第二章「異形現れたる」

第十六話「武士、聖王都カナタに来たる」

 さて、前回追手から二番目の姫サレナがカナタへいる事を知った一行は急ぎ向かっていたのでございます。


 アイザック達との戦闘から数時間後、カナタが見える丘まで来ると黒煙が上がっておりました。外側にはドワーフの山で襲ってきた傀儡かいらいとカナタの兵士が外壁を間に激しい戦闘になっているのでございます。どうやらカナタが劣勢。


「あいやこれはまずい!」


 重兵衛と奏太郎、タマヨとレイは抜刀し、カナデが魔法を唱えて傀儡達の後方から襲いかかりました。


「え、援軍か!?」「どこの部隊だ!」「構うな!今は外壁を死守しろ!左はそのまま抑えつつ、外壁に沿って正面へ誘導してしまえ!」


 カナタの兵士もすぐに立て直し重兵衛達の動きに合わせて陣を組み直しました。どうやら戦い慣れた者が指揮にいるようでございます。重兵衛と奏太郎が外壁上にいる鎧で顔の見えぬ指揮者に目配せをすると、小さく頷いたのが見えました。


 話は通った。


「彼らを援護しろ!絶対に死なすなよ!」


 一行が次々と傀儡を斬り捨て、打ち破っていくと外壁の上から青い風が二つ群勢に飛び込んできたのでありました。


「私達が引きつける!中央に囲んで潰せ!」


「サレナお姉様!?」


 レイの声は戦場にかき消されましたが、近くの重兵衛達には聞こえておりました。


「あれが第二王女殿か!なんと無茶な!」


 しかしサレナは青く長い髪をたなびかせ身の丈はあろう長剣を全身の力を上手く使い振り回して傀儡を薙ぎ倒し、側で援護する男はどうやら勇者。細身ながら魔法と組み合わせて器用に戦っておりました。


「奏太郎!俺は姫君達の援護へ向かう!」


「承知!カナデ殿!集まった傀儡を魔法で撃てるな!?拙者はレイ様を守る!タマヨはそのまま好きにせい!」


「ほぁ!?は、はい!」


「好きにしてます!」


 と、同時に上から声が上がりました。


「大砲よーい!!」


 外壁の上には大砲がいくつも用意されてきました。このまままとめて潰す算段でございます。それを読んでか、タマヨはまるで旋風のごとく円を描くように傀儡を切り回っており、上手く正面へ引き寄せられております。


 群衆に飛び込んだ重兵衛はサレナ姫と勇者と背中合わせになりました。


「援護感謝する!お前も勇者か!先程末妹のレイが見えた!」


「勇者ではござらん!手短に失礼致す!合図で有象無象の群衆を棄てて反対へ飛んでくだされ!」


 三人の視界の端で、大きな魔法陣が輝き始めております。カナデの目配せを確認した重兵衛が飛び、合わせて戦っていた全員が離脱しました。


「サンダーー!!!!!」


「撃てーー!!!!!」


 傀儡はカナデの雷魔法と大砲の集中砲火を浴び、消し炭と化していったのでございます。


「ふぅ。カナデ殿」


「や、やりましたよ重兵衛さん!」


「いつまで己に怯えているつもりだ」


「な…何のことでしょうか。」


「よい。いずれ、乗り越えねばならん。」


 ひと段落着いた様子を森の影から見つめているのは、狐の面の者でございました。


 さて、一つ戦いが終わり重兵衛達はサレナ姫の案内の元、王宮へ向かっておりました。負傷者や後始末の指揮をしている体格の良い男が見え、一行と目が合うと軽い微笑みとお辞儀で去っていきました。重兵衛も奏太郎も目配せと微笑み返しました。おそらく外壁の上で指揮をしていた者。アイザックが申していた話のわかる門番でしょう。一瞬のすれ違いですら分かる、いずれ酒を酌み交わしながら語り合いたいと思うような戦い抜いてきた男の雰囲気が読み取れました。


 そんなおとこ達のやりとりを見て、カナデは嫉妬し、タマヨは憧れました。


 重兵衛と奏太郎の元へ真っ先に来たのは若い青髪の勇者でございました。駆け寄って来たその瞳はキラキラと羨望の眼差し。


「僕はフェザー・アルデバルトと言います!先程の戦い、作戦お見事でした!」


 奏太郎も合わせて二人の手を無理矢理握りぶんぶんと振って握手する彼は毒気のない好青年でございます。あまりにも毒気のなさに思わずたじろいでしまうほど。


 足速に先を歩くサレナ姫と勇者にレイが駆け寄りました。


「サレナお姉様!あの、お怪我はありませんか!?」


「この馬鹿!何故追ってきた!トワで大人しくしていればいいものを!」


「まぁまぁサレナ、可愛い妹さんじゃないか。」


「フェザー、可愛い妹だからだ!魔王討伐など…私達だけで背負えばいい…だ…ろ…。」


「ふぇ……お姉様は…、お姉様はレイがお嫌いになられましたか?」


 涙が溢れて顔を抑えたレイを見て、全員が立ち止まりました。みるみるサレナの顔も青ざめていきます。


「あ〜あ、泣かせおった。健気にも心配して声をかけたというのに。」


「可哀想なレイ様。せせ、せ拙者がおりますぞ」


「魔王を討つ使命のためにこんなに頑張っているのに」


「タマヨはこんな姉は持ちたくないですね。以前こんな人に負けたとは恥ずかしいです。」


「ああ分かった分かった!ごめんな!お前のためを思って!ごめんなレイ!」


「そうですわよね。お姉様は優しいですものね?眠っていたとはいえ100年程会えなかった妹に…ま、さ、か、冷たいことなんてしないですわ。さぁさぁ王宮へ案内してくださいまし!」


