞いていた。あんたらにこてんぱんにやられたってな。」
笑って親指で刺した方向には、アイザック達五人がバツの悪そうに苦笑いしておりました。どうやら無事回復魔法で治してもらったようで、全員元気そうでございます。が、鬼造平帳に腕をへし折られた二人は怖がっているのか冷や汗をかいており、重兵衛は両手を合わせ(すまん)と会釈しました。
「拙者達も事情があってのことだった。弟殿のことはすまん。」
「いいってことさ。あいつらは冒険者家業、怪我や敗北は付きものさ。それに勇者と姫君二人共確かに強いんだが、戦い方が危なっかしくてな。流れ魔法にでも当たってぽっくり死にかねん。あんたらが来てくれて助かったよ。」
「ははは。ここにアイザック殿達がいるということは、共に戦うということだな?怪我はどうだ?」
「仲間の精神面以外は全回復さ。兄貴、この人達なら絶対にこの国を守ってくれる。それに俺達もA級冒険者だ。やるだけやるよ。」
「この戦が終わったら、皆で飲みあおう。」
「民にはどう知らせる?」
「いや、知らせぬ方がよい。拙者の経験では、こういうことを知らせれば余計な混乱と争いを産む。何か言い訳をつけてこの城へ集めよう。」
「全ての国民をか…。何とか入り切るかどうか…。」
「やるしかない。犠牲を減らすためだ。」
着々と準備が進んでいく中で、カナデは王国の護衛団にいる魔法使い達に声をかけて回っていました。どうしても頼みたいことがあるとのことでした。
そして夕暮れ。カナデは一人、壁に登り火が沈むのを見つめておりました。その眼は迷いなく、力強く前を見据えております。
そこへレイがやってきました。手には茶が入った湯呑みが二つ。
「奏太郎さんが淹れたお茶ですわ。苦いけれど疲れに効くと。」
「ありがとうございます。あの、レイさん。レイさんは魔王を封じるための力があると知って、100年も経っていると聞いて、怖くありませんでしたか?」
「怖い…。そうですわね。怖くないと言えば嘘になります。月の魔力という特別な力。見知らぬ未来。きっと命を狙われるのだろうと。」
「逃げたく…なりませんでしたか」
「なりましたわ。何度も、何度も。これからもあるでしょう。でもお姉様達が必死に戦おうとしているのを知って、私は自身を奮い立たせているのです。逃げればこの世界の明日は無い、と。」
「強いんですね…。」
「強くなんかないですわよ?先のゴーレムの時もしかり。私の手は、足は、心は、震えていました。」
その言葉を聞いて、カナデは話す決心をしました。
「私…、実は一つ嘘をついているんです。みんなに。」
レイは静かに、何も言わずに聞いておりました。こういう時は静かに寄り添い話を聞くものだと、父に言われたことを思い出しました。
「力になれないのが悔しい時もあって、死にそうになったこともあって、嗜められることもあって。結局真実を隠していることが見透かされていて苦しくなって。」
出会った期間は短いですが、話に聞いていた死線の話とは別で、嗜められるのはカナデ自身のせっかちな性格のせいではと思いました。
「だから私、明日真実を見せることにしたんです!」
「そうでしたか。カナデさん、貴女の選択はきっと間違えていないはず。私は受け止めますし、見届けますわ。そして」
「「一緒に敵を倒しましょう!!」」
二人はお茶で乾杯し、飲み干しました。鮮やかな夕暮れに、口から吹き出た茶が虹を描いておりました。
さて、とっぷりと日が沈んだ頃合い。一向は手分けして気取られぬよう王国を囲む壁に次々と火薬を仕込んで行きました。途中で追加の火薬を持ってきたユーグやアイザック達が合流し、仕込み終わる頃には一眠りでもすればすぐ夜明けという時間でございます。タマヨはすぐに力尽き、奏太郎の背で眠っておりました。
火薬の空き箱に腰掛けたサレナが、同じく座り込んでいたレイが船を漕いでいる様子を見て微笑みました。その顔を見て、フェザーは驚きと嬉しさが混じった気持ちとなりました。
(これまで厳しい運命の中、初めてサレナが笑った)
ここは二人にするべきだと、空気を読んだフェザーは毛布と軽い食事でもと離れました。
「ふう、流石に疲れた。レイ、寝なくても大丈夫か?」
「ふぁ…。まだ時間がありますし、眠りたいところですが…。」
「気になることでもあるのか」
「私達には代々、魔王を封じることのできる月の魔力が継承されていますわよね。でも、私達は未来に現れる魔王封印のために100年の眠りについた。でも何故私達なのでしょう。お母様でも、おばあさまでも二人が若い頃であれば良かったはずです。」
「何故…。そうだな。私は運命だからと素直に受け入れていたが、よくよく考えてみるとそうだ。母も婆様も魔王を封印していない。そうか…だからマリア姉さんはあの時…」
「マリアお姉様が何か?」
「いや、不確定な予想だ。話すまでもない。まずは今私達にできることをしよう。そうすればいずれこの謎を解く鍵が見つかるかもしれない。」
「そうですわね。考えて立ち止まるより、前に進みましょう。」
その間にも、カナデは壁の上から魔術師達に王国を指差して細かい場所を指示しておりました。何やら随分と手の込んだ準備が必要なのでしょうか。
重兵衛と奏太郎は街角の影へ隠れておりました。すると、足音もなくチェシャが屋根から降りてきました。衣服は以前のような簡素なボロではなく、黒と柿色が混じった闇に溶け込む色合いの服になっておりました。
「猫、首尾は」
「上々ニャ。南の森を抜けた先、大岩があって、そこに変なフードを着た奴が王国をずっと見ていたニャ。でもチェシャの村に来ていたやつではないニャ」
「おそらくおゆうを監視していた者だろう。方角的にも合っている。其奴がここを襲うつもりか。」
「他に気配は」
「ないニャ。一人で国を攻めるなんて、頭のイかれた奴ニャ」
「やはり傀儡使いだろう。懐に飛び込ませ、一気に叩く。猫、そのまま監視を続けろ。もし方向を変えてトワへ向かうようならば、こちらから打って出なければならん。」
「了解ニャ」
「奏太郎、俺は一眠りする前に最後に見回ってくる。夜襲に備えてこちらを頼むぞ。」
「あいわかった。重兵衛」
「なんだ?」
「何やら妙な胸騒ぎがする。気を引き締めていこう。」
「お前の勘は妙に当たる。吉兆だけ当ててくれ。」
さて、いよいよ日の出。決戦の日でございます。
一向はトールドラゴンの封印を守ることができるのか。
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