第十四話「語るは酒と鍋が良し」
さて、前回魔王軍に組したタマヨというカナデよりも幼い少女を説得した一行。重兵衛と奏太郎の話を聞いていた猫獣人達とも語り合える場になったのでございました。
「タマヨ…お前は若い。目を見ると分かる。生きるため、必死だったのであろうな。」
泣き噦るタマヨの頭をそっと撫でる奏太郎の顔は、憂いや哀しみと共に言葉で救うことができてよかったという安堵も混じったものでございます。幼い子を斬らずに済むのならそれに越したことはございません。
そして一行の心には、このような
しばらくして落ち着いたタマヨが、静かに奏太郎へ語り始めたのでございます。その頃にはすでに猫獣人達も警戒を解き、哀れな幼子を見つめておりました。
「私は…タマヨは物心ついた時から奴隷でした。労働力として雇われることもあれば、時には外道者に雇われ何も罪もない人を殺めました。」
「して、その剣捌きは見事なものだ。誰ぞに教え込まれた?」
「1年前、第一聖王都エイゴウにある闘技場の掃除番として流れつき雇われたタマヨは奴隷闘士の人達に気まぐれで教えてもらったのです。」
エイゴウと聞き、カナデの眉間が険しくなりました。あまり良い場所ではないのだろうと察しましょう。
「第一聖王都エイゴウ。たしか魔法使いも剣士も腕利きが集まり対魔物に特化した軍事国家ですね。」
「はい。そして少し前に魔王軍に逆らう勇者の一行、カナタの軍と一戦交えた時、幾度も戦った女の人がいました。名前はサレナ。とてもお強い人でした。まるで私を試すような戦いぶりで、タマヨ以外の魔物はその一人に皆殺しにされるほど恐ろしい人でした。」
「サレナお姉様!?わ、私のお姉様ですわ!今はどこに!?」
「わ、わかりません。最後に戦ったのは10日以上前ですから。それからは一緒にいた勇者とも現れていません。」
「そう…ですか。いったいどこへ…。やはりカナタでしょうか。」
「うーむ。そういえばタマヨ、魔王軍とはどのように繋がっておった。」
「突然魔法で見知らぬ場所に飛ばされて、そこで命令されお金を渡されるんです。真っ白な場所で詳しい場所は分からないです」
以前おぎんやおゆうが申していた通りでございました。どうやら魔王ノブナガと獄蔵、肝の小さい奴らだと思いました。
「そうか。タマヨ、金さえあれば魔王軍に付き従う義理はないだろう。その腕、活かせ。」
「というと?」
「もう罪なき人は斬ってはならん。拙者が斬らずともよい剣の技と生き方を指南してやる。旅の途中まで付き合え。よいな重兵衛?」
もとより重兵衛もそのつもりでしたので、一つ頷きました。賊に組して罪なき人を殺めた者。しかし15も満たない幼子で、異世界に住む者。江戸のやり方をあてがうには筋が違うと、トワの国王の言葉を思い出していたのでございました。そして何より魔王軍に関わっていたため、何かの繋がりになるやもしれません。
「頃合いを見てどこぞの国に仕えられるよう共に来い。その腕ならば己が身は守れるだろう。」
タマヨは静かに頭を下げたのでございます。こうしてタマヨが旅に連れられることとなりました。
「さて、猫獣人達よ。俺達の話を聞いていたであろうが改めて話したい。長はおるか?」
重兵衛に呼ばれ出てきたのは若い男の猫獣人であった。
「僕がこの村の長、ヤズーです。チェシャがお世話になったようで。」
「まず皆座られよ。そう囲まれては気が滅入る。俺達は敵ではない。カナデ殿、酒と鍋の具は皆の分はあるか?」
「お待ちください。客人に出させては失礼だ。皆、食材を持ち寄ってくれ。」
どうやら話の分かる
さて、こうなると始まるのは一つしかございません。すぐに酒盛り、宴が始まったのでございました。猫獣人達からすれば早朝でありますが、何も気にしない様子で酒を仰いでおります。
「いやー異世界の酒は美味い!俺はこの赤い実が入った酒が気に入った。梅の酒に似ておる。」
「拙者はこの泡の出る麦の酒が良い。喉で泡が弾けるような酒は初めてだ。」
「わたしおさけははじめてですが、よいものですわにゃあ」
酔ったレイはタマヨとチェシャを抱き枕にしておりました。
「ぐぇ〜〜。た、たすけて」
「く…苦しいニャ」
そんな様子もさておき、カナデは相変わらずの気立ての良さで酒の酌をして回ったり、鍋を作ったりとしておりました。