「ぐぬぬ…。お詫びと言ってはなんだが、これをやるから王宮に着くまでに機嫌を直してくれ。」


 サレナが袋から出したのは、真っ白な餅のような菓子でございます。


「昔からそうですわ。サレナお姉様だけでなく、他のお姉様達も私が機嫌を損ねるとすぐお菓子で釣ろうと…はむ。まぁ!?これは甘い!」


 レイが食べたそれは、江戸にもある物にそっくりでございます。


「おっ、それはか?」


 ※腹太はらぶと。今でいう大福。江戸に登場した当時は甘さより塩気が多いものであったという。


「懐かしい。江戸でもあったなぁ。似たような物だろうか?」


「エド?よくわからんが、味見してみろ」


 二人が食べてみると味わいは少し甘めよりではありますが、豆の味わいや餅の柔らかさは江戸で食べるよりも上質でございました。


「「うまい!」」


「この王都カナタは世界中から甘味が集まる場所なんだ。国の中央通りは甘味処がひしめき合ってる」


 さて、食べながら王宮へと着いた一行は国王の前へと案内されました。重兵衛と奏太郎とカナデは床に平伏すると、タマヨやレイもせかせかと同じく伏せました。謁見した国王は女性で、王女でございます。しかし若そうでカナデやレイと同じほどでしょうか。

 煌びやかな装飾なども無く、白い緩やかな服を着て、唯一赤い宝石のついた小さな首飾りを身につけている程度。常に微笑みを崩さぬ顔は、クロムの声に似た不思議な心を穏やかにする雰囲気がございます。


「よいよい。起きてくれたまえよ。私の名前はルルィエ・アースウェル・カナタである。話はクロムから聞いておる。ヒノモトなる異世界から来たそうだな。」


「はっ。魔王軍、不知火を追っております火付け盗賊改方副頭、齋藤重兵衛影竜。」


「拙者は江戸幕府より盗賊捕縛及び手打ちを命ぜられた武士、小川奏太郎光仲。魔王軍については、このカナデより頼まれ申して追っております。」


「私はハーフエルフのカナデです。お二人の旅の手助けになるため、武士を学ぶため同行しています。」


「私はレイ・アースウェル・トワ。聖王都トワの第六王女ですわ。」


「わた…せっしゃはタマヨです。雇われ剣客です。今は奏太郎師匠の元で剣を学んでいます。」


「なるほど。よいよい、実によい。さて、猫獣人達との争い事についてだったな?」


「はっ。猫獣人らも魔王に騙されてツガルを作っていた様子。何卒平にこの件を落着させていただきたく。」


「よいよい。よもは妙薬と聞いていた物が、ツガルなる依存性の高い毒薬とは。そんなものこのカナタから滅してくれる。猫獣人達には和平の使いを出そう。」


「「ありがとうございまする」」


「それよりもな、今この王都カナタにはまさしく不知火か魔王軍の手のものが忍び込んでいる。警備の薄くなった隙を狙ってゴーレムを送ってきたのは内部に潜んでいるからであろう。そのためサレナとフェザーに残ってもらっているのだが…困ったことになったのだよ。」


「と、申しますと?」


「明日、このカナタでは一年に一度の封印更新の儀が行われることになっている。厄災龍封印の儀だ。恐らく、いやほぼ確実に邪魔してくる気なのだと思う。」


 その話を聞いてすぐにカナデが反応しました。


「ま、まさかトールドラゴンのことですか!?てっきり御伽話おとぎばなしだとばかり思っていました。」


「話を知っているならよいよい。異世界から来たお主ら二人には説明しよう。実はこの聖王都カナタ、星と太陽と月の魔力でトールドラゴンという厄災龍を封印しているのだよ。」


 この異世界は龍が多いなと重兵衛と奏太郎は思いました。


「千年前、突如巨人の死体と共に空から落ちてきてこの世界で暴れ回った五匹の厄災龍。そのうちのトールドラゴンという雷の龍を封印している。しかし、一年に一度魔術師と精霊の力を持って封印の魔法陣を更新しなければ復活してしまうという。」


「つまり不知火か魔王かが、その龍を復活させて暴れさせようとしているということですな?」


「ほぼ、間違いないであろう。そのため先程のゴーレム達はこちらの軍勢や立て直しに動く速さを知る囮だったのかもしれない。いやはや、やられたものだよ。」


「では俺達が阻止してみせる。国王殿、よいか?」


「よいよい。策は多ければ多いほどよい。フェザー、お前が街を案内してあげたまえよ。魔法陣や警備の位置も今日中にな。」


「はっ。かしこまりました。では皆々様、まずは食事に致しませんか!」


 さて、次回。一行はトールドラゴンの封印を守ることができるのか。そして、カナデは選択を迫られる時が来たのでございます。

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