第十七話「エルフとして、人として」
さて、前回聖王都カナタに偵察に襲ってきた傀儡を撃破しレイの姉、サレナと勇者フェザーと合流した一行。猫獣人達との和平も滞りなく進むようでしたが、どうやら魔王軍か不知火の手先が王都カナタへ忍び込んでいると知りました。手先の狙いは封印された厄災龍の一匹、トールドラゴンの復活だと思われます。世界を燃やし尽くした龍の復活など、絶対に阻止せねばなりません。
英気を養うため一行はフェザーに案内され、街の美味い料理屋へと案内されております。街角にある小料理屋ではありますが、何やら日の本の造りに似た雰囲気を持っていました。店内は狭いもののしっかり客は着いており、店の大将もこの世界では珍しい黒髪で渋めの30代中頃の男。見るからに腕に自信はある様子。
出てきた料理はまずは小さい鍋物…一人一つ使える気遣い。そして…。
「お、おお!奏太郎!豆腐だ豆腐!久方ぶりだなぁ」
「感無量…」
鼻の良いタマヨが気づきました。油とぱちぱちという軽快な揚がる音。
「わっ!わっ!タマヨは知っております!これは噂に聞くカナタの聖堂揚げです!まさかこの店だったとは!」
タマヨが思わず興奮して席から立ち上がり台所を覗き込みました。その顔を見てにやりと笑う店主が持ってきたそれは、重兵衛も奏太郎も好物の一つでございました。
「「て、てんふら!!」」
からりと揚がった葉野菜は油の良い香りをしております。一行はさくりと音を立てて食べるとあまりの美味さに目が輝きました。さくさくとした歯応えの次に、香り良い葉野菜の噛みごたえ、口に広がるほろ苦さと油の旨み。塩、そして魚から出汁を取ったツユをつけると更に旨みが増す。それは食べ方は少々違くとも、まさしく江戸でも人気の天麩羅と瓜二つでございました。重兵衛、奏太郎、フェザー、サレナは堪らず酒をぐいと飲み干しました。
「「「「かー!うまい!」」」」
「どうですか皆さん、僕もサレナもこの聖堂揚げが大好きなんです!他の国にも広まってきているようですが、この店が発祥なのですよ?」
「レイ、あまり食べすぎるなよ?食べすぎると肌が荒れるからな?」
「この芋の聖堂揚げも、きのこ揚げも鶏肉の揚げ物も美味しいです。100年経つと料理も変わる物ですわね」
さて、天ぷらを食べつつ重兵衛は聞き込みをついでにしておくこととしました。
「店主殿、このてんふらはお主が考えたのか?」
「いや、俺の親父さ。といっても俺の親父も昔旅人だった男から教えてもらったって話だから、どこの国か村で考えられたのかわからんがね。」
「そうか、親父殿は?」
「数年前に死んだよ。大往生さ。」
「南無。これは失礼した。この店は随分と繁盛しているが、怪しい奴らは来なかったか?」
「さぁねえ。この店は異国からも食べに来る客がいるからな。ある意味怪しい奴しかいないさ」
「ははは!もし、白狐の面をした者を見かけたら、教えてくれ。」
一行は天ぷらや鍋物をたらふく食べ、街にある封印の六箇所を巡ることとしました。その間にも出店は多く、噂通り甘味が多く並んでおります。封印に使われている護石を見て回るというよりは観光と言った方がよいでしょう。
「しょっぱいものを食べると甘いものが食べたくなり、甘いものを食べるとしょっぱいものを食べたくなる。これを繰り返してしまえばきっと私は滑空もできないハーフエルフになってしまいますね。」
「タマヨは…成長のため栄養が必要なので」
そう言うカナデとタマヨの両の手には多くの甘味が入った袋が山ほど持たれています。宿でたらふく食べるつもりでしょう。
さて、回って見た五つの護石はどこも厳重に警備されておりました。一箇所同士の距離は十分ほど離れているため、良くも悪くも手出しし難いものでございます。厳重な警備には自信もあるようで、フェザーが意気揚々と話しました。
「どうですかお二人とも!僕とサレナがこの警備体制を考えたのです!」
「どう見る、奏太郎。」
「うむ。これはやられるな。圧倒的にこちらが不利になった。」