「重兵衛さん、お酒のおかわりをどうぞ。アツカン?という物を聞いたままですが作ってみました。」
「おお、すまんなカナデ殿。おとと…。うん、美味い。カナデ殿は酒が弱いんだったな?」
カナデがアートラで作られた透明な酒を湯で温め、それを飲むと鼻を通り抜ける香りはまるで濃厚な熱い米酒を思い出させました。
「は、はい。飲むとすぐに記憶がなくなります。一度飲んだら記憶が無くなり気づけば次の日私の住んでいた小屋が吹き飛んでいました。あ、フログの串焼きできましたよ。」
あぁ、だから初めて会った時にサディネアの仮宿だったのかと納得したのでございました。
「絶対飲むでないぞ。さてヤズー殿、ツガルを見せてもらえるか。緑色の球の、カナタの者どもが狙っている草だ。」
「こちらですね。数年前から突如としてこの森だけに生えるようになった物です。」
袋から出された枯れた草は、やはり姿形はツガルそのもの。一瞬舌に乗せ吐き出して風味を確かめると…間違いございません。重兵衛の険しい顔を見て、酒に酔ったレイを眺めていた奏太郎も酒が抜けました。
「重兵衛…どうだ」
「あぁ、間違いない。ツガルだ。お主らこれが何か詳しくは知らんのだろう」
「はい。旅人の薬師によれば依存性の高いものだとしか。」
「うむ。それは間違いない。依存だけではないのだ。これを使い続ければ、気が触れる。そしてもう気が戻ることはない。俺は仕事柄何度もそうなってしまった者達を見てきた。誰一人戻った者はいない。」
「な、なんと。何故そんな物を狙ってカナタは?」
「金になるからだ。依存性があると言っただろう?これを庶民に撒けばどうなる?金になるだろう。」
「し、しかし国民がこんな物に依存してしまっては…」
「それが他国ならどうだ。他国へ売るのだ。妙薬としてな。」
ヤズーの喉が鳴りました。なんと恐ろしいことをヒトは考えるのだ、と。
「ヤズー殿、もしや魔王軍にもこれを流していたのでは?」
「は、はい。彼らはカナタから守る力を貸すから代わりにこの草を渡せと」
この言葉で全てがつながりました。カナタがツガルを狙っているのは、拡げないためであると。魔王軍が何に使うかなど先程言ったように金儲けと国を狂わせること等でしょうが、他に何かあったとしてもよからぬことであるのは間違いございません。
「やはりお主ら騙されておったな。魔王軍はこのツガルを使ってよからぬことを企んでおるようだ。本来お主らとカナタは戦う必要となかったのだ。この草にどれだけの命が失われたか…。む、そういえば猫!おい猫!」
チェシャは相変わらずレイに捕えられて撫で回されておりました。
「た、助けてニャ」
「あぁまったく。奏太郎、チェシャを外してやってくれ」
「全く面倒な…。レイ様、チェシャに用がありますので取りますぞ。ってうわぁ!?」
チェシャを外すと今度は奏太郎がレイに捕えられたのでございます。まあいいだろうと重兵衛は無視しました。
「っはぁー!っはぁー!た、助けて重兵衛!」
「女慣れせい。そのまま聞いておれ。猫、お主が頼まれたのはツガルでもなくカナデ殿が持っておるあの白い剣だったな。ヤズー殿、何か知っているか?」
「あれは遥か昔異国から来た女剣士が持っていたそうです。この村と森を守る為に先代魔王軍と戦ったという…。なぜこの村を守ってくれたのか、なぜ魔王と戦っていたのかは分かりません。ただ、古い伝承として聞いているだけです。」
「チェシャもその話はおばあちゃんからよく聞いていたけれど、なんだか分からないニャ。でも恩人にゃ」
「カナデ殿、その剣どう見る?」
「どう見る…と言われても私は剣はさっぱり…。あ、でもよく見るとこれ塗り固められてますね?」
カナデ殿から手渡されると、確かに柄から見える鉄と刀身を包む硬い材質は違う物でございました。
「錆の予防か?中に刀身があるようだな。まぁそれはそのままカナデ殿に預けよう。奴らが狙うなら、都合が良い。狙いにくれば捕えられるからな。」
「じゅ、重兵衛っ。明日はどうする」
「うむ、カナタへ赴き事情を話そう。さすれば無駄な争いは無くなるだろう。レイ殿の姉君や不知火達の行方について何か手がかりがあるやもしれん。」
さて、次回は更に寄り道。カナタへと赴くことになるのですが、これがまた困ったことになるのでございます。
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