「なに!?なぜだ!」
サレナだけが驚くわけではありません。他の者達も驚いておりました。
「何故だと?拙者達がもし封印の護石の場所を知らずに攻め入るなら、警備が厳重な所を狙う。数でな。」
「これ見よがしに大勢の警備を固めていたな。おそらくもう護石の場所はばれたと思った方がいい。」
「なるほど。逆に手薄にしてしまった方が護石の場所は分からなかった可能性が高いのですね。サレナ、僕はこの人達が味方でよかったと心底思うよ。」
「ぐぬぬ。あの大量のゴーレムで突如襲ってきたのも、わざと警備を厳重にして護石の場所を知るためだったとは…。くっ!」
「これは明日、大軍勢で来るぞ。しかもこの円形で作られた王国の城壁から護石に最も近い場所からな。」
「重兵衛さん、どれくらいまずいですか?」
「うーむ。このままではまぁ間違いなく護石全て壊されるだろう。」
「そ、そんな!?」
「魔王を封印する前に私が死んでは意味がない!何とか知恵はないか!レイも死なせたくはない!」
「サレナ殿の気持ちは分かる。うむ…カナデ殿、急ぎ国王殿に申し伝えを頼む。今日の夜までに準備してほしい物がある。火薬、樽、縄、油をありったけだ。国中のを引っ張り出してこいと。申し訳ないがレイ殿とタマヨもカナデ殿の手助けを頼む。」
「はい!行ってきます!」
「はぁ〜、やはりあれしかないか。タマヨ、明日はレイ様に付き城から出るでないぞ。あ〜待て待て、頼む立場が手ぶらでは駄目だ。行く時に甘味やらの手土産を持ってから話を通すのだ。」
三人が城へ駆けていくのを見た後、重兵衛達は手頃な店に入り大きな紙を貰い卓上へ広げました。白髪混じりの老齢の店主は「あぁ、気兼ねなくいいよ」と物腰柔らかな男でございます。
「何をするのか教えろ!ただやられるのを指を咥えて見ているつもりはない!」
「うむ。四方八方から攻め入ってくる大量の敵を倒すには一つしかない。ぼんっ、よ。」
「「??」」
「重兵衛、これはまた危険な賭けだな。拙者はもう分かったぞ。結果として下手をすればこのカナタからもお叱りを受けるだろうが…。」
「仕方あるまいよ。こうなってはもうある程度の被害は防げん。サレナ殿、フェザー殿、この王国と城壁は円形だ。そして五つの護石は五芒星形に置かれ壁に近い場所にある。まずこれでもう致命的だ。警備の連携が取れず全方向から攻め入られる。」
「逆に数が分散するのでは?」
「フェザー殿がこの国を襲うなら、分散する程度の数で傀儡を用意するか?」
「し、しません。」
「傀儡だけでなく、おそらく竜も出てくるだろう。」
「りっ、竜!?今の装備では勝てるかどうかっ」
「一匹だけならまだよい。数匹出されれば、あわよくば倒すことはできるやもしれんが街の民草を守りきることはできん。死者は間違いなく大勢出るだろう。下手をすれば国中を焼け野原にして相打ちだ。そこで唯一の手立て。」
サレナとフェザーが重兵衛の気迫に、一瞬の静寂をつくりました。
「城壁全てに爆薬を仕掛け、傀儡が大量に登ってきたところを全て爆破する。」
「バカな!?そんなことをすればこの国を守る壁が無くなってしまう!」
「壁は造れば元に戻ろう。しかし、人の命は戻らん。わかるだろう」
嗜めるように、語りかけるようにサレナとフェザーへ伝える重兵衛の言葉は重く二人に突き刺さりました。
「国王様は、許すだろうか…」
「拙者から言えば、許すも許さないも既に手遅れだ。」
「お二人に聞きたい。僕とサレナはどうすればいい?」
「残ったゴーレムをひたすらに斬れ。俺と奏太郎は不知火を討つために駆ける。」
「もし…大量のゴーレムが残ったら…?」
重兵衛と奏太郎が顔を見合わせて、静かに目を閉じました。
「あとはカナデ殿が、己を乗り越えられるかどうかにかかっている」
数刻した後、カナデ達が帰ってきました。首尾は上々。国中の火薬は予想していたより大量にございました。そして策を三人に伝えると、やはり顔を青ざめておりました。特にカナデは。
「わ、私は…そんな責任持てません!私なんかがっ」
「甘ったれるな!!」
重兵衛の落雷のような怒号がカナデに落ちました。思わず奏太郎以外のものは背筋が伸びるほど。そして重兵衛は水面のような、諭すような語りでカナデに話すのでございます。
「カナデ殿、俺達はここまで旅をしてきて幾度も死線を潜り抜けた。この世界に来てから魔術魔法に関わることで、俺も奏太郎も幾分かは感じ取れるようになった。」
「……」
「カナデ殿、お主は魔法の素となる力が莫大にあるのだろう。しかと視れば溢れ出ようとしているほど。見知らぬ布被りの女から貰った虹の指輪、魔法を使う度にそれが抑えてくれているのだな?」
「はい…。」
「その力を使わずに、みすみす命を奪われるのを見過ごすつもりか。力を持っているのなら、その力を使い、か弱き者達を救え。それが力のある者の責務だ。ちんちくりんのお荷物になりたくないだろう。」
そう言って重兵衛は店の外へ出て行きました。奏太郎が他の者に目配せをし、先に国王の元へ行かせました。
静かになった店の中で、老齢の男が静かに茶をカナデと奏太郎に配ります。奏太郎が「すまぬ」と伝えると、老齢の男は静かに微笑み頷いて台所へと戻りました。
一行以外はたまたま客がいなかったため、店内はカナデが啜り泣く声しか響いておりません。
「私は…私はお荷物なのでしょうか…。重兵衛さんを怒らせてしまいました…」
奏太郎は一口茶をすすり、一息つくと語り始めました。
「カナデ殿。重兵衛はお主が情けなくて怒ったのではない。叱ったのだ。自分に負けるな、恐れるな、と。」
「うぅ…ふぇ…」
「二人分残っていた。店じまいする前に、奢りだ」
二人の前に、白い太麺の汁物が出てまいりました。どうやらうどんのような物のようです。湯気が立ち、魚からとったのか香り高い出汁だと分かります。
「かたじけない。」
「カタジケナイ…です。いただきます。」
二人がどんぶりを持ち、まずは汁を一口。先程の出汁の香りが今度は強く鼻を通り抜け、熱い汁が舌の上を通り、喉へと流れ込みます。煮込みすぎず、適度な時間で出汁をとったのでしょう。しつこさはなく、爽やかでコクがある。これは、旨い。
「こ、これは美味い。麺は…」
麺をすすり、熱くつるつると口に入ります。出汁と絡まった麺はコシがしっかりとしており煮崩れなく、締まっております。
「ぷはぁ……。熱くて…美味しい」
夢中で食べる二人を見ていた店主は、静かに微笑み頷いて黙々と作業を続けておりました。粉を水で溶いて麺を作っており、どうやら先程の二人分しかないというのも…。
「「ご馳走様でした!!」」
「ふぅ。カナデ殿、なんだか得をしたな。皆がいればこんな美味い物は食えなかった。」
「奏太郎さん。お腹いっぱいになったら、なんだかむかついてきました。」
「ん、んん?」
カナデが店の戸を開け、大きく息を吸いました。そして。
「重兵衛さんの!バァァアアアアカ!!!」
重兵衛の怒号に負けぬ程の暴言が、国中を駆け抜けて行きました。
街を進んでいた重兵衛達も聞こえ、レイもタマヨもサレナもフェザーも腹を抱えて笑ったのでございます。重兵衛は頭を抱えて、(そこまで立ち直らんでも…)と苦笑いでございました。
店の中で奏太郎も腹を抱えて笑い、店主も作業を止めずに笑っておりました。
「はっはっはっ!カナデ殿、よくぞ言うた!」
「ぜっっったい見返してやる!私の全力見て腰抜かしてしまえ!」
ずんずんと重兵衛達を追うカナデを見て、奏太郎も立ち上がりました。
「店主、馳走になった。拙者の言葉だけでは立ち直せられなかっただろう。魔法のようにうまいうどんだった。」
去っていく奏太郎の背を見て、店主は思い出しておりました。過去に似たような男が、自分のうどんを食べて同じようなことを言ったなあと。
さて、次回は。襲い来るゴーレム、不知火に一行とカナタの運命はいかに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます